1◇お見合いは突然に
しばらくは短編と同じ内容に加筆修正したものになります
長くなるかもしれませんが、よろしくお願いします
会場のシャンデリアの光を反射させ輝き、曇り一つない流れるような金髪に、深い森を想像させる神秘的な翡翠の瞳。貴族特有の白い陶器のごとき肌にはすらりとした鼻筋が通り、薄い唇と引き締まった身体が精悍さを醸し出している。
その全てが美しく配置されている中で一際目をひくのは、そこだけ色を失ったかのような血の色をした左目。それすらも彼の妖艶な雰囲気に一役買っているのだから、憎たらしい。
代々王の側近を務めるベルマーン家の長男にして現侯爵当主。その彼の名はヴィジャネスト。ヴィジャネスト・ルータ・ベルマーン。
またの名を氷の貴公子、笑わない侯爵、国の番人、そして心読みの悪魔。
対するは、会場のシャンデリアの光をうけてまだらに輝く色の混ざったブロンドに、葉のような深すぎず浅すぎない緑色の瞳。化粧の賜物である白い肌に、貴族では一般的な痩せ型の身体で少々胸部は淋しいものの何ら変な所はない、思考回路までが貴族的なご令嬢。
いまいちパッとしないハトマン伯爵家の長女にして、結婚適齢期。その彼女の名はカトリーナ。カトリーナ・ハトマン。
二つ名なども存在しない、実家同様パッとしない令嬢である。
これはその二人が見合いを経て夫婦になる物語。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
私の名はカトリーナ・ハトマン。伯爵家の長女にして、今年19歳となる結婚適齢期の貴族令嬢ですわ。
ついにこの度、私は初めての見合いをすることになりました。相手はかの有名なヴィジャネスト侯爵様。
私はずっと影から彼のことを見ていたので、今回のお見合いは嬉しかったですわ。もっとも、私が影から見ていた殿方は両手では数え切れないほどいましたけれど。貴族令嬢にとっては、見目麗しい男性を鑑賞することも立派な趣味になるので誰も文句は言いません。
今回のお見合いは伯爵家から出した釣書が侯爵家の目にとまり、このような運びとなりました。
ベルマーン侯爵家にはたくさんの御令嬢から──それこそ私よりも爵位が高く、教養もあり、美しい方から──釣書が送られてきていました。その数多いる中から私が選ばれたということは運命に違いありません!
なんて、有頂天になることは少し難しいのですわ。というのも、既にヴィジャネストは何十回も見合いをしておりまして、そのどれをも断りついに私のところまで回ってきた、というだけなのですもの。私よりも女性として素晴らしい方との見合いを断り続けたということはこちらに勝算はないと言えますわ。
私に関しては、もともとヴィジャネスト侯爵が結婚相手を探しているという話を聞いて、周りが送ると言うのでそれにのっただけでした。もちろん私も儚い夢は見ていましたが。どちらにしてもあんな素敵な男性とお見合いできることは良い思い出になりますし、まだ希望は残っていますわ。
と、私は思っていましたが、大変なことを思い出してしまったのです。
私には昔から前世の記憶というものがありました。
しかし最近になって気づいてしまったのです。この世界が前世で読んだ少女漫画と酷似しているということ。
その漫画はよくあるような、とある男性と恋に落ちた優しい女の子のシンデレラストーリーでしたわ。
当時学生であった前世のわたしは甘酸っぱい青春ものなどは僻みのあまり楽しむことができず、ファンタジーな中世西洋のような世界観の物語を好んでいました。この少女漫画はその中の一つで、全巻揃えてはいましたが、愛読書でもなく、アニメ化も実写化もされていないこの本を覚えていたのは、ひとえにヒーローの奇抜な配色ゆえです。
金色の髪に緑の左目は許せるとして、右の赤い瞳はなんですの? なぜその2色を組み合わせってしまったのですか。あえてクリスマスカラーにする意味はありますか……。
緑と赤は補色だから、ぱっと見奇妙に思えてならなかったのです。表紙のカラーなどを見てもどうしても違和感を拭い去ることはできず、中途半端に記憶に残っていたのでしょう。
さて、ここまで話せばお察しだと思いますが、私の見合い相手のヴィジャネスト・ルータ・ベルマーン侯爵子息様こそ、この漫画のヒーローなのですわ。
あらすじは、人の心が読めるゆえに、他貴族から恐れられている侯爵の、何十番目かのお見合い相手が没落寸前の貧乏伯爵令嬢たるヒロインの彼女。少女の心は清く、そこに気付いた(心を覗いた)侯爵様は彼女との結婚を決める。少しずつ歩み寄っていく彼らにそれを邪魔する周囲と2人の身分差。そしてそれらの壁を愛の力で越えてゆく……! と、いったものでしたわ。
タイトルは……心からの愛? 悪魔との恋? 心読みとの結婚?
いえ、えぇっと、確か……あぁ、「心読みの悪魔と清き心の花嫁」でした。……題名からして微妙ですわね。
タイトル一つ思い出すのに時間がかかるほどには、私にとってあまり印象に残らない漫画だったということですわ。
さて、物語の中のように、実際に今世でもベルマーン侯爵家の赤い眼をした者は他人の心が読めると噂されています。
確かにこの世界に魔法というものはありますが、何もないところから魔力を源とした火や水と言った簡単なコトを起こせるだけで、大したコトはできません。戦に使われるといっても野営の時の飲み水や食糧を焼くための火、あとはせいぜい火を矢につけて放つことぐらいです。特にこの国において魔法はそこまで発展することもなく、人々が想像するような巨大な火球や濁流、転移に治癒などそんなファンタジーなことをするような魔法がそもそも編み出されておりません。外の国の中にはそのようなことも可能な人がいるとうわさに聞いたことはありますが、この国では魔力を動力とした魔法工学や、魔法を利用しない前世のような化学や工学の方が発展しているため、魔法自体が今後発展する可能性は小さいでしょう。
最近では人の持つ魔力の量も減少傾向にあるといい、現に私は魔力など持っていませんわ。ムキーーッ!!
そのような魔法環境の中で、心が読めるだなんて摩訶不思議な噂が流れるのには訳がありますの。
彼の名に入っている「ルータ」という単語。これは古代語で「心」を表し、代々赤い眼を持つ者だけが名乗り、受け継がれているのですわ。そして、赤い眼を持つ者は一代の中で必ず一人だけ現れ、その者が必ず侯爵家当主となるのです。たとえ次男であろうと、女であろうと。
そして、ベルマーン家は侯爵であるにも関わらず王の側で権力をもち、王に絶対の忠誠を誓っています。それゆえ重要な会議などの際には必ず立ち会っているのですが、邪な考えを持った者はすぐに判明してしまうそうですの。相手の表情が動かずとも、何も言わずとも、ベルマーン家の者が見抜いてしまうというわけですわ。
あまりに人間離れをした技に人々が心読みなど言っているのでしょう、と私も最初は思っていました。ただ単に読心術に長けているだけなのだろう、と。けれど、そのような噂を何度も聞くうちに私もそれを信じ始めましたわ。
だって何回も何回も私よりも尊い血筋である貴族達までもが噂しているのですよ?
まぁ、火の無い所に煙は立たぬと言います通り、貴族達の噂することは本当だったというわけです。
ちなみに漫画の中での私のポジションは……わかりませんわ。
私もはっきりとは全容を覚えていませんが、ライバルとなるのはツンデレな赤髪の令嬢で、悪役のご令嬢は黒髪のグラマラスな女性だったのは確かです。私も主人公と同じ伯爵令嬢ですけど、ハトマン家は貧乏でも没落寸前でもありませんし、私に悪魔と結婚するような趣味はありません。つまり、私は主人公ではありません。
たぶん、私が登場するのは「何十回もお見合いに失敗し、」の文のみ。もしかしたら背景に映ることはあったかもしれませんが、私のお見合は失敗に終わるのであろうことは簡単に予測できます。
まぁ、侯爵様が心を読めると言うのが本当ならば、結婚だなんて御免蒙りますけどね。
そんな気持ち悪いことをする方と共に過すだなんて、考えただけでもおぞましいですもの。
世に言う通り女の心は変わりやすいもので、私は見合いを前にして既に侯爵との結婚を望む気持ちはなくなってしまったのでした。