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チャプター 01:「プロローグ」

 電子機器特有の、ファンが駆動する音のみが響く室内に、青年が一人横たわっていた。

黒い髪は乱雑に切り揃えられ、一糸纏わぬ姿で目を閉じている。

『目を開けてみろ。気分はどうだ?』

 電子の駆け巡る電脳の中に響き渡る声を聞きながら、カプセルに横たわる青年の目が開

く。

『問題ありません。博士ドクター

『よろしい。それでは、機能の最終テストに移ろうか』

『はい』

 少年は抑揚のない声で自らの脳内に存在する生みの親に応答すると、上体を起こしカプ

セルの外へ出る。

 無機質な室内を見回し、黒いコートのような防護服を見つけると、それを手に取り、素

早く着込む。

『よし。〝鎧〟は身につけたな。あとは〝剣〟だ』

『はい』

 次に少年が手にしたのは、服のかかっていた棚の横、緑色の光に満たされたガラスケー

スの中に納められた、黒く光る剣だった。それは同じような材質の鞘に納まり、柄と鍔に

は赤と緑の玉が埋め込まれていた。

『可変剣(AVS)、装備完了しました』

 博士と呼ばれた女は、青年の電脳内で何かの準備を行っていた。そして、それが完了し

たのか、再度青年に話しかける。

『さて。最終テストを行う。これをクリアできなければ、ドラゴン討伐など夢のまた夢だ

ぞ? さあ…………行け!』

『了解』

 コートを靡かせ、颯爽と出入り口らしき扉に近づき、それを開く。そして、何時の間に

か抜き放たれていた黒い刃の剣を両手に構え、部屋から飛び出した。

 青年が飛び出したその場所は、突き抜けるような晴天の広場。石畳の隙間から雑草が顔

を出し、周囲は石材で囲まれている。

 そして、広場の中心に立っていたのは、アクチュエータを剥き出しにした不気味な機械

だ。右手に青年と同じような黒い剣を持っており、俯いたまま微動だにしない。

『旧式とは言え、お前とほぼ同等の出力がある。気を抜くなよ』

『はい…………行きます!』

 青年が飛び出したままの勢いで機械へ迫ると、それは唐突に動き出した。青年に向けら

れたのは、真っ赤に光るモノアイだ。それは掴んだ剣を乱暴に振り回し、青年へ打ち付け

る。だが、青年はそれを自らの剣で受け止めた。重金属同士の衝突によって、広場には甲

高い音が残響した。

 幾度も剣を打ち付ける機械に対して、青年はそれを受け続ける。彼は、相手の行動パタ

ーンを観察していた。

『どうだ?』

 博士の質問に対し、青年は事もなげに答える。

『問題ありません。剣は重くとも、それを扱うアーツがあまりにも不足しています。

俺の敵じゃない』

 博士は、電子を震わせ、小さく笑う。

『フフッ…………よろしい。では、仕留めて見せよ…………ああ、反応炉リアクター

は再利用できる。胸部を傷つけずに無力化できるか?』

『博士の望むままに』

 即答し、受けに回っていた青年が動いた。大振りの大剣を紙一重で回避すると、自重と

遠心力を目一杯に使い、自らの剣を振り回す。そして、稼ぎ出された力は切っ先に集中し、

寸分違わぬ精度で敵の右肩に命中させる。動力用のケーブルや可動部品を切断され、敵は

右腕と共に剣を取り落としてしまった。

 だが、青年の攻撃は止まらない。剣の重量を最大限に活かす彼の剣術は、流動的で美し

く、彼が石畳を踊る度、敵の機械は四肢を失っていった。

『…………よくやった。これでお前は、完成だ』

『はい』

 頭部に存在する敵のAIを破壊した青年は、剣を引き抜きながら短く返事をした。そし

て、剣に付いた飴色の液体を振り払い、それを鞘へと戻す。

『開発を始めて200年。生身の身体を捨て、幾つも試作機を設計し…………本当に長か

った。お前は私の最高傑作だ。お前以外にドラゴンを打ち滅ぼす存在など。いや、先ずは

名前を決めようか。何か、名乗りたい名はあるのか』

 博士の問いに、青年は首を振る。

『ありません。名前など、個体を識別する為だけのものなのでは?』

『そうではないのだ。名前には、想いが込められているものなのだよ。名は体を現すと言

う言葉もある』

 諭すような博士の言葉に、青年は視線を落とした。そして、母に与えられたデータベー

スの中から、自分の開発コードと、それの意味を探し当てる。

『シン』

 青年の一言に、博士は疑いの感情を現した。

『機械に手抜きができるとはな。それはお前の開発コードだ。名前ではない』

『象徴を意味する言葉、シンボル。博士の想いはこの名前に込められているのではないで

しょうか』

 不機嫌な博士は一転、脳内に響き渡る程の大笑いをする。

『ファハハハハハハ! いい、いいぞ! 私の設計した電子神経回路は完璧に動作してい

るようだ。実に人間的・・・ではないか!』

 ひとしきり笑うと、博士は続けた。

『では、シンよ。ドラゴン討伐の為、下界へ降りようではないか』

『はい』

 博士の指示に従い、機械仕掛けの青年剣士シンは、我が家を出る準備を始めた。

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