昇天と咆哮
あのフェアレディZに乗ってから数日は特に何も起こらずに落ち着いた日常だった。
マイレージマラソン班はエンジンのオーバーホールをやっているみたいだけど、基本的にバイクのエンジンいじりはこの学校の生徒であれば日常茶飯事らしく、私たちにヘルプ要請もなく進んでいったんだ。
その傍らでクルーのエンジンのツインカム化プロジェクトを進めている私たち3年生チームは、既にエンジンオーバーホールとハイカム化を終えたクルーを試乗してきたんだ。
やっぱり胸のすくようなフィーリングは実現できたんだけど、ちょっと足回りが弱い感じがするのも事実なので、これからはそっちに注力して、部車のレパートリーを増やしていくようにしたいんだ。
私もAE86に乗るようになって思うのは、高回転まで突き抜けるように回るエンジンの楽しさっていうのは、やっぱり手放し難いものがあるって事なんだよ。
「でも、やっぱりRB20のツインカムは楽しさが違うよね」
沙綾ちゃんが試乗を終えると開口一番言った。
それは私も同感なんだ。
AE86やパルサー、ミラージュなんかのエンジンも高回転まで回っていく爽快感と刺激は全く負けていないんだけど、この回っていく毎に揃っていく音と胸のすくようなフィーリングは、正直、昇天しちゃうほどの楽しさに感じられるんだ。
うん、私は正直えっちよりもこのエンジンの高回転域でのフィーリングの方が気持ち良かったと自信を持って言えるんだよ……みんなには言えないけどね……えへへへ。
「さて、課題は抽出できたところで、足回りはどうしたら良いかな?」
私は、言い出しっぺのくせにみんなに訊いてみた。
何故なら、この辺のジャンルの車に詳しい娘がウチの部には何人かいるからなんだ。下手に一人で抱え込むよりも、こういう時は素直に訊いた方が解決への近道なんだ。
「うーん……無難にいけば、クルー用ってのが良いかもね。ドリフトやる人がいるからターボのパワーを支えるやつもあるからね……」
沙綾ちゃんが言うと、陽菜ちゃんがそれに補足するように
「確かに沙綾っちのがベストだけど、そうじゃなければシルビアのフロント用を使うっていうのも流通量的にはアリだよね」
と言った。
なるほど二種の方法が出た訳だけど、今期の予算はなるべく温存させて、今後発生してくるであろう教師水野あたりからの無茶振りによる新たな競技への備えに回しておきたいっていう願望はあるんだよね。
幸い、シルビア用の足回りはS13から15用まで何故か揃っているから、すぐにでも取り掛かれるんだよ。ただ、問題が1つだけあって、その方法だと後ろ足が今のままになっちゃうんだよね。
「でも、最悪はいつもの如く、解体屋さんに行けば良くない?」
私の問いかけにみんなが考え込んでいると、莉緒ちゃんがいつものように軽く言ったんだ。
確かに、おじさん自体は今までにクルーを何台も仕上げたっていうような話はしていたし、そうでなくても、言えば作ってくれそうな気はするんだよね……。
そんな事を話していて、各学年それぞれの活動が佳境を迎える中でふと私は気付いた事があるんだ。
こういう話題の際に、必ずと言っていいほどその話題の渦中に入ってくる人物が今日はいない事に。
「ところで、アマゾンはどうしたの?」
私はみんなに尋ねた。
確かにホームルームの時間までは教室にいたはずなので、てっきり部にも来ているものだと思っていたんだ。
開始の段階では見かけなかったけど、トイレか何かの用事があって遅れてくるものだと思っていたから、正直、なんの心配もしていなかったんだけど、こうして無断でいないとなると気になっちゃうよね……。
「確かに、七海っちは部活のためだけに学校に来てるって言ってたからね……」
七菜葉ちゃんがボソッと言うと、それを聞いた沙綾ちゃんが舌打ちをしながら
「ホントに、一度根性を入れ直してやらないとダメみたいだね……」
と、忌々しそうに言ったんだ。
「でも、そうなると、ますます七海ちゃんがここに来ないのっておかしくない?」
私が言うと、みんなが顔を見合わせて頷いたんだ。
「ヤバいっスよ! きっと七海先輩はどこかで行き倒れてるんですよ!」
2年の月菜ちゃんが言った。
確か、月菜ちゃんって空手部で七海ちゃんの後輩だった娘だよね?
その娘が言うんだから、それって相当信憑性がある話かもね。
◇◆◇◆◇
今日の部活は半分で中断してみんなで七海ちゃんを探したんだ。
すると、月菜ちゃんと若菜ちゃんが走って来て
「燈梨先輩! 大変です! 七海先輩のバイクがありません」
と言ったんだ。
「ええっ!? それじゃぁ七海ちゃん帰っちゃったの?」
私は、あまりの結末に拍子抜けしちゃったんだけど、万一の事態では無かった事にはホッとして、部活を再開して、その日の活動は終わったんだ。
部活が終わった絶妙なタイミングで私のスマホが鳴ったんだ。
見るとバイト先からだったので、恐らく誰かがシフトに穴を開けちゃったんだろうね……正直、名ばかりチーフも楽じゃないな……と思いながら電話に出た私はそのままバイト先に直行する事となったんだ。
まさか私はその時、その後にあんな現場を目撃する事になるなんて、その時は思いもしなかったんだ。
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