スタートグリッド
遂に今日がやってきた。
昨夜は、みんなで温泉宿に泊まって、温泉に入ったりして楽しかったんだけど、私の心は昨日からこのレース場に行ってたんだ。
温泉を楽しむのは今夜ゆっくり楽しむことにするよ。
早朝から参加者全員での朝礼と、ルール等の説明があって、その後ドライバーだけ集合になったので、3年生と教師水野が集合場所へと向かって、私たち2年生はピットで準備することになった。
まずは、走行順の確認をした。
最初に柚月ちゃん、結衣ちゃん、優子ちゃん、悠梨ちゃんそして最後が舞華ちゃんの順で、最初と最後のドライバーが1時間半ずつ、あとの3人が1時間ずつで計6時間の走行時間になる。
他のチームも同じような軽自動車ばかりだけど、クラスがあるので一概に同じとも言えないらしい。
私たちの出場しているのは、ノンターボ、無改造クラスという最も速度域的には遅いクラスになるので、各人が周りのペースに乱されず、いかに車に負担をかけずに走り続けられるかがポイントとなるらしい。
走行前にみんなの持ち場について打ち合わせたんだけど、沙綾ちゃんは今回、撮影班なんだ。
沙綾ちゃんって、小さい頃からカメラとか映像が大好きだったんだって、だから、凄い機材を沢山持って来ていて、今日の記録は、一手に沙綾ちゃんに引き受けて貰うんだ。
そして、沙綾ちゃんの助手として、元ボディビル愛好会にいた若菜ちゃんって娘が一緒に行ったんだ。なんか、若菜ちゃんって、ちょっと色黒だけど小柄で、サラサラの黒髪をポニテにしている普通の娘っぽくて、本当にボディビルダーなの? って思っちゃうけど、七海ちゃんが
「ワカっちはバッキバキっスよー。今年の大会で2位に入ってたし」
と言っていたので、きっとそうなんだろう。
昨日、お風呂の時間がズレちゃっていて、若菜ちゃんとは一緒に入ってなかったから、今夜とか見られないかな。
学校で打ち合わせていたのは、ちょうどレースの半分が過ぎた頃に燃料の補給が必要だろうって読みで、ガソリンを用意してきてるんだけど、そのタイミングをいつにするのかが勝負の分かれ目になっちゃうってところなんだって。
今のところ、結衣ちゃんと優子ちゃんの入れ替わりの時じゃないかって予定でいるんだけど、燃料の減りが予想より遅ければ、次の悠梨ちゃんへのチェンジの時になってくるから、それに合わせて準備しなくちゃいけなくなるんだよ。
何度も燃料の補給をするのは、時間のロスになっちゃうし、危険を伴う作業だから、必要最小限にしないとね。
そのタイミングについて、七海ちゃん達と打ち合わせているところに、3年生が戻ってきた。
最初のドライバーの柚月ちゃんに合わせてある程度調整しておいたけど、改めて乗って貰ってベルトを締めていく……って、柚月ちゃん、もしかして……。
「なんだよ柚月、昨夜、食べ過ぎなんだよ! ホラ見ろ、ベルト緩めなくちゃいけないじゃん! 柚月のデブ! 車の調整する2年生の身になってみろよー!」
舞華ちゃんがストレートに言った。
「うるさいやい~! ちょっとくらい~関係ないじゃん~!」
「いーや関係あるね! 車の軽量化はパワーと燃費に大いに関わってくるんだ。こんな自己管理能力ゼロの奴がいるだけで、綿密な勝利の方程式が狂うんだよ!」
舞華ちゃんと柚月ちゃんの掛け合いはサラッとスルーして、私たちは準備を進めた。
「マイ! 続きはユズの走行順が終わってから!」
優子ちゃんが舞華ちゃんを引き離して、終了した。
準備が終わった柚月ちゃんは、スタート地点まで移動して、準備に入った。
他の参加車両もスタート位置について準備が完了した。
私たちの学校のエッセは、真ん中からちょっと後ろ寄りの位置からのスタートだ。
これが果たしていい位置なのか、悪い位置なのかは私には分からないが、信号機にランプが灯って、点灯する位置が変わった。
私が走る訳ではないけど、凄くドキドキするし、同時にワクワクする。
信号が変わるまでの時間は、ほんの一瞬なはずなんだけど、何故か、何時間も経っているような気分になってしまう。
信号が遂に青いランプに変わって、一斉に全車がスタートした!
次の瞬間、スローモーションのように車が止まって見えて、次の瞬間我に返ると、一斉に勢い良く駆け出して行った後だった。
映画などで見るレースのスタートシーンを初めて生で見た感動が、まだ私の体の中を駆け巡っていた。
ただ、1つだけ違っていたのは、それらの場合は、車が飛び出していった後に、一瞬遅れてお腹の底から響くような“ウオオオオオオーー”っていうような強烈な音と地響きが無かったという点だ。
でも、考えてみれば、ほとんどがノーマルマフラーの軽自動車だもんね、当たり前か。
私たちは、何が起こるのかと戦々恐々として待っていたが、そこに舞華ちゃんがやって来て言った。
「なに緊張してるの? 燈梨ぃ」
「え、いや初めての事だから、なんか失敗しちゃわないか心配で……」
と、思っている事を言うと、舞華ちゃんはハハハっと笑いながら私の肩を叩いて
「そりゃぁ、車潰しちゃったり、ケガ人が出たら嫌だけど、私ら最初なんだから、普段通りにやってダメならダメで良いじゃん! 変に緊張しなくていいよ」
と言った。
「燈梨は愛い奴だなぁ、頬をスリスリしちゃお~」
と言うと、いつものように私の頬に頬を擦りつけてきた。
選手として出場していて、私などよりもっとプレッシャーに押し潰されそうなはずの舞華ちゃんに気を遣わせてしまった事に気がついた私は、いつもならやられっ放しにしている頬ずりを、こちらからも積極的にしてみて、彼女の気持ちに答えた。
「そうそう、そういうリラックスした感じで、楽しんでいこうよ」
と言われ、手を引っ張られて、ピットから向こうの方へと抜けていった。
そこは、ちょっと高台になっていて、最初のコーナーが見通せる場所になっていた。
そこにいた沙綾ちゃんに、舞華ちゃんは声をかけた。
「ねぇ、沙綾ちゃん。バッチリ撮れてる?」
「ハイ先輩! 毎周回、きちんと画になるのを収めてます!」
沙綾ちゃんもすっかり緊張してるので、舞華ちゃんは肩を叩きながら
「燈梨もなんだけど、変に緊張しないでリラックスしてやってよ。『みんな楽しく』がモットーでいくんだからさ!」
と言って、緊張をほぐしてくれていた。
その後も、舞華ちゃんのペースで話が進んでいくうちに、私たちはすっかり盛り上がって、緊張なんかどこかに行ってしまった。
そのうちに、沙綾ちゃんが撮影に対する熱い思いを語りだしたりする頃には、スタートから1時間近くが経過していたので、私と舞華ちゃんはピットに戻った。
ピットに戻ると、みんなも和気あいあいとこの時間を楽しんでいた。
「あっ! マイ先輩と燈梨さんもどうぞっ!」
ピットに輪になって座っていたみんなの中から、七海ちゃんが避けた先にはお菓子が広げてあり、ジュースも入っていた。
「なにっ! ななみんめぇ、部長の私をさておいて、おやつを黙って用意するとは~、おやつは300円までで、バナナ含むって言っただろー」
「ええっ!? 自分はバナナ別って聞いてたので、バナナも持ってきたっス!」
「許すまじー、お仕置きだ、ななみん!」
「やめるっスー!」
舞華ちゃんと七海ちゃんの即興の掛け合いで、すっかりその場の雰囲気も和んだ私たちは、遠足気分でこのレースをリラックスして楽しめるようになっていた。
「マイ、私ミカン買ったんだけど、ミカンはおやつに入るの?」
「マイー、このジュースは入るのかー?」
優子ちゃんと結衣ちゃんも茶化し始めて、いつもの3年生の和やかな空気に包まれていた。




