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「こんなこと急に話しても、困っちゃいますよね」
それを見透かしたようなことを言ってくる。
「いや」正直なことを言えば、「わかるよ」
「わかりますか?」
それは試しているような問いかけに思えた。
「少しだけ、かな」だから自信がなくなる。「きっと、もっと別の方向の話なんだろうけど、僕も、心のうちでは劣等感がずっと存在する。カッと燃え上がるわけでもなく、完全に鎮火するでもなく、じりじりと、線香みたいにゆっくりと燃え続けている。煙が充満して、どんどんどんどん居心地が悪くなっていく」
「どうして劣等感を抱く必要があるんですか?」全く自分の話を無視したような、変な質問だった。「長嶺さんは、素敵な方ですよ」
「違うんだ。僕は普通なんだ」視線は変わらぬまま。「周りが、僕のことを甘やかして、もてはやして、そう仕立て上げようとしている。そんな気が、ずっとしているんだ。僕の知っている世界は全部偽物で、例えば、乱雑な机上のエアポケットみたいに、ほかよりちょっと綺麗になっているような、綺麗にしてもらっているような、そんな、どこか作り物めいた世界なんだって疑いが、頭の中にずっとある。考えても仕方ないってわかっているんだけどね。多分、ただ単純に自分に自信がないことの要因をほかに求めているだけで、実際はそんなものはただの妄想で、その妄想で何とか自分を支えているだけに過ぎないんだと、そう思うよ」
笑う声がする。
それは本当に、思わずと言った感じだった。
「何? 僕、変なこと言ったかな?」
すぐにそう聞いてしまうのも、僕らしいのだろう。ただそれは、クソみたいなものだ。
「いえ。やっぱり長嶺さんは素敵です」
彼女は口元を隠して、目元に笑みをたたえたまま、言う。
「どこが?」
「全てです」
「全て?」
「ええ。今の話を含めて、長嶺さんの全てが、素敵です」私は、と彼女は続ける。「異性との間に生まれるどんな愛をも知らない。いや、知らなかった。そう言いましたよね?」
「うん」
「でも私は試験に参加して、長嶺さんと出会って、話をして、関わるうちに、この人と一生を添い遂げたいと、本気で思いました。自分より優位にあるほかのクラスメイトを押しのけて、母が叶えることの出来なかったことを、この人と成し遂げたいと。無意識だろうと、そういう魅力が長嶺さんにはあるんですよ」声の調子は変わらない。「でもさっきも言ったように最終試験に残って、相手がいちかちゃんで、とても不安です。彼女に勝てる個性は私にはない。じゃあどうすればいいのか。それで、長嶺さんの好みをこの際だから度外視して、私を知ってもらうことに尽力しようって、決めたんです。結局五分の会話で提示した僅かな情報と、ファッションセンスと料理の腕しか、長嶺さんは知らないんですものね。何をするよりまず私を知ってもらうことが大事だって思ったんです。とは言え勝手に決めて勝手にべらべら喋ってしまってすみません」
まるで反省していないような、おどけた様子だった。
それが可笑しい。
「謝ることじゃないよ。今日一日は、僕の時間はにぃなちゃんのものなんだ。どう使おうと文句なんてないよ」
「長嶺さんは優しい人です。なんて、そんなこともう散々言われてきたことだと思います。そして、それを信じられず、そこに劣等感を見出してしまうことも、似たような性癖の私には想像に難くありません。ポジティブに物事を考えられない人間にとってはこれ以上ないくらい生きにくい世の中ですからね。多分、同じようなことを考えているのだと思います。それでも言わせてくださいね。長嶺さんは、優しい人です」
日に照らされ、にぃなちゃんの顔に影はなかった。
まるで誂えたかのように、綺麗な顔だった。
「ありがとう」
それ以外に言葉が見つからない。
「偉そうでしたかね」言って、彼女は立ち上がる。「少し歩きましょうか」




