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引っ越し

 結局、期待と不安がいっぱいであまり寝られなかった。

 時計を見ると、4時間くらい記憶の無い時間が存在するので、そのくらいは寝ていたのかもしれないけど、なんか、目の冴えていた時間が長かったので、寝た気になれていないのだろう。


 舞韻さんも沙織さんも苦笑していたけど、3人で朝食にした後は時間通りに荷物を持って出発した。

 引っ越し先のアパートの前に到着すると、そこには既に人だかりになっていた。元から来る予定になっていた綾香、舞華ちゃんと柚月ちゃん、それと七海ちゃんと沙綾ちゃんの他に、優子ちゃんと陽菜ちゃんが来ていたのだ。


 「おはよ~、燈梨。折角だから優子も呼んでおいたよ」


 綾香が言うと、舞華ちゃんが申し訳なさそうな表情で言った。


 「せっかくのところ申し訳ないんだけどさ、優子はこういう所に呼んでも全く役に立たないからね。すぐにスタミナ切れするから」

 「そうだよ~。引っ越しに優子呼んでも~ただの穀潰しだからね~」


 と柚月ちゃんが続けて言って、優子ちゃんに怒られていた。

 その時、舞華ちゃんが私の所にスッとやって来ると


 「燈梨ぃ~、良かったじゃん! クラスから3人も来てくれてさ。私はさ、誰も来てくれないんじゃないかと思って心配したんだけど、余計な事だったみたいで嬉しいよぉ」


 と言って、喜んでくれていた。

 私は、それを見てやっぱり自分の気遣いは間違っていたことを改めて感じさせられてしまった。


 引っ越し自体はあっさりと終わってしまった。

 元々荷物もスポーツバッグ1つに収まる程度だったし、家具家電付きのアパートだったので、特に必要になるものが無かったのだ。


 しかし、テーブルとか衣類を入れる小さめのタンスのようなものが欲しかったのと、掃除機が無かった事、さすがに炊飯機は以前の人と同じ物を使う事にちょっと抵抗があった事と、ちょっとカビていた事があったので買いに行く必要があった。

 そこに舞華ちゃんが、洗濯機のコードの被覆が剥けていて危ない事に気がついたため、柚月ちゃんが不動産屋さんに電話をして、新しいのを買って良いという話になったようだ。

 舞華ちゃんは、お兄さんが一人暮らしする時に、引っ越しの手伝いをした経験から、物凄くチェックが厳しいので凄く助かった。


 舞華ちゃんの家のエルグランドで来てくれていたおかげで、テーブルや衣装入れだけじゃなく、洗濯機まで運べたのと、七海ちゃん達がいたおかげで、洗濯機の運び出しや、買ってきたテーブルとかの組み立てもあっという間にできたから、やっぱりみんながいてくれて凄く良かったよ。

 私は改めて七海ちゃん達に昨日の事を謝ったんだけど


 「別に何も気にしてないっスよ。私たちは、手伝いたいって思ったから来てるだけですから」

 「そうですよ。別に行きたくなかったら行かないですよ。燈梨さんの引っ越し手伝いたいから来たんです!」


 と言われてしまった。

 私はとても嬉しくなってしまって、思わず涙が出そうになってしまったが、必死に抑えていた。

 その様子を見た沙織さんが、とても温かい目で私を見て微笑んでいた。


 買ってきた食器や、調理器具なんかもすっかり仕舞って、これで今夜から自炊ができそうだ。

 引っ越しのお祝いに舞華ちゃんからお米と、食器の水切りラックを、優子ちゃんから調味料のセットを、柚月ちゃんからお鍋とフライパンのセットを貰っちゃったから、凄く助かっちゃったよ。


 「ウチのお米は、備蓄だから気にしないでいいよ。ラックも期限切れ寸前のポイントで買ったからさ」

 「ウチのも、在庫の見切り品だから」

 「私のは~道場のビンゴの景品の余りだから~」


 それぞれに、私に気を遣わせないように言ってくれたのも有難かった。


 「それにしても、ここのアパートは綺麗ですよね」


 陽菜ちゃんがしみじみと言った。

 学校の学生課で、いくつか紹介して貰った中から選んだのがここだった。家具家電付きでオートロック、そして築年数が新しめで綺麗だったのもポイントだった。


 「ここはね、町はずれの牧場の近くにある観光ホテルの寮として建てられたものだったんだけど、事業の縮小で寮を手放して、一般のアパートとして貸し出されるようになったんだよ」


 と舞華ちゃんが説明してくれた。

 以前は人手が足らなくて、他の土地から従業員さんを呼んで住み込みで雇ってたんだけど、近隣に安いビジネスホテルが進出してきてからは、お客さんが減って経営が苦しくなったらしい。

 住み込みの従業員をやめて、通いのパートさんに切り替えたりして、なんとか乗り切っているみたいで、その流れでこのアパートも手放したらしい。

 なるほど、だからこのアパートには、エントランスの所に、使われていない管理人室があったのか。あれはきっと、ここが寮だった頃の名残なんだ。


 私は言った。


 「でもね、ここにした一番大きなポイントはね……」


 そこまで言ったところで、綾香が来て


 「燈梨、1階にガレージがあるんだね。凄いじゃん!」


 と、私の言おうとした事を言われてしまった。

 そう、私がこのアパートに決めたのは、学校へのアクセスや、市街地で日常生活に困らない事、そして設備や建物の新しさもあるんだけど、一番は、屋根付きのガレージがある点だった。


 この建物は、1階の半分がガレージになっていて、15台分のスペースがある。

 雪国のアパートには結構見られる様式で、私の実家のある北海道でもよく目にしていた。

 雪が降っても雪おろしの必要が無いし、物置もあるためにスタッドレスタイヤも仕舞っておける。シルビアが雨や雪から護れるし、それに何より、夏場や雨の日などでも作業ができるのが、私にとってはとても大きなポイントだった。


 それを聞いて、一斉に色めき立ったみんなと一緒にガレージに移動した。

 車1台分のスペースと、車の後ろに鍵のついたスチール物置があるガレージを見て、綾香や七海ちゃんは驚いていた。


 「凄いな燈梨。うちのアパートなんて、駐車場は外だよ。雪が降ると父さんの車がいつも埋まってて、朝が大変なんだからさ」

 「そうですよ燈梨さん。うちだって、カーポートは1台分だけなんです。私が車買っても、外に追いやられるのが目に見えてるっス!」


 綾香と七海ちゃんは口々に私の環境を羨ましがった。

 私は、その姿を見て、自分が拘ったポイントがズレていなかった事を知った。そして、同時にちょっと意地の悪い思いが頭をもたげてきたので、ちょっとドヤ顔になって


 「まぁね」


 と言った。

 すると、綾香が私の両頬をつねって


 「調子に乗るなよ、燈梨ぃ~」


 と言い、七海ちゃんも


 「燈梨さんめぇ、ただでもシルビアとか乗って羨ましいのに、更にこんな車庫まであるなんてズルいっス!」


 と言って、私を羽交い絞めにしてきた。

 2人にもみくちゃにされながら私は思った。

 あぁ、これが私の追い求めていた普通の学生生活なんだ。遂に手に入れる事ができたんだと。


 舞華ちゃん達もガレージをまじまじと見て


 「良かったじゃん、燈梨! これだけ下がしっかりしてると、ここでジャッキかけて作業もできるよ」


 と言った。

 私は、そう聞いて唯花さん達を思い浮かべた。

 あのグループは、いつも誰かの車を囲んで作業しながら、ワイワイと楽しそうだった。車をコミュニケーションツールとして、いつもみんなが繋がっていたのだ。


 私もこのガレージを使ってそういう事がしてみたいと強く思い、更に、そうなった時のことを想像して思わず笑みがこぼれてしまった。


 すると、柚月ちゃんと話していた舞華ちゃんがやって来ると


 「それじゃぁ、今からみんなで柚月の家に移動して、引っ越しのお祝いやるよ!」


 と、私の肩を抱いて言った。


 今までの私の人生で、今日が一番うれしい日だった。

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