視線と引っ込み思案
みんなのおかげで引っ越しもすっかり済んで、私の新生活も改めてスタートを切る事ができた。
あの後、柚月ちゃんの家でみんなでお寿司をご馳走になって、舞韻さんと沙織さんは柚月ちゃんのご両親とお酒を飲んで帰れなくなったので、柚月ちゃんの家に泊めて貰っていた。
次の日は、舞韻さんと沙織さんは帰っちゃったんだけど、綾香と、舞華ちゃん達3年生3人、それと七海ちゃんが来てくれて、部屋の細かいところの掃除や、タオル掛けとか、キッチンペーパーホルダーみたいな便利グッズを買いに100円ショップに連れていって貰ったり、近所の色々なスーパーに連れていって貰って、普段の買い物のお薦めとかも教えて貰ったんだ。
2日目の夜は、舞華ちゃんの家ですき焼きをご馳走になった。
みんなにこんなに歓待されたのって初めてだから、本当に凄く嬉しくて、これって本当に夢じゃないのかって何度も思っちゃったんだよ。
そして、夢のような2日間が明けて週明け、1人の部屋で目覚めた私は、初めて私だけの朝食を作って食べると、片付けをしてから、初めて自分のシルビアで登校した。
先週も車で登校をしていたので、駐車場自体には慣れつつあったけど、やはり、この車に乗っていると、周囲の人たちの視線が、サニーに乗っている時のそれとは明らかに違って、とても熱を帯びたそれで見られているのを感じるのだ。
生徒の車通学率も高いため、車通学者自体は多いのだけど、ほとんどが軽自動車ばかりで、登録車もあるけど、シエンタやフリード、またはカローラなど、明らかに家の車を使っているか、お祖父さんのお下がりのような車種ばかりなので、舞華ちゃん達のスカイライン以外で、こういった車に乗っているのは私だけなのだ。
そうなると妙な注目を浴びてしまい、そして車通学の中で、私だけが2年生なので、それも注目を誘ってしまい、私は気恥ずかしくなって足早に教室へと入って行った。
◇◆◇◆◇
「別に小さくなる必要ないっスよ。むしろドヤ顔して誇ってもいいくらいっスよ!」
「そうだよ、みんなが羨ましがってるんだから、ここは大きく出るべき……ですよ」
部室に向かいながら、七海ちゃんと沙綾ちゃんは私に力強く言った。
正直、私はああいう視線に晒される事に耐性が無い。
自惚れる訳ではないが、私は小さな頃から他人から美人系だとか、可愛らしいとか言われていたので、学校に入学した時やクラス替えがあった時に似たような視線にいつも晒されてきたのだが、大抵男子からはいやらしい目線、女子からはやっかみの目線が混じっているのを痛いほど感じていたので、その視線が痛かったのだ。
でも、ここにいるみんなは、本心から羨ましいと思っているから、卑屈になる必要はないと背中を押してくれている。
私は、どうしても今までの経験から自分に自信が持てず、肝心な時に引っ込み思案になってしまうのだが、そんな時に彼女たちの一言はとても心強く、
今週は、エッセの仕上げの作業を行って、今度の耐久レースに出場できる段階にするのが目標だ。
先週も確認した通りの3つの作業だが、シートとシートベルトは並行してできる作業なので、まずはハンドルの交換が必要なんだそうだ。
こういう競技車両の場合は、素早く操作するためと、グラム単位の軽量化という面、更にはエアバッグの誤作動による事故を防止するためという面からも、純正品では無いものに交換することにしたそうだ。
それじゃぁ、交換を始めて……あ、七海ちゃん。
「任せるっスー!」
というや否や、運転席に乗り込むと、ハンドルについているカバーをおもむろに引っ張ろうとしていた。
「コラ~!!」
突然背後から声がしたかと思うと、柚月ちゃんが七海ちゃんを羽交い絞めにして運転席から引きずり出すと、あっという間に外へと消えていった。
呆然とする私たちの前に、舞華ちゃんが現れると
「今のななみんの行動には間違いがいくつかあります。分かる? それじゃぁ……」
と言って、陽菜ちゃんを指さした。
「ええっと、ハンドルをいきなり引っ張ったところ……ですか?」
「うん、正しいよぉ。あのカバーは裏からボルトで締まってるんだよ。そして、そのカバーを外すと、ハンドル本体がナットで留まってるからね。さぁ、他は?」
舞華ちゃんは、1年生の希愛ちゃんを指したが、いきなりなので答えられなかった。
「そうか……でも、分からなくても全然恥ずかしいことじゃないよ。これから覚えていけば良い事だからね……そしたら燈梨に応えて貰おうかなぁ」
舞華ちゃんは希愛ちゃんをフォローしつつ、いきなり私に回答を振ってきた。
私は不意打ちにちょっと驚いたが
「エアバッグがついてるのに、バッテリーの確認もしないまま外そうとしたところ……かな?」
と答えると、一瞬の沈黙の後
「正解だよ! 燈梨、瞬時にそこまで気がつくとはさすがだねぇ! そうなんだ。通電している状態でショックを与えたり、下手に配線を触ったりすると、エアバッグが展開して大惨事になっちゃうところだったんだよぉ」
と舞華ちゃんが嬉しそうに言った。
舞華ちゃんの話だと、エアバッグ付きの場合は、バッテリーのマイナス端子を外して5~10分置いて完全に放電させてから、ハンドルを外す作業をするのが鉄則なのだそうだ。
そして、舞華ちゃんは、更に作業を手伝おうとしていたが、そこに柚月ちゃんがやって来て
「マイ~、打ち合わせがあるから行くよ~!」
「放せよ柚月、今から私は燈梨と狭いエッセの中でキャッキャウフフ……じゃなくて、重要な作業を手取り足取りだなぁ……」
と言い合いながらも強引に引っ張っていったため、再び私たちだけの作業となった。
「それでは、七海ちゃんがまだ戻ってこないので、まずはバッテリー端子を外して、その間にシートやベルトの確認をしようか?」
私は自然な流れで言ってしまってから、ふと後悔してしまった。
私はまだ転校してきたばかりで、入部してからも日が浅いのに、何を仕切ってしまっているんだろう……と。
こんな若輩者がいきなり年上だからって仕切り始めたら、みんなが気分を悪くしちゃうかもしれない。
そう思っていたその時
「ハイッ!!」
という元気のいい返答が返ってきた。
エンジンルームに向かったみんなを後ろから見ていると、ふいに肩を叩かれた。
振り返ると、七海ちゃんと沙綾ちゃんがいた。
私は不安になって思わず小声で言った。
「無意識に指示しちゃったけど、みんな、私が仕切りだしちゃって気を悪くしてないかな?」
すると、2人は顔を見合わせた後で笑い出して
「そんな事、ある訳ないっスよ。ウチらは、上下関係以上に実力主義っスからね。出来る人の指示には自然と従う。当然の事っスよ」
「燈梨さんが、さっきの回答でしっかり作業を把握してるって分かったから、みんなもついてきてるんですよ。だから、ここは自信持って指示してください」
と言った。
私は、それでも一抹の不安を感じながら、作業するみんなを見ていると、作業の輪の中にいた陽菜ちゃんから
「燈梨さーん、待ってる間にシート先にやっちゃっても大丈夫ですかー?」
と訊かれた。
私が、出て行くか否かで迷っていると
「ウチらが出て行っても、今のあいつらは従わないっスよ。燈梨さんが指示してきてください」
と七海ちゃんが、背中をドンと押した。
私は、その勢いで陽菜ちゃんの元へと勢いよく滑り込んだ。
「燈梨さん。お願いします!」
みんなが私を期待に満ちた視線で見ていた。




