強制ピットイン
アラームが鳴ったという事は、そろそろドライバー交代の時間だ。
次は優子ちゃんなんだけど、彼女はさっきから一言も発していないので、具合でも悪いんじゃないかと心配していると、舞華ちゃんが
「あ~、優子はああいう娘だから、あんまり気にしなくていいよ。ああやって、集中力を高めるタイプなんだよ」
と言った。
すると、柚月ちゃんも
「そうそう~、下手に今優子に話しかけると『うるさいっ!』とか怒鳴られちゃうよ~」
と言ったので、私たちは遠巻きに見ている事にした。
すると舞華ちゃんが
「優子、アンタがそうやって仏頂面してると、2年生が近寄りがたくて空気悪くなるでしょ! リラックススラックスぅ~」
と言って、優子ちゃんの頬をむにゅーっとつねって変顔にした。
優子ちゃんはハッとしたような表情になった後で、舞華ちゃんをキッと睨むと言った。
「なにするのよ! マイ! 集中力が散るでしょ」
「だから、スマイルだって言ってるのに、なんで怒るのさ。だから優子は二股かけられるんだって」
「それは、関係ないでしょ!!」
と2人の応酬が続いて、すっかりいつもの空気に戻った。
それを見て柚月ちゃんがこちらにブイサインをして見せた。
こういうのも含めた作戦だったんだろう。
優子ちゃんが煮詰まったまま、コースに出ると、危険だと判断して、ああやって和ませて、緊張をほぐしているのだろう。
すると次の瞬間、エッセが入ってきた。
みんなが優子ちゃんのポジションを合わせている間、私はメーター類のチェックをした。
燃料も順調だし、水温や油温も通常範囲になっていた。
優子ちゃんの運転でエッセが出発すると、結衣ちゃんが
「あ~今回は参ったねぇ。中断がかかっちゃうとはね~」
と、肩をマッサージしながら言ってから
「でも、今回も順調だったよ。車も快調だし、それで順位は?」
と訊かれたので
「2位上がってます」
と答えると、結衣ちゃんと舞華ちゃんが
「おお~っす!!」
とハイタッチしあっていた。
「でも、カークラッシャーの結衣が、無事に走り切ったって事は、あとは安泰って事だね」
と舞華ちゃんが言うと
「私をカークラッシャーって言うなー!」
と言って、舞華ちゃんに掴みかかっていった。
私は、さっき見たメーターの数値をメモしながら言った。
「それでは、次の交代の時に燃料を補給します」
すると、結衣ちゃんが
「そうだね、私の最後の段階で半分まで減ってたから、優子の走らせ方いかんでは、悠梨の前にした方がリスクは少ないよね」
と言って賛成してくれた。
すると、それを聞いた七海ちゃん達が一斉にざわめき出した。
「みんな、前に予行演習した通りにやれば、そんなに大変な事じゃないからね。変に緊張しないでね」
私は、みんなにニコッとして言った。
本当は、私が一番上手くいくかどうかで緊張してるんだけど、それをみんなに見せてはダメだと言い聞かせて言っていると、自然と大丈夫な気分になってきた。
それを見た舞華ちゃんが
「前半がここまで順調にいけば、このままのペースで行けば完走できるね」
と言った。
すると、柚月ちゃんが
「でもって~優子が問題じゃない~?」
と言った。
私には、5人の中で一番大人しい優子ちゃんが心配の種になるのが分からなかったが、そこに七海ちゃんが
「優子先輩は見かけによらず負けず嫌いなんですよ。特に勝負ごとになると物凄いから、2人が心配してるんですよ」
と心配そうな表情を浮かべて言った。
すると、七菜葉ちゃんも
「優子先輩は、バイクもですけど、乗り物に乗ると性格が変わるんですよ。だから、怖いと言えば怖いんですよ」
と言うので、私は思わず
「そうなの?」
と聞き返してしまった。
すると、舞華ちゃんが
「だから、出走順が重要になってくるんだよ」
と言った。
私は、反射的に聞いた。
「どういう事?」
「優子や結衣みたいなスピード狂で負けず嫌いなドライバーをどこに配置するのかっていうのも重要な作戦なんだよ」
舞華ちゃんは、いつもの感じで答えた。
優子ちゃんを第一走者にすると、車のウォームアップが済んでいない状態で限界を超えた走りをして事故をするか、車を壊す可能性がとても高いそうだ。
また、最終走者にすると、今度は最終走者として順位のプレッシャーから限界を超えた走りをして、長時間の連続走行で疲労した車という要素も手伝って、これまたアクシデントになる可能性が高くなるというのだ。
「私らはさ、今年初めてなんだから、無茶せずやって、自分達の実力を知るっていう感じで良いんだよ。それに完走して燈梨達の代に車を残すことを優先しないとさ」
それを聞いて、私は改めてこの競技の奥深さを知った気分になった。
車の性能に関してはほぼイコールコンディションだからこそ、個々のドライバーの特性とその出走順や、車のコンディションチェック、更には給油のタイミングなどの複合的な要素が絡み合い、更には来年の選手たちに車を残すという使命も発生してくるという、実際に走るドライバーも、出走順を考えた人達も、そして、ピットにいる私たちもみんながそれぞれに欠かせない役割を持つ、全員参加型競技なんだという事がよく分かった。
そんな感想を持っていたところに、沙綾ちゃんが慌てた様子でやって来た。
「どうしたの? 沙綾っち?」
七海ちゃんが言うと、沙綾ちゃんは慌てたように
「優子先輩が大変なんだよ! もう、ペースアップが激しくってさ!」
と言って、持っていたカメラを見せてきた。
3年生も集まってそのカメラの様子を見ていると、第一コーナーの同じ地点を走っているエッセを捉えた画像だった。
沙綾ちゃんが指し示したのは、10枚ほどの画像だったが、連続にして見ていくと分かるけど、明らかにスピードの出し過ぎで周を追うごとに外に膨らんできている。
「あちゃ~」
沈黙が続いていた空気を柚月ちゃんの一言が破った。
「こりゃ、結構ヤバいかもね……」
舞華ちゃんも言うと、他の2人とも小声で何やら話し始めた。
そして、舞華ちゃんは沙綾ちゃんに
「沙綾ちゃん。あと3周撮影してみて、様子をケータイに報告して」
と言うと私たちにも言った。
「燈梨とななみんもちょっと来て」
そして、ピット内に入ると他の3年生と教師水野が集まっていた。
教師水野は言った。
「どうだね?」
「今のところ、イってないですけどこのままだと危ないかも……って思うんです」
舞華ちゃんは言って、スマホを見せた。
そこには、さっき沙綾ちゃんが撮った画像があった。
それを見た教師水野は、凄く険しい表情になって言った。
「……現状は?」
「今、同じ箇所で見させています。3周後の状況が連絡が来ます」
と言ったところで、舞華ちゃんのスマホが鳴った。
それを見た舞華ちゃんの表情は曇り、その画像を見せられた教師水野が黙って頷いた。
そして、舞華ちゃんは
「燈梨、ななみん! 優子を強制ピットインさせてドライバー交代させるよ! だから、給油もそれに伴って繰り上げるから、他の2年生に指示出して!」
といつになく真面目な表情で言った。
「どういう事?」
私が訊くと
「今の優子の走りだと事故るよ。明らかに無茶な走り方だし」
と言った。
「でも……」
私が言うと
「燈梨! このレースの目的は優子の個人目標の達成じゃなくて、完走だよ。なら訊くけど、優子の順位ってどれだけ上がったの?」
と舞華ちゃんが言うので
「いえ……変化なしです……」
と答えた。
すると、舞華ちゃんはニコッとして
「でしょ? 今の優子は舞い上がって冷静に走れない。それが順位に現れてるじゃん! だから、事故起こす前に交代して、悠梨と私で1時間半ずつ走る」
と言った。
私は、その時々の状況に合わせて、時には友人同士でも非情にジャッジしなければいけない競技の厳しさを知った。
しかし、同時にその決断の辛さは、他ならぬ舞華ちゃんが一番被っている事も痛いほど分かり、初めて集団生活を円滑にするための辛さという今までの私に一番欠けていたものに直面することになった。




