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赤旗中断

 お昼は教師水野が用意したお弁当を食べながら状況を見ていた。

 第二ドライバーの結衣ちゃんは、柚月ちゃんほどではないがペースが速い。

 他の車の動きを見ていると、ドライバー交代をしてからの伸びが異様に速い場合と、ちょっと前のドライバーよりも遅いものに分かれていて、私たちのところのようにほぼ一定というチームは少ない。


 見ていると、ほとんどの車の順位が入れ替わっている。

 きっと、これが耐久レースの醍醐味なのだと思う。

 単独のドライバーがずっと走っているのでは得られない、個々のドライバーの個性や能力が現れてくる。同じ車なのに、全く違った性格が現れてくるのだ。


 でも、そう考えると


 「ウチは、大きな順位の変動がないですね」


 私が言うと、柚月ちゃんが言った。


 「でも、それって~凄い事なんだよね~」

 「そうなの?」


 私が思わず訊き返すと、舞華ちゃんが言った。


 「これって、単発で速くても仕方がないんだよ。車自体がゴールまでもたなかったら、結果にならないんだからさ。『耐久』なんだよ」

 「まぁ~、短距離走と持久走の違いなんだけどね~」


 柚月ちゃんも加えて言った。

 2人の話を聞いて、私にも分かった。

 このレースは、あくまでも最後まで車をもたせることも主眼に置かれている競技なんだという事を。

 なので、単発的に物凄く速い人がいたとしても、チェッカーを受けた時に上位にいなければ、結果として失敗だったという事になるのだ。


 でも、もたせるという意味がよく分からなかった。

 私たちが出場しているのはノーマルのノンターボクラスなので、ほとんどがお買い物軽や軽商用のノーマル車ばかりだ。

 足回りやタイヤ/ホイールが違う程度で、それは私たちも変わっているが、エンジンやマフラーがノーマルならば、現代の日本車がそうそう()()()()なんてことは考えられないのだ。


 そんな事を思いながら2人に真意を聞こうとした時、隣のピットがざわめき出して、隣のチームの車である真っ青で派手な模様の描かれたミラが入ってきた。

 確か隣のチームは、私たちの少し前にドライバーを交代したばかりなので、まだ交代のタイミングではないのだが、何故だろう? と思っていると、ボンネットを開けてあれこれと作業を始めたが、やがて白煙がもうもうと上がり始めた。


 それを見た舞華ちゃんが、私に近寄ると小さな声で耳打ちした。


 「分かる? これがもたせるって意味。耐久レースは、いかにして次にバトンを繋ぐかっていうのも重要なポイントなの」


 しかし、私には分からないので、声を低くして訊いた。


 「でも、ノーマル車なんでしょ? なんで故障しちゃうの?」

 「燈梨。大半の車はアクセル全開を5分以上続けるなんていう前提では設計されてないんだよ。だから、順位や自分がヒーローになりたいとか思って無茶しちゃうと、こうなるんだよ」


 私は、舞華ちゃんの話を聞いて、ハッとした。

 確かに、いくらノーマル車でも、お買い物軽をアクセル全開にして走り続けるなんていう無茶は、普通に作る側は考慮しないだろうし、自分の普段使っている車でだったらしないだろう。

 自分の爪痕を残したくて頑張りすぎた結果、車の限界を超えてしまっているという事だ。

 自分が見えなくなって無茶をしてしまい、後続のドライバーにバトンが繋げない。私の頭の中に、駅伝でペース配分を間違えた選手が、途中で倒れてリタイアしてしまう……という過去にテレビで見たシーンが浮かび上がってきて、今目の前で起こっている風景にリンクした。


 そんな事を思っていると、突然


 “ダーーーーーンッッッ!!”


 という大きな音がして我に返った。

 七海ちゃんがこっちに飛んできて


 「何があったんですか?」


 と訊いてきた。

 私は何が何だか分からずにいると、舞華ちゃんが


 「恐らく事故だね……」


 とポツリと言った。

 

 「どうして?」


 私が訊くと、ニヤッとして


 「見てごらん。コントロールタワーの上で赤旗を振ってるでしょ。これは中断の合図なんだよ。中断がかかって、直前の衝突音を考え合わせると事故って考えるのが妥当だよね」


 と言った。


 すると、舞華ちゃんの読み通り、全車がスタート地点に戻ってきたところで、回転灯を点灯させたトラックが、ピットからコースへと出発していき、10分ほどしてから、荷台には、白のボディに赤いストライプの入ったアルトが載せられて戻ってきた。よく見ると、天井がベコベコにへこんでいて、横転してしまったようだ。


 処理が終わると、屋根に回転灯の載ったフェアレディZがやって来て、フェアレディZを先頭に、全車が一斉に走り始めた。


 「おおっ!? セーフティカーによるフォーメーションラップっスね! 感激っスよ!」


 それを見た七海ちゃんが興奮気味に言って、柵に駆け寄って食い入るように眺めていた。


 「まぁ、正確にはローリングスタートだけど、途中までは一緒だからね」


 舞華ちゃんが七海ちゃんに捕捉しながら、私にも話してくれた。

 こういう中断があった場合、直前の順位順に並んでスタートとなるのだが、最初のように静止状態からスタートになるのではなく、1周程度走ってタイヤを温めたり、各種の調整を行うらしい。

 ちなみに、先頭を走っているセーフティカーが離脱をして、スタートラインを越えるまでは追い越しは禁止されているそうだ。


 順調に1周が終わり、全車が再スタートを切った。


 「これで~、結構助かったチームがあったと思うよ~」


 すっかり着替えを終えて、普段着になった柚月ちゃんが言った。


 「えっ!?」


 私が驚いていると


 「第二走者になって~、結構飛ばしてるところ多かったからさ~。水温がヤバめの車が結構多かったはずだよ~」


 と言った。

 どうやら、第一走者だった柚月ちゃんの目から見ていても、結構飛ばしている第二走者が多いと映っていたようで、自分で走行していた時の水温から鑑みるにあのペースでは、オーバーヒートになりそうな車が何台もいたのではないかとの事だ。


 しかし、それが中断とその後のローリングスタートでかなり助かっているはずだと言うのだ。


 そんな柚月ちゃんの言葉を裏付けるように、再開後5周目に入ったところで、再びざわつき始めて、今度は黄と赤の縞柄の旗が振られていた。


 「オイル旗だ……」


 舞華ちゃんが言った。


 「オイルと水と、どっちだろうね~」


 柚月ちゃんは椅子に座りながら言うと、立ち上がってコースの方を見ていた。

 すると、ピットにさっきのトラックがやって来て、黒いミラを降ろしていたが、そのエンジンの下から漏れている液体を見て、何があったのか分かって、私は思わず柚月ちゃんの方を見た。

 ミラのエンジンの下からは赤い液体がボタボタと時より漏れてきていた。これはクーラント液なので、柚月ちゃんの読みは当たったのだ。


 「恐らく水温が上がっていて、中断でクールダウンした後、再び無茶したんだろうね。ホースが破裂しちゃったんだよ」


 舞華ちゃんが説明してくれた。

 元々弱っていたホースなので、ウチのエッセのように交換しておかなかった場合は、高い水温で走らせると、膨張して破裂することがあるそうだ。


 そうなると、破裂を予想して予備のホースを用意していなかったそのチームはお手上げになっていた。

 そして、残念そうに諦めて片付けを始めているその陣営を見て私は思った。

 耐久レースとは、メンバーの実力と特性を見極めて、適切な配置と戦術的な作戦の立案、そしてしっかりしたフォーメーションが組み合わされた、車の駅伝競技なんだと。


 そうなると、さしずめ今の私は監督補佐なのではないか?

 私は勝手に自分を拡大評価すると共に、ついつい()()()事をしてみたくなって、思わず中央にあったチェアに座ってみた。

 すると、舞華ちゃんが


 「おおっ!? 遂に燈梨が監督やる気になったみたいだよ~」


 と言うと、こちらにやって来た。

 私は、恥ずかしさで、真っ赤になっているのが分かるほど顔がかあっと熱くなるのを感じた。


 「違うよ~。そうじゃなくて~」


 私が弁解しようとしても、そこに柚月ちゃんが来て


 「まぁまぁ~、燈梨ちゃんも、そんなつれない事言わないで~、監督やれば良いんだよ~。監督~」


 と更に茶化すと


 「凄いっス! 2年生から監督が出るなんて、鼻高々っス!」


 と、七海ちゃんまで乗ってきた。


 それを、否定しようと何か言おうとした時、アラームが鳴り響いた。

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