エピローグ3
「三次試験については、どう書きましょうか」
御子野瀬が何気なく呟くと、又野エリは口元を抑えた。
思い出し、吐き気を催したものらしかった。
「ああ、ごめんなさい。又野さん、あなたはもう帰ったほうが良い。後は俺一人でやりますよ」
又野エリは苦痛に表情をゆがめたまま、それでも何度か頷くと、早々に部屋を出て行った。
一人になった教室でまた、新しい煙草に火をつけて、御子野瀬も脳裡に浮かんだ情景に吐き気を覚える。彼自身はそれをまともに見たわけではない。その申し出を直接受けたわけでもない。
ただ。
二村にぃながハンバーグを作ったことそれ自体が、恐ろしかった。
控えめで、普通そうで、大人しそうな、娘に似たあの女の子が、そんなことをするなんて。
見送るバスに乗った七人の生徒。
欠けた二人は、どうなった?
来年から、調理の課題はなくしたほうが良いな。
御子野瀬はそう思いながら、レポートを書き進める。
人間、極限状態に陥ると何をするかわかったものではない。
こうなりたいと願う自分になれる近道があるなら、どんな手段をも厭わない。
確実にあの場で「肉料理を出す」という選択は浮かばない。
浮かんだとしても、実行しようとは思わない。
政府からの許可が下りなければ、不運はもっと小規模に済んだことだろう。
世界は狂気に満ちている。
ずっとわかっていたことだった。
土台が狂っていて、どうしてその上に立つ人間だけは正常で居られると思うのか。
二村にぃなが悪いわけではない。
時代が悪かった。
環境が悪かった。
全ては政府が悪いのだ。
そうすれば長嶺零斗に関しても、トラウマを抱えずに済んだことであろうと思う。
彼は二十歳になれば全ての真実を説明される。されるが、それよりも前に、きっと世界の理に気づくだろう。そのとき、二村にぃなをどう扱うのかわからない。この過去をどう処理するのか、わからない。
しかしそれを迎えるとき、御子野瀬と長嶺零斗は他人同士だ。
二度と会うことはない。
情報が回ってくることもないだろう。
しかし御子野瀬にしてみても、そのほうが気楽だった。彼が今後どうなるのか、知らないほうが幸せだ。世の中は、知らないで居たほうが良いことに満ちている。
レポートを書く手を進める。
早く終えて、この試験と手を切りたい。
そしてその手で、娘をちゃんと抱きしめてやろう。
再来年に訪れる試験に、親として、どう立ち向かうのか。
それを考えよう。
人生は続いていく。
未来は先にある。
これを、無下にせず、新しい命のために、尽力する。
そうしよう。
御子野瀬は心を無にする。
早くこの忌々しい校舎から、離れよう。
それだけを考えていた。




