シートベルト
取付の確認をした私たちは、早速4点ベルトの後ろ側の取り付けにかかった。
4点式シートベルトは、実際にシート周辺で身体を固定する前側と、そこから接続して、リアシートの後ろまでピンと張っている後ろ側の2パートに別れているのだ。
純正のリアシートベルトが付いていたボルトと取付穴を利用して、後ろのベルトを取り付けた。
この車はレース用で、本番は1人乗りのため、助手席側は純正を残しておくことにした。
教師水野ははっきり言わないけど、予算の兼ね合いっていうのも大きな理由なんじゃないのかなぁ……。
「でもって、限られた予算内でパフォーマンスを出すのが部活動っスからね」
七海ちゃんが言った。
そうだね。その本旨から言っても今回の活動は間違いじゃないよね。
今度はシート側だね。
肩ベルトは、ヘッドレストを外してからヘッドレストの支柱同士の内側に通して、ヘッドレストをつけ直せば問題なくついた。
なるほど、このためにヘッドレストが可動型のカスタムのシートが必要だったんだ。
今度は腰ベルトなんだけど、これはどこに固定すればいいんだろ?
「七海ちゃん、腰ベルトってどこに固定すればいいか分かる?」
私は訊いてみると、慌てふためく七海ちゃんに代わって沙綾ちゃんが
「どうやら、アイボルトを使うみたいですよ」
と言ってスマホを見せてくれた。
どうも、見せて貰った画像によると、運転席のシートベルトの固定ボルトと、シートを固定しているボルトを先端が輪っかの形になっているアイボルトという特殊なボルトに交換することが必要らしい。
本来であれば、シートのボルトではなく、シートベルトのバックルを固定するボルトと交換するのが一般的らしいが、バックルがシートに固定されている車種の場合は、スペース的に不可能なため、シートのボルトをアイボルトにする必要があるらしい。
「燈梨先輩! ここにアイボルトっていうのがありますよ!」
志帆ちゃんの声のする方を見ると、さっきベルトなどが入っていた紙袋の奥底から、1つのビニール袋が出てきた。
そこにはアイボルトと
『拝啓
今回は、シート交換と共に、運転席に4点ベルトの取り付けも同時に取り付けを依頼する。
尚、4点ベルト取り付けには、用意したアイボルトを活用して取り付けてくれたまえ。
敬具』
と書かれた紙が入っていた。
私は思った。
なんで口頭で言ってくれないんだろうね。
こうやって紙で書いても、奥に引っかかったりすると、こうやって作業に詰まってから見る事になって、凄く二度手間になると思うんだけど……。
「なんか、最初から言ってくれれば良いと思いませんか?」
真由ちゃんが真を突いたことをボソッと言った。
しかも、だよ。
具体的にどうやって付けるかとかの指示が一切ないんだよね。だから、結局誰かが調べてくれないと全く作業が進まない訳で、それじゃ意味ないよね。
「ナミあたりにやらせると壊しますね。確実に」
沙綾ちゃんが後ろから私たちのやり取りを見て言った。
うん、七海ちゃんには申し訳ないけど、私も同感なんだよね。
七海ちゃんは調べないで感覚でやってみて、失敗してから初めて調べるタイプに見えるんだよね。
沙綾ちゃんが、私の表情を見て、それを読み取ったようで
「ナミは、子供の頃から説明書を読まずにいきなり無茶して、色々な物を壊しましたよ。最たるはゲーム機です」
と言ったので私は驚いて思わず声を上げた。
「ええっ!?」
沙綾ちゃんの話によると、七海ちゃんは小学生の頃、買って貰ったばかりのゲーム機を僅か10分で壊してしまい、両親からこっぴどく叱られたそうだ。
「七海先輩が作ったプラモデルも、結構違ってるのが多いですよね」
志帆ちゃんの話によると、七海ちゃんは結構プラモデルが好きで、組み立てたり、頼まれて組み立ててあげたりするらしいのだけど、よく見ると向きが間違っていたり、一度組んだ後に間違いに気付いて、その部分を捥いでもう一度つけ直した痕があったりするらしい。
「一度、限定品のモデル組んだって、写メしてくれたんですけど、明らかにポーズが違っていた事があったんですよね……」
志帆ちゃんが言ってその画像を見せてくれた。
ロボットのプラモデルで、志帆ちゃんの見せてくれた画像だけだと、何が間違っているのかは分からないけど、真由ちゃんが隣で正しい完成体の画像を見せてくれるとハッキリと分かるのだ。
七海ちゃんの組み立てた方は、なんと言うかこう……
「ラジオ体操だね、これじゃぁ」
沙綾ちゃんがズバリと言った。
恐らくだけど、関節のパーツをきちんと見ないで適当につけちゃったんだね。
これを踏まえると、やっぱりこれからの作業の時に、七海ちゃんの動きには注意しないと、車が壊れちゃうね。
そんな事を思っていて、七海ちゃんの姿を探したところ、七海ちゃんは既にエッセの室内に消えていて、アイボルトも消えていた。
私は慌ててエッセの中に顔を突っ込むと
「七海ちゃん待って、一度下準備してから取り付けようね」
と言うと、七海ちゃんはちょっと訝しげな表情で
「でもぉ、抜いて入れるだけでしょ?」
と言った。
確かにそうなんだけど、そこには言い知れぬ不安があったので、どう言おうかで悩んでいると
「ナミはその抜いて入れるだけでも壊すかもしれないから、下準備が必要なの!」
と沙綾ちゃんが一喝してくれて、作業の打ち合わせが始まった。
まずはシートベルトのボルトを抜いて、アイボルトとピッチが合っているかを確認してみると、ピッタリだったのでまずはアイボルトと入れ替えてシートベルトを留めていった。
「でも、アイボルトって、どうやって締めていけばいいんでしょうね?」
美桜ちゃんから素朴な疑問が飛んできた。
私はあちこちを調べてみて
「どうやら、引っ掛けて締める専用の工具があるみたいだね」
と言って、職員室に行って教師水野に聞いてこようと思ったその時
「燈梨先輩、これじゃないですか?」
と、真由ちゃんが手に持っていた物こそ、私がさっき調べていた専用工具だった。
「どうしたの? これ」
と訊くと、真由ちゃんは
「さっきのアイボルトがあった辺りのビニール袋を片付けようと思ったら、ずっしりと重かったので、中を見てみたら、底にありました」
とへらっとして答えた。
私は思った、やっぱり教師水野とは、もう少し意思の疎通を図らないとダメだって。
その私の複雑な表情を見ていたのか、沙綾ちゃんが
「燈梨さんもさっき言った通り、私やナミ、それに3年生も交えて一度水野と話し合った方が良いよね……」
としみじみ言って、私は無言で大きく頷いた。
そうこう言っているうちに、現場班はあっという間にアイボルトを取り付けて、ベルトのフックをアイボルトにかけると、遂に4点ベルトの作業までが終了した。
冴えないけど、グレード違いのシートを取り付けて、4点式シートベルトが装備されると、それだけでお買い物グルマ感満載だったエッセの室内が、ぐっとレーシングカーっぽい雰囲気に変わったのは凄く不思議だった。
そして、なんとも言えない達成感を感じると共に、他のエッセよりもずっと私たちのエッセの方がカッコ良くてスポーティに見えてきてしまうのだ。
その得も言われぬ心地良い気分に包まれていた私の背後から
「でも、このエッセで肛門科に言ってたんですよね~」
と言う七海ちゃんの声がして、一挙に現実へと向き直すことになってしまったのだ。
「このっ! バカナミ!!」
「なにするんだよ~! 沙綾っち!」
そして、2人の掛け合いが始まるのだった。




