第4章 パティスリー・クロワッサン爆誕!②
「ラムボールの作り方を教える。見て覚えろ!」
黄の月33日目。
昨日屋敷の重大な設計上のミスが判明した。
何と、外のダクトから厨房の声が聞き放題なのだ!レオ様がいつまで経っても休憩から帰って来ない侍従給仕を探していたらダクトの下でメモを取っていたらしい。
あまりに怪しい姿に近寄るとダクトから俺達7人の声が、丸聞こえでレオはダクトに向かって叫んだ。
「聞こえてるよ!全部!」
ソレを拾ったのは耳のいいレンで厨房は大騒ぎになった。
チョコレート菓子のレシピをショルツに俺が教えている所だったからだ。
もちろんソイツはクビにしたが生チョコの作り方が有名菓子店に流出した。
今朝店頭に並んでいたとセラックさんからの報告を受けた。
トビアス様にすぐに手紙を書いた。
そして昨日から無言のやりとりでショルツに教えている俺。
ラムボールは皆が知らないから作って見せているのだが、簡単なので皆が呆気にとられている。
ガトーショコラの失敗例を崩してラム酒で味付けして丸めたものをチョコレートでコーティングしただけで出来上がり。
「これはズルいんじゃないですか?」
「食べたら?美味しいよ」
「……理不尽だが美味い」
ショルツの赤さんが泣きはじめた。ショルツは休憩室へ向かった。
「今日はガトーショコラをどんどん焼きます!頑張ろ!皆」
「「「「「オオッ!」」」」」
◆○◆○◆sideレオナルド=サロンロール
「ハイ!それでは、担当の部屋を発表します!ミズリ、サロンの給仕長をお願いします。ニゲラ、タルタナ、シーファ、ディック…………以上がサロンの給仕です。どのテーブルを担当するかは、各部屋の給仕長の指示に従って下さい。
ちなみに緑の月の終わりまでは私は本店に帰りません!
ダンスホールの給仕長を担当したいと思います。ダンスホールの給仕は……」
ああ、全員スパイなのがやってられない理由だ。セーブルは違うから、そこは安心だが、34名ものスパイ相手にどう戦うか、ですよね?
お父さんに怒られるけど家人が一番安心安全だ。……呼び寄せようかなぁ。
でも、そんなことしたら、カイル兄さんに「お前は甘ちゃんだ!」とかまた言われるんだよな。ハアー、3男坊って不便!
「…様、レオナルド様!」
「はい、何でしょう?」
「作り方は解らなくても仕方ないでしょうが、商品の説明は必要ですから、試食させて下さい」
それは、仕方ない。お客様に味を伝えるのも私達、侍従給仕の仕事。
「試食の準備ができるまで、ホールやサロンの掃除をして下さい。呼びに来ますから」
螺旋階段を下りているとナナ様が階段を上がってくる。
「レオ!ちょっと来て」
「はい?」
厄介事の気配。
ナナ様の後ろに付いて厨房に降りるとチョコレート菓子の試食中だった。
「わざとレシピを流すならどれにする?」
「そりゃアーモンドチョコレート一択です!他の物は他の菓子の作り方も解りますからね」
「ありがとう。じゃあ、スパイさん達を呼んで来てくれ」
……という訳で、侍従給仕達を呼んで来てデモンストレーションをナナ様がしてくださるゴージャスバージョン。しかし、一切説明はない。
アーモンドチョコレートを簡単に作って見せてナナ様は言った。
「信用してるから見せました。だいたいチョコレート菓子はこんな感じで作ってます。それでは、試食どうぞ」
次から次へと出て来るお菓子の数々、皆が名前を覚えるのに必死になる中セーブルは、お菓子を楽しんで食べている。
私はラムボールとやらを食べてみた。
な、ん、だ、これ?!めちゃくちゃ美味い!コレが簡単な物なんて信じられない!!
「ラムボールは一日に何個作れる?!」
「その日による。限定商品?」
「何でナナ様が解らないんだよ!」
「まあ、作ろうと思えばちょっとは作れるね」
「で、何箱ぐらいだ?」
「20箱ぐらいだろうね」
それじゃあ全然足りないぞ!
ナナ様が私をギュッと抱きしめる。
耳打ちされた。
「失敗作で作るからそんなに出来ない」
失敗作?!何の?中は黒い生地だった。ザッハトルテかガトーショコラか!確かに正規品をラムボールにするのは売り値が天井知らずになる。
「……男に抱きしめられてもな!」
「婚約者が出来たら冷たいんだな?」
「ほう、やぶさかでも無い。今晩ベッドにおいで」
嫌がらせてやると叫ぶかと思えば頷く。
「うん、行く!」
私は秘密の匂いを嗅ぎとり、鷹揚に頷くとナナ様の首筋をなまめかしく撫で笑った。
ナナ様の目が死んでいた。
これで対外的には私はナナ様のパトロン。ナナ様は私の愛人。お父さんがよくやったと喜んでくれるな!ハハハ!私は当分、ご婦人はこりごりだし、良い言い訳が出来た!
ニマニマ笑う私を壊れ物扱いする侍従給仕達。セラックが、今日の湯舟にはバラを浮かべるかどうか聞いてくる。ノッてるな!じいや!乾燥が気になるからハチミツを入れてもらおう!
「ハチミツを入れてくれ!ナナ様の肌を愛でたいのだ」
あの宗教合宿でカサカサになったからな。クリーンは便利な魔法だが、生活に潤いが足りない。私はお風呂が好きだ。ナナ様もお風呂族だよな?
ポンポンと肩を叩かれ振り向くと困った顔のセーブルがいた。
「ナナ様のことは脇に置いといて、商品の説明お願いします」
「じゃ、簡単に説明します」
◆○◆○◆そして夜
「いる?レオ」
扉を開けたのはロギだった。プッ、予防対策か?
「ほら、おいで!怖くないよ!」
「トビアス様から手紙が返って来た」
扉を締めると私が横たわってたソファーに座り、封を切った手紙を差し出す。
「何でこんなに早く返事が届く?読んでいいのか?」
上体を起こすとセラックが、紅茶のサーヴをしてくれた。
「読んで欲しいから持って来た」
はてさて何が書いてあるかな?
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ナナ様
取り急ぎのご報告ありがとうございます。
兄によるとレシピを流出した者は、雷に射たれて重傷を負ったそうです。
恐らく契約書を軽んじた結果でしょう。
そこで、それを逆手に取ってチョコレート菓子のレシピをわざと教えて、流出しないかどうか試してはどうだろう?
契約書を守ればいいのだし、守れなければ天罰が下る。そしてそれは貴方のせいじゃない。やって見て下さい。神の威光を知らしめる時です。
トビアス=グレンマイヤー
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「うん、もっと言うと最初に契約書を軽んじた物の行末を先にポロッと言っちゃった方が効果的だったね。私から明日の朝、皆に報告しよう!若芽茶呑む?」
ロギ様は首を左右に振る。
「神罰が利くように魔力たくさん使ったからかな?若芽茶飲んでもナナ様になれなかった」
「ナナ様になれるまでこの部屋で暮らすと良い。結果は追って知らせる」
「了解!お腹すいた。何か無い?」
「クロワッサンのコロネがある。試食用に取ってきた」
「冷やしてないとクリームが悪くなっちゃうよ」
「さすがに部屋に氷室は無いからね、私が1口食べたら、あと、全部食べて良い」
「ありがとう!レオ」
「代価は口付けでいいからな?」
そう言って耳に息を吹きかけると耳を押さえて叫んだ。
「イヤーーーーーーーッ!!」
そうそう。これこれ!これだから揶揄うのを止められない!