チャプター 02:「ベラドンナ国立魔法学院」
『まさか、こんな事になるとはな』
うんざりした様子で零すのは、シンの電脳に存在する博士。その感想に無言で頷きなが
らも、シンは今までの道程を振り返った。
下界に降りると、そこには二人が全く知らない世界が広がっていた。争いはほぼなくな
り、街は発展し、郊外でも凶悪な生物など滅多に見られない。あまりの激変振りに、博士
とシンは数日間呆然としていた。安心して研究に没頭できるようにと、わざわざラボを浮
遊島に設けたのにもかかわらず、200年後の下界は、試し切りを行う対象にすら苦労す
る世界へと変わり果てていたのである。
だが、二人はドラゴン狩りを諦めたわけではなかった。数日間行った情報収集の結果、
とある施設にて、現代の世界情勢や戦場の情報を仕入れる事ができると知る。そして、早
速二人はそこへ向かう事にした。
『しかしながら、魔法学院とは一体どんな場所なのだろうな?』
『わかりません。現代には新しい技術があるのかもしれませんね』
目的地へ歩を進めながら、博士とシンは現代に存在するであろうあらゆる技術の可能性
を議論した。それは二人にとって挑戦する対象であり、シンはそれらを打倒するために生
まれてきた存在なのである。
『――ううむ。全く未知数ではあるな。最悪の場合、お前を遥かに超える剣士が標準であ
る可能性もあるぞ? 覚悟しておけよ』
『最悪? それこそ、博士の望むところなのでしょう。それらが強者である理由を追求し、
俺や後発のマシンを改良すれば良い事です。博士もきっと、それを望んでいる』
『流石私の子だ。よくわかっている』
学院が見えて来ると、シンは内部を見渡しながら校門を潜る。そして、開け放たれた学
院の門を潜った瞬間、自分の正面に銀色の剣が横切った。視線でその先を追うと、赤髪の
男がこちらを睨みつけている。シンと同程度の身長で、スーツと甲冑を組み合わせたよう
なデザインの服を身につけていた。
「お前、我が学院の生徒ではないな? 一体何者だ」
高圧的な態度の男に、シンは眉をひそめた。
「俺は入学希望の者だ。いきなり剣を突きつけられるような覚えはないんだが」
嫌味を練りこんだ台詞を投げ返すと、男は鼻を鳴らし、更に鋭く睨みつけた。
「どうだか。ここの所、女生徒のメイジから不審な男を見かけると頻繁に通報がある。物
騒な世の中だからな。警戒するに越した事はあるまい? 名を名乗れ」
物騒、という表現に首を傾げるも、威圧的な態度を変えない男に、シンは呆れた様子で
男の剣をつまみ、脇へのける。
「俺の名前はシン。ただ入学しに来ただけだ。金さえ払えば、施設を自由に使えると聞い
たのだが?」
「剣士科ならば、入学金と初年度の授業料さえ納入すれば入学する事はできる。だがそれ
は、過去に犯罪歴がなく、国外の諜報員や暗殺者ではないと証明され、更に、最低限自衛
ができるだけの強さを持った者だけだ。お前はどれも満たしていない」
男の物言いに嫌悪感を露にするも、その制度には納得する。
『確かに、そのような仕組みがあって然るべきですね。ここは国防人材を育成する施設の
ようですし。どうしましょうか、博士』
シンの問いに、博士は電脳内で唸って見せた。
『この場限りならば押し通る事もできるのだが。そうも行くまい? 私に良い考えがある。
復唱しろ』
『はい』
シンは博士の話す通りに話し始めた。
「悪いが、俺は田舎から出て来たばかりなんだ。そうした証明が必要ならば、どのような
ものか、実際に見せてくれないか? 物さえわかれば、後日持参しよう」
下手に出た事が功を奏したのか、男はシンに突きつけた剣を下ろす。だが、未だ険しい
視線を緩めようとしなかった。
「いいだろう。関係書類の見本は後で見せる。先に、貴様の実力を測っておくか?」
攻撃的な視線を緩めないまま、男の口角が吊り上がる。その様子から、目の前の剣士ら
しき男は、戦いに自信があるのだと推測した。
『丁度良い機会だ、シン。現代の剣士がどの程度のものか――』
「レネ? 一体どうしたの?」
電脳内で博士に応答しようとしたシンの耳に、女らしき声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはブロンドに赤いリボンを結ぶ少女が立っていた。瞳は赤く、歩き
方からも気品が感じられる。
「はっ! 学院に侵入しようとした不審者を尋問していた所です。どうやらこの男は、学
院の剣士科に入学したいようで、それについて説明をしておりました」
レネと呼ばれた男のそれが説明なのか、シンは納得しかねていたが、その雰囲気を察し
てか、金髪の少女が申し訳なさそうにシンを覗き込む。
「ごめんなさい。この子は少し、言いすぎる事があるの」
「いや、気にしていない…………それよりも、入学手続きを進めたいのだが」
シンの物言いが気に入らないのか、レネは一層鋭い目つきでシンを睨んだ。
「貴様…………レイラ様に何と無礼な! 貴様のような奴に、剣士を志す資格など――」
「レネ? 止めなさい」
レイラと呼ばれた少女は今にも噛み付きそうなレネを片手で制し、ブロンドを左右に揺
らして見せる。
「それでは、入学の手続きを始めましょう。レネに説明されてのなら、大体の流れはわか
っているわね? 関係書類はベラドンナ中央の役場で発行してもらえるけれど、用意には
時間がかかるわ。ここで進められるのは、貴方の実力を測り、編入するクラスを決める事
くらいね」
「何でも構わない。俺は――」
『シン。情報収集が目的だと言う事は漏らすなよ? 諜報員かもしれないと疑われては、
後々面倒だ』
『わかりました』
レイラを前にして、電脳内から話しかける博士に応答する。
『だが、全て嘘では怪しまれる危険もある。ドラゴンが目的、自分が戦闘機械だと言う事
くらいは、話してしまっても良いだろう』
『了解』
口が不自然に止まり首を傾げるレイラへ、シンは改めて口を開く。
「俺は、ドラゴン討伐を目指してここへ来た戦闘機械だ。可能ならば、この施設で一番の
腕利きと手合わせしたい!」
シンの声はレネやレイラ、更には、学院の広場で実習に励んでいた生徒達の耳にも届い
た。数秒の静寂は、波のような笑い声で掻き消される。
「アハハハハハッ! ドラゴン討伐だってよ!」
「どんな僻地から出てきたんだよ。世間知らずにも程があるだろう?!」
笑い声の只中、シンは自分の発言がそこまで奇妙なものなのかと首を傾げる。
『博士。言われた通りにしましたが。予想外の反応です』
『フフッ。予想はしていたさ。自分でも無茶で馬鹿馬鹿しい挑戦だとは思っている』
博士に応答しながら視線を巡らせると、前方に立つレイラすら、小さく震え笑っていた。
そして、訝しげな視線で自分を見つめるシンに笑いを堪えながら申し訳程度の謝罪を口に
した。
「ふふっ…………ごめんなさい。でも、とても面白い方ね。ドラゴンを倒すというだけで
なく、自分が機械だなんて。腕やお腹に、歯車でも入っているの?」
それはレイラの冗談だったのだが、シンは脳内に存在する自分の設計図を引き出し、図
面を確認しながら真面目に解説を始めた。
「いや、歯車は内蔵されていない。各部の駆動はらせん状に巻き上げられた人口筋繊維と、
それにエネルギーを提供する併合型重力反応炉で――」
「――いい加減にしろ!」
笑いの渦の中、唯一笑わなかった男が大声を張り上げた。
レネである。
「虚勢も行き過ぎれば滑稽だ。おまけに妄想癖まであるとは。剣の腕も程度が知れる」
「よくわからないが、相手の剣士を用意してくれないか?」
嫌味をたっぷりとぶつけたつもりのレネだが、シンはその言葉の意味する処が理解でき
ず、話を進めようと相手を催促した。
そして、その台詞を受け、レネはシンへ向けて攻撃的な笑みを浮かべた。
「フンッ。カイン殿の手を煩わせるまでもない。俺が相手になってやる。どこからでも掛
かって来い」
「この男が、この学院で一番強いのか?」
レネの挑発も、シンには通用しなかった。レネの意図がわからず、シンはレイラに視線
を向け、疑問をぶつける。
問いに対し、レイラはブロンドを揺らし応答した。
「いいえ。けれど、レネは私の護衛剣士です。その腕は、学院でも5本指に入るでしょう。
特に、大きな剣を扱う戦士の中では一番と言っても過言ではありません。貴方を退屈させ
るような事はない筈よ」
レイラの答えに、シンは思案を始める。それは、機械故の生真面目な動作に他ならない。
思考を中断させるかのように、博士が割り込む。
『シン、相手をしてやれ。お前が最初に戦う相手が学院最強である必要はない。この男を
倒し、上に立つ男に無視できない場所に立てば良いのだ』
『わかりました。装備は?』
『可変剣(AVS)をモード・パーソナルで…………既になっているか』
『リミッターは』
『馬鹿を言え。人を相手に解放など。拘束出力で対応して見せろ』
『了解』
無言で剣を構えるレネに向き直り、応えるように、シンが剣を抜き放つ。
「わかった。戦おう」
両刃の剣を構えるレネは、シンの得物に笑みを増す。
「そのような…………肉厚で長大な片刃剣で?」
「ああ。どこからでも来てくれて構わない」
いつまでも涼しげな表情で立つシンの台詞を挑発と受け取ったのか、言葉の代わりに雄
叫びを上げ、レネはシンへと斬りかかる。
学院の敷地内に、金属のかち合う音が響いた。
「…………ほう」
「へえ」
シンは切っ先を下げた状態から、即座にレネの剣を受け止めてみせた。その対応速度に
感嘆の声を漏らしたのは、レネとレイラだ。
「口先だけでもないようだな。では、続けて行くぞ」
レネは剣を引いたかと思うと、遠心力を活かした太刀さばきで、休みなくシンへと斬撃
を浴びせかける。円運動から来る攻撃は軌道を予測しやすくはあるも、全ての斬撃が必殺
の威力を持つ、大型剣である事を活かした攻撃である。
受けに回っていたかに見えたシンだが、その電脳内では博士との会話が始まっていた。
『博士…………これは』
『なんと無様な。こんなものが……こんなものが現代で優秀と評される剣士なのか。フフ
ッ。期待をした分だけ、落胆も大きいものだな。シン』
『はい』
博士は、まるで失敗作を処分するかのように言葉を吐き捨てる。
『さっさと倒してしまえ。殺すなよ?』
『わかりました』
結論が出たシンの行動は早かった。何度も斬りつけるレネの攻撃軌道を予測し、一瞬で
懐へ飛び込む。
「なっ!?」
シンは軽々とレネの斬撃を受け流しながらも、鳩尾を掌で突いた。
「ぐっ…………う……?!」
レネは、口から黄色い胃液を辺りに撒き散らしながらその場にうずくまる。開放されて
いる力が最大出力の0.5%であっても、機械と人の力の差を考えれば、それは致命傷ギ
リギリの攻撃であり、シンが手加減できる最大の攻撃方法だった。
だが、剣も碌に使わずレネを倒したシンに勝利の喜びはない。その戦いは彼にとって、
事務的な処理以上の意味を持たない。剣を静かに鞘へ収めると、レイラへ向き直る。
「これで、入学の資格を一つ満たした事になっただろうか」
呆然と事態を見守っていたレイラは、自分が話しかけられている事に気が付くと我を取
り戻し、慌てて返答してみせる。
「え、ええ。レネを倒してしまうなんて、口だけではなかったのね……わかりました。私
とレネが、責任を持って貴方の実力を証言しましょう」
「感謝する。それでは、必要書類の見本を見せてくれないか?」
「ええ。でも、その前に」
その場にうずくまるレネに近づいたレイラが、背中へ手を当てる。
レネへ、一言二言声を掛けたレイラが視線を上げ、シンを見た。
「その前に、レネを医務室へ連れて行かせて」
「ああ」
ゆっくりと立ち上がったレネに付き添うように、レイラが学院の本棟へと入っていた。
それを眺めていたシンが、電脳内の博士へ話しかける。
『ようやく…………ようやくまともな情報が手に入りそうだ』
『そうですね。これで、目的に近づけます』
『ああ』
シンと博士は、これから手に入るであろう、ドラゴンの情報に対する期待で胸を膨らま
せた。




