その時、空気を味方につける
私と七海ちゃんが指示をして、給油準備が完了し、悠梨ちゃんが
「私とマイで1時間半ずつって、きつくね?」
と、ヘラヘラした表情で言いながらストレッチをしているところにエッセが戻ってきた。
私たち2年生は、給油班とドライバー交代の補助班の2班に分かれた。
私は給油班のチーフとして、他の娘達をサポートしながらスムーズに20リットルを給油した。
「燈梨さん、このタンクの後ろにあるコックを緩めるのをすっかり忘れてたので、助かりました!」
陽菜ちゃんが言った。
私たちが持っているガソリンタンクは、注入口の反対側にコックのネジがあり、これを緩めないと圧が下がらずにガソリンの流れが悪くなるのだ。
陽菜ちゃんは、本番ではすっかり予行演習でのことを忘れていて、最初から段取りを忘れかけては思い出す……といったことの繰り返しだったので、先もって私が緩めておいたのだ。
おかげで、ドライバー補助班よりも早く給油を終える事ができた。
悠梨ちゃんは
「そんじゃ、みんな~! ゆるゆるっと長丁場行ってくるから~」
とおどけた様子を見せてみんなを和ませながら出走していった。
そしてその後、私はドライバー補助班だった七海ちゃんからメーターの数値を聞いてメモを取り、見比べてみた。
その結果を舞華ちゃん達に報告に行こうとしたが、そこはとても近づけるような空気ではなかった。
「なんで、私だけが半分の出走時間で終了させられるのよっ!!」
優子ちゃんが、舞華ちゃんに喰って掛かっていた。
「分かってるはずだよ優子。これは耐久レースって事。今の優子の走りだと事故でリタイアって結果しか見えてこないから、水野と選手全員で決めたの」
舞華ちゃんは、今まで見た事の無い程冷たい表情で優子ちゃんを見下ろしながら言った。
「でも、どうなるかなんて分からないじゃない!」
更に喰い下がる優子ちゃんを見て、舞華ちゃんが言った。
「確かに分からないね。でも、このまま優子を放っておいたら、せっかく作った車を潰すことになりかねない。2年生に車残してあげられなくなるのが目に見えてたからね。だから、優子には交代して貰った」
その間に、柚月ちゃんがちょっと苦笑いしながらやって来て
「燈梨ちゃん、ノート貰うね~。場の空気悪くしちゃってゴメンね~」
と言うと、私がつけていた今日の走りの記録を持って行って舞華ちゃんに渡した。
それを見た舞華ちゃんは、続けて言った。
「優子。自分で車のコンディション把握してたの?」
すると、優子ちゃんは言葉に詰まってしまった。
「ここに、優子が出走する前と、戻って来た時の車のデータがあるんだけどさ、水温が10度近く上がって、油温もそれに伴って上がってるし、それでいて順位は全く上がってないんだよ、それじゃ、交代させられても仕方ないよね!」
こんなに厳しい物言いをする舞華ちゃんは初めて見た。
舞華ちゃんは初めて会った時だって、自分の過去を隠して口を閉ざした私に対してもこんな厳しい態度で臨まなかったし、舞華ちゃん自身も『ゆるく楽しく、そして強くがモットーだよ』なんて言ってるくらいなのだ。
いつもと違う舞華ちゃんの姿に、すっかり戦慄してしまった。
すると、着替えを終えた結衣ちゃんが
「ちょっと燈梨ちゃん、外行こうか?」
と言うと、私を後ろから押して外へと出た。
私はあまり結衣ちゃんと話したことがなく、2人きりになるのは初めてだった。
夏休みに学校見学に来た際も、3年生で唯一欠席していたのが結衣ちゃんだったので面識が薄く、部内でも役職に就いていない結衣ちゃんとは、交わる機会が無かったのだ。
「私ら、2人で話すのは初めてなんじゃね?」
「はい」
「いいよ改まらなくて、同い年なんだし、マイやユズと同じような感じで!」
私の反応に結衣ちゃんは苦笑いを浮かべながら言った。
そして、結衣ちゃんは
「あんまり気にしなくて良いよ。アイツらはいつもあんな感じだからさ」
「えっ!?」
「優子はね、頭でも分かってるんだけど、プライドが邪魔して素直になれないんだよ。マイとユズはそこのところ、心得てるから任せといてよ」
と優しく言った。
私は、それを聞いて舞華ちゃんの真意は理解でき、頭では理解していても、あの姿が目に焼き付いてしまったので、やはり体が強張ってしまっていた。
すると、それを見た結衣ちゃんは
「私らってさ、みんなどこか意固地なところがあるんだよ、私もだし、柚月も悠梨もね。だけど、そういう時に一番上手く立ち回ってくれるのがマイなんだよ。マイが誰よりも『みんな楽しくやろう』って思ってるから、損な役割り引き受けてるんだよ」
と言うと、私の肩をポンと叩いた。
そして、舞華ちゃんの辛い境遇を話してくれた。
舞華ちゃんは元々バスケ部のエースだったが、友達がいた軽音楽部に引き抜かれて移籍したそうだ。
しかし、移籍にあたってバスケ部と軽音楽部が揉めてしまってひと悶着あり、そんな思いで入部した軽音楽部で活躍したものの、2年生の冬にメンバーの裏切りによって軽音楽部は強制廃部となり、その友達とは仲違いをし、メンバーの1人が退学してしまうなど、舞華ちゃんの高校の部活動は辛い思いばかりを繰り返していたそうだ。
「だから、マイは誰よりも部をみんなで楽しめるようにって思ってるんだよ。だから、戻ったらいつもみたいに接してあげてよ」
結衣ちゃんは、ニコッとして言った。
そして再びピットに戻って、結衣ちゃんは私に目配せすると、重い空気の漂う舞華ちゃんにおもむろに言った。
「マイー、長い鼻毛が出てるぞ~」
「マジ? どこよっ」
舞華ちゃんが鼻の下を指でまさぐっているのを見て
「加トちゃんペ!」
と言ってケラケラ笑い出した。
それを見た舞華ちゃんはニヤッとしながら
「結衣~、マジでふざけんなよ~! このっ! このっ!」
と結衣ちゃんに掴みかかっていった。
「おいっ! 柚月、結衣をやっちまえ!」
「ラジャー!」
「マイの犬の柚月に、私が倒せるのかぁ?」
と言って笑いながら組み付いていった。
それを見て私は、とても心が強くなるのを感じた。
私は、その間にできる事はないかと探した結果、隅の方で小さくなっている七海ちゃん達に声をかけた。
「どう、順位は?」
「えっ!? 順調にキープしてるっス!」
「分かった! そんなに縮こまってないで、堂々と計測してね」
と言うと、私はスマホを見てこのギャグの動きを復習してから大きく息を吸いこむと、舞華ちゃんの後ろに回って、人差し指と中指をピッと伸ばしてから舞華ちゃんの鼻の下に当てて
「加トちゃんぺっ!!」
と叫んだ。
でも、力み過ぎて力が余ったのか、私の指は舞華ちゃんの鼻の穴に入ってしまった。
舞華ちゃんは、わなわなと震えていたが、その後、ニヤッとして
「燈梨ぃ、よくもやったね~!」
と言うと、私に襲い掛かって胸を揉んできて、さっきまでの重苦しい空気はすっかり消えて、元の和やかな空気に戻っていた。
私は、元の空気感に戻ったのを確認してから七海ちゃんの元へと行って、状況を聞くと、悠梨ちゃんの走りは安定していて、順位にも今のところ変動なしとの事だった。
すると、私たちのやり取りを聞いていた柚月ちゃんが言った。
「この後~各チームがドライバー交代してからペースが上がるから~、そこからが勝負だね~」
柚月ちゃん曰く、私たちのチームは、優子ちゃんの早期の交代で、悠梨ちゃんの走行時間が5割増えてしまっているのがハンデになってしまうのだそうだ。
悠梨ちゃんは、練習段階から1時間での走行に慣らされているため、ペース配分と持久力の面で若干心配があるのだそうだ。
すると、突然背後に気配がしたと思うと、舞華ちゃんが立っており、おもむろに言った。
「大丈夫だよ! 悠梨はバンドやってたんだ。ライブ中のアクシデントやアドリブなんて慣れたもんだし、もし、ダメでも私がその分カバーするから」
と自信満々に言った。
私は、その言葉に凄く力が湧いてきて、思わず舞華ちゃんの手を握ったところ、背後からアラームの音が鳴った。
遂に最終走者への交代の時間が近づいてきた。このレースも大詰めになった。




