補給タイミング
和やかな雰囲気でまったりしていたところに、突然アラームが鳴り響いた。
柚月ちゃんの走行時間の終わる20分前に合わせてみんなで決めていたアラームだった。
特に今のところ、トラブルの連絡も来ていないし、私と沙綾ちゃんが注目している周回ごとの順位も大きく変動していないので、特に問題なく進んでいるようだ。
そうなると、次の出走順は結衣ちゃんになるんだけど、本人が見当たらないよ。
「燈梨、安心しなよ。結衣は出走前だからトイレに行っただけだからさ」
舞華ちゃんが、私の肩をポンと叩いて言った。
でも、結衣ちゃんはちょっと前に自分の車を事故で全損させているのが気になってしまって、そのことが表情に出たのか舞華ちゃんは続けて言った。
「大丈夫! 確かに結衣は車を潰しちゃったけど、結衣の中で殻が破れたんだよ。だから、変な心配は無用だよ」
私には分からない世界の事だが、舞華ちゃんは自信たっぷりに言うので、私の中で不安は少しだけ払拭されていた。
私は、ピットに入ると、みんなと準備を開始した。
準備と言っても今回はドライバーの交代だけなので、ベルトの調整だけなのだが、その時にチェックしておくのが燃料の残りだ。
現在の量を見て、次で補給か、その次で補給になるかだ。
燃料の補給のタイミングが順位を左右し、勝敗に大きく関わってくることもあるらしいから、バカにしたものではない。
「でも、一概にどっちが良いかなんて事がないから、難しいんだよね」
舞華ちゃんが、私の傍に来て言った。
話によると、燃料の補給を先にやって先行逃げ切りのパターンを取るのが一般的なんだけど、その場合は後半で燃料との闘いになるので、後半まで持ち越してから補給すれば、効率の面でも、また前半での停止時間が少なくなるという面でも良いのだという。
「まぁ、事前のシミュレーションでは、優子の時か、悠梨の時になるんだろうから、とにかく、柚月がどのくらい減らしてるかだね」
その通りだと思う。
シミュレーションだと、柚月ちゃんは走行時間が長いのでその段階で3分の1から半分くらいまでの減りになっているという結果が出ていた。
私があちこちで見ていた感じだと、他の車と比べて、柚月ちゃんの運転は決して遅いものではなく、安定して結構な速さをキープしているため、決して減りは鈍くは無いのではないかという予想はできていた。
一体どうなっているんだろう?
そうこうしているうちに柚月ちゃんの乗るエッセがピットに入ってくると、サッと柚月ちゃんが降りて結衣ちゃんが乗り込み、私たちがベルトの調整と合わせて各メーターのチェックを手分けして済ませると、1分もせずにエッセは出発していった。
燃料の残りを見てみたが、まだ4分の1しか減っていなかった。
この状況をどう見ればいいのかが分からずに、みんなと話し合おうと思っているところに、柚月ちゃんと舞華ちゃんが話していた。
「どうだった、柚月?」
「うん、普通かな~? 初サーキットだから~緊張しちゃったけど~、元々車が速くないし~、周りも似たような感じだから~、周回重ねていくと、結構ルーティンになっちゃうかな~?」
と答えていた。
そうなると、さほど飛ばしていないだろうから、だから燃料の減りが遅かったのだろうか?
すると、舞華ちゃんが言った。
「それでぶっちゃけ、どうだったんだよ。初っ端だからある程度ペース上げたんだろうな?」
「そんな無茶苦茶には上げられないよ~。後半までもたせることを考えて~7割くらいのペースで走らせたよ~」
柚月ちゃんは、答えていた。
そして、私が見ていた順位の掲示板によると、柚月ちゃんはスタートから3周が過ぎた頃からは、ほぼ安定した順位をキープしていて、落ちてはいないのだ。
つまりは他車と同じ程度のペースで走っていると考えられるのだ。
その結果について考えていると
「燈梨、ガソリンの量ってどうだった?」
と舞華ちゃんが訊いてきたので
「4分の3は残ってたから、このままのペースでいけば、優子ちゃんと悠梨ちゃんの間までもちそうなんだ」
と言うと、柚月ちゃんも
「恐らく~、私と同じペースで行ききれれば~いけると思うんだよね~」
と言ったんだけど、次の瞬間、舞華ちゃんが言った。
「でも、結衣と優子が覚醒しちゃったから、結衣の状況いかんだよね」
「だね~」
柚月ちゃんも答えた。
「まぁ、なんにしても結衣の走行順が終わってから考えればいいからさ、気楽にいこうよ」
また舞華ちゃんに元気づけられてしまった。
すると、七海ちゃんがこっちにやって来て
「マイ先輩! すみませんが、こっち来て貰って良いですか? 部長に会いたいって言われてるんです」
と舞華ちゃんに言うと、舞華ちゃんは嫌そうな顔をしながら
「だったらななみんが対応してよー。私は選手だし、このレースで引退なんだよ」
と言いながら、私と柚月ちゃんを連れて七海ちゃんと一緒にピットに向かった。
そこには、茶色のジャケットを着た30代くらいのおじさんが立っていた。
ピット内の私たちのところには、朝から時より見知らぬ人が訪ねてきている。このレースの参加者の中でも、高校の自動車部というのは珍しいようで、覗きに来たり、話を聞きに来たりしていたのだ。
でも、この人は今までの人達とはちょと毛色が違っている。
何というか、雰囲気が違うのだ。
朝からたまに来ていたのは、ほとんどがバカにしているか、見下しているような感じの視察ばかりだった。
カートの経験者がいるか否かとか、バイクの競技に出ている人間がいるのかを訊いてみて、どんな部員の面々なのかを値踏みしているような、正直、話を聞いていて愉快ではないような雰囲気なのに対して、あの人は純粋に興味があって聞きに来ているように見える。
そして、舞華ちゃんがこちらに戻ってくると
「雑誌の取材なんだってさ、ゴール後にもう一度話が聞きたいんだって」
と言った。
「ええっ!?」
「マジ~?」
私と柚月ちゃんは、驚きで思わず言ってしまった。
「参加全チームの取材をしてるんだけど、その中でも、高校生女子だけの自動車部の初参加というのは珍しいから、是非一回取材を受けて欲しいんだって」
舞華ちゃんは言った後で
「ななみん! レース終わるまでに水野に話、通しておいてね」
「ハイ、分かりました」
と指示を出して、七海ちゃんが答えていた。
私は、初めて尽くしの今回のレースに、目が回るのと同時に、大幅にワクワクする気持ちの方が大きい事に気がついた。
これが、部活の楽しさなんだね。
私が初めて感じた感覚だった。




