Tバールーフ
夕飯は焼き肉を鉄板で囲んだ。
私は最初鍋にしようと思っていたんだけど、綾香が
「折角なんだから、ガッツリお肉囲みたいよね~!」
と言ったので、あっさりと変更となった。
北海道時代は綾香と食事に行った事はなかったけど、いつもお昼を一緒に食べていた記憶では、ガッツリ系のパンか、大盛り系のお弁当だったね。
引っ越してきたばかりの頃だったら、鉄板が無かったのでできなかったかも……だけど、文化祭が終わった後に焼きそば屋さんやってたバドミントン部から、鉄板余ったからって貰ったんだ。
沙織さんや唯花さんが来た時なんかに結構活躍していたんだけど、ここで活躍するとは思わなかったよ。
2人でお肉を囲む感覚はそれまでにない新鮮なものだった。
北海道時代の私は、暗い目で俯いている毎日だったけど、唯一真っ暗な世の中に光を灯してくれたのが綾香だった。
「なーんか、新鮮だよね~」
そんな事を思い出していると、綾香がニヤッとしながら言った。
綾香の笑顔は、昔の私と違ってどんな時でも心の底から笑っているので、こんなニヤッとした表情でも屈託のない明るいものだった。
「そうだね」
対する私の笑顔は、何故か心からの明るいものになっていなかった。
考えないようにはしているけど、明日になると綾香はこの街からいなくなってしまう。
再び会えるようになったと思っていた綾香との時間は、また終わりを告げようとしているのだ。
そんな事が頭をもたげて暗くなっていると、その様子を見た綾香が
「そーんな暗い顔すんなって~! 別にもう会えなくなるわけじゃないんだから!」
と言って背中をバンバンと叩いた。
分かっている。
綾香の事だから、地続きになっている限りは飛んでくるだろう。
北海道にいた頃も、旭川から以前の居住地だった札幌まで自転車で行ったりしていたと聞いた事があるので、千葉からここくらいだったら、車もある今となっては、本当にあっという間に来てしまうだろう。
でも、そういう問題ではないのだ。
いつでも会いに行ける、手の届くところにいなくなってしまうという意味では、それはどんなに物理的には近距離であっても、永遠の遠距離に等しいのだ。
すると、綾香は急にちょっと怖い表情になって言った。
「私さ、北海道の児相で色々な娘に出会ったけどね。今でも会ってる娘だって何人もいるよ。人の繋がりって、距離だけじゃ決まらないんだよ!」
私は綾香の言わんとしている事は分かるけど、どうしてもこみ上げてくる感情を抑えるのがこれで精一杯なのだ。
「逆に、毎日近くにいるけど、会いたくもない奴らだっているじゃん! 逆にそういう奴らと近いからって会いに行くの? 例えばあいつらとか」
煮え切らない表情の私に綾香がたたみかけるように言った。
あいつらとは、北海道時代に私をクラスの輪から外し、別のクラスになった綾香に陰湿な嫌がらせをしたグループの娘たちだった。
結局、綾香には通じずに逆に綾香の握っている万引きのネタで脅され尻尾まいて逃げ出した挙句、私の家出後はグループ全員が誰かの密告によって破滅したと聞いている。
私は、それを思い出すと綾香の話に頷くしかなかった。
確かに、距離が近くても会いたくはならない相手だ。
すると、綾香が私の腕を取って部屋の外へと連れ出し、NXクーペの助手席に私を乗せると、屋根の辺りをガサゴソと動かしてTバールーフを両方外してから車を走らせた。
すっかり日の落ちた時間帯に屋根が開いた車で走るのは、まだヒーターが効き始める前の段階では肌寒さしか感じなかったけど、綾香はそれも意に介さず黙って運転していた。
NXクーペは町を抜けて山を上っていき、学校の少し手前で脇道へと逸れて車1台がギリギリ通れるような細い道を更に上っていった。
私は、この街に住んでこの学校に通い始めて半年以上になるが、こんな道があったこと自体初めて知ったレベルの険しい道だった。
途中から舗装も切れて、この車にLSDがついていなければ進めないような道を進んで、その道も途切れた広場で止まった。
「燈梨! シート倒してみて」
綾香に言われて見ると、綾香は既にシートを半分以上リクライニングさせて、そこから上を見ていた。
私も綾香に合わせてシートを倒していくと、そこからは開いたTバールーフを通して満天の星空が見えた。
以前に沙織さんのパオのキャンバストップでも、同じように星空を眺めた事があったけど、それとはまた違った星空の景色だった。
キャンバストップから見る星空は、普通に空を見上げるのと変わらない物だったけど、Tバールーフから見上げる星空は、範囲が狭い分、切り取られたように見える星空だった。
しかし、その切り取られたように見える空だからこそ、その有難みがよく分かるのだ。
そう思っていると、綾香が言った。
「燈梨さ、確かに私と燈梨は明日からしばらく離れちゃうよ。だけど、今は小さく見えてるこの空も、実は大きくて世界中と繋がってるんだよ。だから……」
私は黙って頷いた。
分かっている。綾香の方が今の私より不安の方が大きいって事も、そして、この言葉は私にもだけど、自分にも言い聞かせているって事にも今、気付いたんだ。
綾香という娘は、私が今まで出会った中で最も芯の強い娘だ。だから、今日は絶対に湿っぽくしない、泣かないと決めているのだと思う。
ならば、親友の私がそれを邪魔してはいけない。笑顔で綾香を送り出してあげなくちゃいけないんだと気付かされたんだ。
私は靴を脱いで立ち上がると、シートに上って上半身を乗り出し、外を眺めた。
綾香はそれを見て、自分も同じように屋根から上半身を乗り出して、私の方を向いてニコッとした。
「綾香、この場所って?」
私が尋ねると
「あぁ、引っ越してきたばかりの頃、自転車であちこち走ってみて見つけたんだ。それまで、北海道で見るよりも空が大きく見える場所は無いって思ってたけど、ここはそんな事無くてさ、それ以来、お気に入りの場所なんだ」
と嬉しそうに言った。
ただし、自宅から自転車に乗っていくには凄く遠いのが難点だけど……と自嘲気味に言って笑っていた。
すると、綾香が清々しい表情で空を見上げながら言った。
「でも、良かったぁ。実は、この場所に燈梨と一緒に一度行きたいなって思ってたから、最後に来られてさ……」
その次の言葉を続けると、綾香の涙腺が決壊してしまいそうなのを悟った私はそこで被せるように言った。
「次は、いつ来るの?」
「取り敢えず向こうが落ち着いてからかな? でも、夏のお祭りには絶対に行きたいから、その前に一回は行くよ!」
それから2人で黙って空を眺めていると、自然と心が穏やかになっていくのを感じた。
そして、ふと、綾香に
「あのさ燈梨、私らって焼き肉の途中だったんじゃね?」
と言われて、私たちは食事中に抜け出してきた事に気がついて部屋に戻って、そこからはまた以前のように、他愛のない話題で盛り上がっていった。
翌日、また舞華ちゃん達と今度はイアンモールで昼食にした後、綾香は遂に旅立って行った。
去っていくNXクーペの後ろ姿を見て、私は一抹の寂しさと共に、昨夜の出来事を思い出していた。そして、3年生と綾香がいなくなった今、遂に自分達が主役になって部活動に臨まなくてはいけないんだという思いを新たにしたんだ。
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次回は、春休みに突入します。
部活動はどうなっていくのか?
お楽しみに。




