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第2章 リリン(3)

ふわふわのウェーブがかった紫色の髪、黒く(こま)やかなレースが美しい細身のドレスを着た少女が、ベッドの真ん中に眠っていた。対照的に、新雪のように白い頬が、私の目を引き寄せる。初めて見た。これが、魔王様なのか。魔王というより、これではどこかのお姫様じゃないか。


あのほっぺだって、きっとふにふにとした感触で、気持ちいいに違いない。触ってみようか……。


私は魔王様の白い頬に手を伸ばす。

しかしすぐに思い直し、部屋の入口へと向き直る。入り口のそばの椅子に腰かけ、ベセルが美味しそうに葡萄酒を飲んでいた。


「リリンは信じるんだね。ひょっとしたら、迷信かもしれないよ」


ベセルはグラスに注いだ葡萄酒の香りを楽しみながら、ぐいとそれを飲み干して立ち上がった。


「我らが王に(じか)に触れたものは、すべて死ぬ。かつてそれを迷信だと笑ったものは次々にこの世から姿を消し、結局この話を信じるものしか残らなかった」


詩を朗読するかのように高らかにそう語るベセル。

私は首を横に振り、「死ぬんじゃないよ。魔王様に触れると、私たち魔物は黒い霧になって魔王様の一部になるの」と答えた。


「確かめたの?」


ベセルは意外そうな顔をした。まったく、わかりやすい人だ。ベセルは何でも思ったまま話すし、裏表がなくて一緒にいて楽な相手だった。


「ううん。私が直接見たわけじゃないの。ただ、そういう記憶を持っている人がいて、ちょっと共有させてもらっただけ」


私がメイドになりたての頃、城の隅に年老いた占い師がいた。彼女は魔王様と同じくらい長い時間を生きた魔物で、この城の生き証人だった。私は彼女から、いろいろ教わってきたのだ。


彼女は『私が魔王様の姿を見ると、魔王様が穢れる』と固く信じており、決して魔王様を見ようとはしなかった。けれど、彼女から共有してもらった魔王様に関する思い出は、心が温かくなるものばかりだった。魔王様は1万年の間、間違いなくずっと、私たち魔物を愛してくれていた。


「でも、魔王様も1万を超え、もう14歳……長きにわたる魔力の蓄積を終え、この世界のすべてを(めっ)する破壊神に生まれ変わる日が来るのは、明日かもしれない……のよね」


「そうだね、将軍たちの推測通りならば。信じるか信じないかはそれぞれの判断だけれど。破壊神になった魔王様は元の意識を失い、ボクらに構わずこの世界を滅ぼすだろう。ボクも、キミも殺される。ボクは嫌だ! リリンがいない世界なんて考えたくもない。もっとキスしていたいし、抱きしめたい。もっと一緒に、幾千の夜をキミと過ごしたい」


「……それは、ちょっと困る」


どさくさに紛れて抱きつこうとしてきたベセルをヒラリとかわし、私は次の仕事に取り掛かることにした。

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