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3◇お見合い当日


 そうしてついに迎えたお見合い当日。

 朝から私は忙しく準備をしていました。といっても、私は侍女に身を任せるだけでいいのですけれどね。貴族令嬢は自分で準備なんてしませんもの。

 湯浴みをして、身体中に香油を塗りこんで、とりあえず一旦適当な服を着て朝食を食べて、今度は今日のために用意した服に着替えて、化粧で顔を少し変えて、最後に香水を多めにふりかけます。お見合いというのは特別な日だからこそ、いつもより念入りにします。お洒落は女の武器なのですよ!


 準備を終えて、私は両親と一緒に応接間で侯爵家の使いを待ちます。両親たちには失礼の無いようにとだけ言い含められました。

 誰も今回のお見合いが成功するなんて思っていないので無駄な重圧が掛けられることはありません。両親でしたってベルマーン家との繋がりは欲しいでしょうけれど、現実的に考えて無理だから諦めているのです。貴族は現実から目を逸らすこともありますが、かといって夢を見るだけではやっていけないのですから。

 そういう意味では、初めてのお見合いにしてはなかなか良い相手だったかもしれません。心が読めるっていう類を見ない面倒すぎる気持ち悪い能力は持っていますけれど。


 しばらく待っていると使いの者が到着したようで、私はあっさりと侯爵家の馬車に乗せられました。何十回も見合いをしているだけあって、従者も手慣れた様子でしたわ。


 幸い今は社交シーズンに近いこともあり私達一家は王都の屋敷の方に滞在しておりましたので、侯爵家まであっという間でした。今がシーズン外でしたら、父と兄弟は仕事のため少しの間こちらに残るものの、私達女は領地に戻っているので、見合いだけのために一日近く馬車に揺られなければなりませんでした。一部の有力貴族の方々は領地の管理を官職(お飾りではなく重要な役職です)と同時に王都でこなし、領地には視察程度にしか戻らないそうですが、王都は物価も高いこともありまして、私の家のような中流貴族はシーズンを終えてしばらくするとすごすごと帰って行くのが普通なのです。


 今日もしも侯爵様に気に入ってもらえば、輝かしい未来が約束されたのでしょう。

 私が侯爵夫人になれるのなら、煌びやかな流行りのドレスを身にまとい、華やかな装飾具をつけて、毎日のように御出掛けできたのです。どうせ侯爵様のような高貴な方は私1人では満足できず、外に愛人をつくるに決まっております。そうすれば家の中の事は全て私が仕切ることができますわぁ。私も愛人をつくれば理想の貴族夫人の生活ですわね。

 あぁ、侯爵夫人になりたかったものです。人の心を読めるような悪魔でなかったら、今日という日も心の底から楽しむことができましたのに。


 そんな甘い未来を思い描いていたら、侯爵家の方に着いてしまいました。御者の手を借り、ゆっくりと意識しながら馬車から降りていきます。この日のために、家庭教師の方をお呼びしてマナーも復習したので何も問題はございません。


 建物の前のロータリーには、まぁ、なんということでしょう。噴水があるではありませんか。他の貴族邸宅でしたらここにはせいぜい芝生と花壇があるぐらいですのに。

 初めて訪れた豪邸に驚きましたが、顔には出しません。


私、なぜだか感情を表に出すのをうまく操れますの。いえ、貴族なら当然のことですけれど、私は本当に感情が読めないと評判なのですよ。つまり表情を完璧に保つことができるのですわ。顔の表情筋はなめらかに動き、友人の令嬢と談笑することもあります。けれど、表情を消したいと思うと自然と顔から感情が抜けていくのです。成長とともに、意識的に笑顔や顰め面も作れるようになりましたわ。やりましたね!

 無表情になれる正確な理由は知りませんが、なんとなく“持ち人”だからではないかと思っています。私が考えるに身体と心、つまり今世の肉体と前世の記憶の塊が完全には融合していないから等という理論ではないでしょうか。まぁ、理由なんてどうでもいいことですし、推測の域をでることはないですが。


 初老の執事に案内されて入った屋敷の玄関は吹き抜けになっており、天井には絵ではなく、何かが彫ってあります。ここからでは良く見えませんけれど、きっと繊細な細工なのでしょうね。

 一直線に続く廊下には、品の良い調度品に先代たちだと思われる肖像画が並んでおります。しばらく歩いて行くと先導していた執事がある扉の前で立ち止まりました。

 なるほど、この中に侯爵様がいらっしゃるわけですね。


 執事が軽く扉を叩くと中から、入れと落ち着いた声が聞こえます。いろいろな意味でドキドキの化け物との御対面ですわ。扉を開けるとテーブルの近くに侯爵様が立っていらっしゃいました。


 あぁ、やはり、赤と緑は補色だから、変な感じがしますわね。


 目が合ってふとそんなことを思っていましたが、こちらから挨拶をしなければなりません。

 もとから整えていた姿勢をさらに伸ばして、綺麗に淑女の礼をとりました。

「ハトマン伯爵家の長女、カトリーナでございます。ヴィジャネスト様、今日はお日柄もよく……」

ここからさらに、うんたらかんたらとつづき

「本日はこのような席を設けてくださり心より感謝申し上げます。短い時間ではございますがよろしくお願いいたします」


 きまった!

 途中で噛むことも、言葉を忘れることもなく、無事やり遂げましたわ!


「ご丁寧にありがとう。私がヴィジャネスト・ルータ・ベルマーンだ。カトリーナ嬢、今日は遠路はるばるご苦労だった。どうぞ、そこに」

 そう言って、侯爵様とテーブルを挟んで向かいのソファーを勧めらました。


 此処までの道は遠くなかったですけれど? 私はあんなに長く挨拶を述べましたのに、侯爵様はこれだけなんて、良いご身分ですこと。確かにハトマン伯爵家より格式の高い侯爵家ではありますけど。キーーーッ


「カトリーナ嬢は紅茶がお好きかな? 他にもコーヒーなどもあるが」

「まぁ、それでは紅茶をお願いしますわ。お心遣いありがとうございます」

 コーヒーなんて飲んでしまっては、成長するところも成長しないわ。実際にこれから成長するかは別として。望みを捨ててしまってはだめですもの。


 運ばれてきた紅茶は香り高く、味もまろやかでとても飲みやすいものでしたわ。うちの紅茶もこんな良いものだったら、お茶会ももっと楽しいものになったでしょうに。

 目の前の侯爵様――ヴィジャネスト様はコーヒーをそれは優雅にお飲みになっていました。やはり、髪は外からの光をうけて綺麗なキューティクルを見せつけ、瞳を縁取る長いまつげがふせられ、絶妙な色気がございます。

 私も髪色こそ金ではありますが、あそこまで光を反射していませんし、色にもばらつきがあります。まつげは侯爵様と同じく長いけれど、瞳はただの緑で侯爵様のように覗きこむ向きによって色が変わるなどもありませんし、グラデーションもないのです。

 侯爵様は男性なのになぜこんなに負けた気がするのかしら。悔しいわぁ!


 一息ついて部屋の中を少し見渡すと、家具は重厚な色合いで統一され、なかなかに迫力がありました。交渉事の際にはこの部屋の雰囲気も一役買ってくれそうではありますが、今回はお見合いでしょう。もう少し色合いの明るい、穏やかな部屋はございませんでしたの?

 こういうところもいまだに結婚話がまとまらない一因なのではないかしら。


 もっとも、たとえそこらのセンスが良くても悪魔に嫁ぎたい御令嬢などいらっしゃらないでしょうけど。


「カトリーナ嬢は何か好んでいることはあるのだろうか?」

 物思いにふけっていると、侯爵様から質問がございました。

 なかなかに答えに困る難しい質問ですわね。これは何を聞いていらっしゃるのかしら。趣味?好物?それとも男性?


 ちなみに男性でいうのならば、タイプはお金持ちで地位と権力のあるイケメンですわ。やはり結婚するにあたって、今の自分よりも劣っている家柄の方とはできれば御遠慮したいですわ。まぁ、家が豊かだというのなら、考えないこともございませんが、生活の質は落としたくございませんからね。権力もなければ、妻である私の意見が通らないでしょうから。そして、何より顔ですわね。顔が美麗であれば夫婦生活も苦にはならないでしょうし、傍らに立つことも考えるととても誇らしく感じますもの。そのような意味では侯爵様は理想的なのですが、いささか顔面偏差値に差がありすぎるように思いますの。もちろん私が不細工というわけではないですのよ。私は十分に可愛いの域に入るのですが、貴族の中ではどうしても普通になってしまうのです。貴族というものは美しい方と婚姻を結ぶことが多いので、尊い血筋であればあるほど顔立ちが整っているというあからさまなヒエラルキーがあるのです。あぁ私も普通の街で生まれておりましたらチヤホヤされていたでしょうに。私の顔は王都でもナンパされるぐらいには可愛いはずなのです、たぶん。といっても、貴族でない生活なんて考えられませんので今の暮らしが一番なのですが、欲をいうなればもっと良い家柄に生まれもっと美しい顔になりたかったですわ。そうすれば、悪魔とはいえ侯爵様にだって選ばれたたでしょうし、隣にも何も臆することなく立てたでしょうに。あ、けれど、もし私が公爵家の娘でしたら、王族すらも狙えたのではないでしょうか。王族の一員には憧れますものね。あぁ、私がもっと良い生まれだったら……。けれど、これって今の私を否定していますわね。そうよ、こんな不毛なことを考えるのはやめましょう。


 私ったら、煩悩まみれね。まぁ、貴族には何も珍しいことではないから気にする必要はないわ。ちなみにこの思考にかかった時間は1秒ほど。無駄なところで頭の回転が速いのだから。

 そういえば、侯爵様は人の心が読めるのでしたわ。まさか今の、ばれてはおりませんわよね? 

 けれど、人の心を読むのは時として疲れることもあると描いてあったから、わざわざ伯爵家の小娘相手に使うなどしないでしょうね。侯爵様の表情もあまり変化がないように見られますし、たかが見合いですもの。あぁ、そんな力を持った化け物と同じ空間にいることがすっかり頭から抜けておりましたわ。


 それで、質問はどうしましょう。

 好みのもの、もの、もの?

 ドレスや宝石など美しいもの、なんてありきたりすぎるかしら。


「侯爵様こそ、どのようなものを好みますの」

 返答に困った私はそう返すことにしましたの。少々無礼ではあるけれど、しょうがないわ。


「そうだな、私は……乗馬などをすることが多い。仕事柄部屋に籠ることが多いから、外で身体を動かすと疲れが取れる気がする」

 はぁ。運動なんてしては、むしろ疲れがたまりそうですけれど。殿方ってそういうものなのかしら。


「それは健康的ですわね。私は刺繍などを嗜んでおりますわ。時間をかけてつくりあげたものが完成する時の気持ちは何物にも代え難いものですから」

 少し話は盛りましたわ。達成感はとてもありますし、自分のことは褒め称えますけれど、何物にも代えがたいというほどではないですから。憧れの方と話した時や、新しい流行りのものを贈られた時の気持ちもまた良いですからね。


 そうやって、ときどき自分1人でツッコミをいれながらも会話は進み、少し侯爵様のことが分かった気がしましたわ。

 この方想像していたよりも捻くれておりませんが、貴族令嬢的視点から言うのなら生真面目で少し神経質というか面倒くさそうですわ。これではおぞましい能力がなくとも、結婚相手に進んで立候補しようとは思わなかったでしょう。いえ、お金と地位と権力と顔はいいのですから、性格は多少難があってもいいのですけど。そうは言っても化け物なのは変わりないので結ばれるのは嫌ですし、つくづく可哀想な人ですこと。


 なにはともあれ、お見合いは無事に終わりを迎えました。


「本日はそろそろお暇させていただきますわ。誠にありがとうございました」

「あぁ、そうだな。有意義な時間を過ごさせてもらった。こちらこそ感謝する」

 有意義? 何かそんなことあったかしら? どうせ社交辞令でしょうから、関係ありませんね。

 そういって優雅に淑女の礼をし、退室しようとして思い出した。


「それでは、ごきげんよう。良い縁に巡り合えますように」

 これも社交辞令というもので、家庭教師に言うように言い含められていたのでしたわ。

 この言葉は良い縁とは言っているものの、ようは私が貴方にとっての良い縁だから選べということらしいですの。悪魔に選んでなんてほしくはありませんがこれも社交辞令の一環ですのでしかたありません。


 さぁ、これで晴れてあのおぞましい悪魔から解放されますわ。

 侯爵夫人という肩書きは魅力的ですし、華やかな生活が遠ざかって行くのは惜しい気もしますが、早く家に帰ってゆっくりしたいわ。





【不定期新コーナー】

カトリーナによる豆知識講座 ~役に立つとは言っていませんわ~


社交界においてお見合いというのはよく行われますわ。というのも貴族の関係図は常に変わりますし、貴族の盛衰は激しいので、幼い頃からの婚約者というのは一部の大貴族や王族を除いて一般的ではないからです。また、貴族の離婚は制度的にも外聞的にも難しく、結婚後の不和や争いを防ぐためにも婚約前に互いの相性を見るという点もあるそうですわ。

お見合いと言っても政略的なものがほとんどで、一部恋愛結婚もあるにはあるそうですが普通は親の定めたお見合い相手の中から婚約者を選び結婚します。他にも社交界等で結婚相手を自力で探すという方法もありますが、結婚後に恋愛を楽しむのが貴族の娯楽の一つでもあります。恋する相手は結婚相手なこともありますし、そうじゃないこと(愛人)も多いです


え? なんで大貴族のベルマーン家がお見合いをしたかですって? 

そんなこと私が知るわけないでじゃない。


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