第2章 リリン(4)
『太陽の花』計画の中で、私は2つの役割を持っている。
1つ目は魔王軍最強とうたわれる衛兵、アース・フリントを魔王様の部屋におびき寄せ、そこから動かないようにすること。
そして2つ目は、魔王様の部屋で宝物庫のカギを見つけ、セカンドステップに進む前に宝物庫のカギを開けておくことだった。
「見つけておいたよ」
と、ベセルは宝物庫のカギを私に放り投げる。それは片手で受け取るにはやや大振りで重たそうなカギだったが、なんとかうまくキャッチした。これであとはアース・フリントの隙を見て、宝物庫のカギを開けておけばいい。中にある魔法の道具は、別のチームが運び出す算段だ。
使えるものは、何でも使わなければ、『太陽の花』計画の成功はない。
「ありがと。それじゃ、そろそろ掃除に戻らないと。来客が来ちゃうから」
金色の眉を寄せて寂しそうな顔をするベセル。
私はベセルを手招きすると自分の目の前にひざまづかせ、ぎゅっと彼女の頭を抱きしめた。
「……!」
ベセルの心が躍るのが私の心にもじんわりと伝わってくる。人の心を読む力なんていらないと思ったこともあったけれど、ベセルみたいに無邪気な人に会えて本当によかった。まして、私のことを大切に想ってくれているなんて。
「さあ、私はもう行くわ。ベセル」
ベセルを立たせて、彼女がここから逃げる手順を確認する。
その間、ずっとベセルは目に涙を浮かべていた。
それでも私はベセルに手を振って、入り口の外へと足を踏み出す。
今頃、アース・フリントがお客様とひと悶着しているはずだ。
時間はない。
「東館の倉庫へ!」
扉の外はもう、東館にある薄暗い倉庫の中だった。
振り向いても、そこには掃除道具が並んでいるだけ。
「ちゃんと逃げるのよ、ベセル」
大きめのほうきを手に取り、私は倉庫の外へと飛び出した。
*****
「俺の背中を見失うなよ。奥の回廊ではぐれたら、二度と城へは戻れないからな」
「わかったわ!」
幾重にも折り重なる次元の繭の中を、アース・フリントと私は決められた手順で右へ左へと歩き、魔王様の部屋へとたどり着いた。
私から見るとアース・フリントは少し見上げるくらいの背の高さだけど、魔王様の部屋の扉は、真上を見上げて首が痛くなるほど大きかった。
「魔王様! アース・フリントとメイドのリリンが参りました! 侵入者からお守りするため、無礼ではありますが中へと入らせていただきます!」
扉の向こうに向かって、最強の衛兵アース・フリントが叫び、巨大な扉を一気に押し開ける。
「こ、これは……」
そこには見覚えのある光景……だだっ広い部屋の中にある白い大きなベッドと、床に崩れ落ちている黒い塊たちがそのまま残っていた。私は「キャアアア」と叫び、よろよろと近くの椅子に倒れ込む。か弱いメイドの演出だ。もっとも、私がか弱いかというと、そうでもない気もする。ちょっと過剰演出だったか。
「リリン、倒れている場合か!」
アース・フリントはこちらを見ずに、警戒した様子で周囲の気配を探っていた。当然といえば当然だけど、私のことは気にもかけていない。ここにいるのが私じゃなくてララン姉さんだったら、少しは心配したんだろうか。そんなことをぼんやり考えていた時、
「あっ……」
気づいてしまった。
自分の犯した、手痛い失敗を。