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閲覧ありがとうございます。
まず始めに、主人公の世界は地球とは似て非なる世界だとざっくり理解して頂ければ嬉しいです。
深夜、未だ喧騒の絶えない歓楽街のほど近く、取り壊しが決まった廃ビルの屋上に少女は立っていた。
いつもの様に柵を乗り越え、人が一人ギリギリ立てる幅しかないその場所で、肩に掛かる髪を夜風に遊ばせている少女の瞳は、何処か遠くを見ている様でいて、その実何も見ていない様な無機質な色を湛えていた。
いつからだろう?
すれ違う人達や、自分の周囲の人の目が、まるで死んでいる様に感じ始めたのは……。家族や友人にも恵まれている環境だと思うのに、その目を見る度、拭いきれない孤独と不安が襲ってくる。
果たして、自分はちゃんと“生きて”いるのだろうかと。
戦争なんて、もう何百年も前にこの国と関わりがない場所で起こったのが最後、平和で様々な技術が発達したこの世界に於いて、人の死というものが、あまりにも日常からかけ離れてしまった。
それが悪い事だとは思わない。ただ、“普通の”日常の中では、自分が生きているのだと実感する事が出来ないだけで……しかしその結果が人々の光が無い目であり、自分がバイト帰りの深夜に必ずこの場所に訪れる理由でもある。
一歩先に広がるのは仄暗い闇、踏み出せば確実な死が待っているのだろう。『死』と隣り合わせの“境界線のこちら側”で、少女は束の間の『生』を楽しむ。
ふと、何気無くやった視界の端に、一匹の黒猫がいる事に気付く。自分と同じ様に屋上の縁に居て、寝そべるわけでも無く、淡い月明かりの下で綺麗にお座りしている横顔に興味が沸いた。
「何を見てるの?」
そっと、尋ねた声にもちろん返答は無い。ただ、声は届いたのだろう。ぴくりと耳を揺らしながらも、視線は変わらず目前の闇に固定されている。その姿に、何故か自分が重なって見えた。
「君も、生きたいんだ」
そうしてまた、濡れ羽色の耳が揺れる。たったそれだけの事なのに、いつも独りきりの屋上が随分色付いて見える気がして、また薄暗い闇に視線を戻す。だけどそこは暗闇ではなかった。人通りは無いけれど、立ち並ぶ企業ビルから漏れる非常灯の淡い光、等間隔に並ぶ外灯や月明かりが闇を散らし、静寂だったこの場所に歓楽街の喧騒が漏れ聞こえて、確かに自分以外の人々の存在を伝えてくる。
あぁ、それでも……それでも目の前の境界線を越えれば、変わらず自分に死が待っている様に、すれ違う人達の目が変わる事もきっとないだろう。
それともいきたい?『此処』ではない『何処か』に
僅かに苦笑を滲ませながら、溢れた願いは音になったのだろうか。視界の端で、ゆっくり腰を上げる黒猫の姿に、僅かな寂しさを覚え視線を向ける。
ぴくりと反応したのは今度は自分だった。帰るのか、それとも何処かに行ってしまうのかと思った黒猫が、こちらに向かって歩いてくる。動揺は一瞬の間に落ち着き、屈み込んで黒猫を待つ。
あと少しで手を伸ばせば届く距離に近づいたその刹那、まるで屋上から突き飛ばす様な強風に、黒猫の身体が外へ投げ出される。
つい、咄嗟に身体が動いたのか、衝動的な行動だったのか、はたまたそれ以外の何かだったのかは、きっと少女にも分からないだろう。確かなのは、少女が黒猫に手を伸ばしながら、“境界線の向こう側”へ飛び出した事だけ。
上手く黒猫の前足を掴み、頭から落下中の身体を仰向けにする遠心力で黒猫を屋上へ投げ飛ばす。柵に当たったり飛距離が足りなかったらという不安を掻き消す様に、黒猫は屋上の縁に綺麗に着地してくれた。
怪我、しなくて良かったー…
淡い笑みを浮かべた少女は、柔らかな月の光を集めた様な金色の双眸に見つめられながら瞼を閉じる。直後に訪れるであろう衝撃に備えて……。
不明な点やお気付きな事などありましたら、教えて下さると助かりますm(_ _)m




