第4章 春を歌え!
人魚の若芽茶を一日の始まりに飲む。綺麗に茶飲みは洗って証拠隠滅。
今日はチェンバーとティムも厨房でお手伝いだ。冒険者ギルドと商業ギルドが正月休みに入ったので手持ちのお金を使い切ってしまった2人が困っていたので王城のシェフのリロイズさんにお願いして雇ってもらったのだ。
俺も手持ちが無いので所業がオーガだが、そうするしかない。
「ナナ様、早すぎるよ!」
走って来たのはパナムだ。2~3年間で驚くほど成長した。
身長が俺の胸くらいまである。
「おはよう、パナム。今日は俺の孫弟子が来るからよろしくな?」
「へぇ、お手並み拝見だな!」
びびるなよ?パナム。
俺もあの2人を魔改造し過ぎた。ちょっと怖いくらい「料理人」だ。
◆○◆○◆
「もう、いいだろ?!チェンバーは菓子作るんだよ!」
「待てよ!さっきティムも持って行っただろ!ずるいぞ!」
「新人は野菜の下処理からだ!何揉めてやがる!」
「「「「「「料理長!聞いて下さい!」」」」」」」
「そんな時間あるか?!2人は野菜の下処理に戻せ!ティム!チェンバー!野菜の下処理だ!」
「「ハイ!」」
まさか部門ごとの取り合いに発展するとは思わなかったな。考えたらすぐ解ることだったのに。
俺はカレーを作って隠れてひと休み中。ティムがミカンを持って来てくれた。
その場で剥いて3分こ、する。2つはティムに持って行かせる。野菜の下処理は人気が無いから、いくらでも食べ放題だろう。
「いいもん喰ってんな?よこせ」
「……リロイズさん、何荒れてるんですか?はい、これだけですよ」
「チッ、しみったれてんな?……で、どうやってあの年であそこまで出来るようになったんだ?」
「そうですね…友達に追いつきたくて、じゃないですかね」
「オメェの弟子はどこだ?明日連れて来い」
「無理ですよ。今頃旅の途中ですから」
「そうか、いつか、連れて来い!」
連れて来られてたまるか!無視する!
「今日は早上がり出来そうだな!オメェの弟子のおかげだ!給金弾むぜ!」
「助かります。明日も頑張るでしょう」
「仕事は決まってねぇんだよな?」
ギョッとした。
ああ、そうだ。学園を卒業したら俺達は別れるかもしれないんだ。
気が付けば泣いていた。
リロイズさんがギョッとする。
「何でオメェが泣くんだよ!泣くな!…ん?オメェさっきより縮んでねぇか?」
慌てて野菜の下処理ブースへ行こうとしたら、リロイズさんが右手首をガッチリ掴んで離さない。
何でだ?!今朝飲んだばかりなのに!知らない内に奇跡使っちゃってた?ああ!やばいよ!やばい!
「なるほどな、こういう訳か。どっちが本体だ?」
ああ!?バレた!チッ、仕方ない。開き直る!
「こっち。ルベラ国王陛下は知ってる」
「明日は大人で来いよ。今だって元に戻せるなら戻してくれや」
「お湯欲しい!」
「ここに隠れてろ。お湯だけか?」
「ポットと湯呑みも」
「わかった。ちょっと待て」
ホントにちょっと待ったくらいでお湯をポットに入れて来た。
人魚の若芽茶をポットに入れてると不思議そうに見てたが飲むとブイヨンの味がした。速いわけだよ!
無事、ナナ様になり、ホッと一息つく。
「それは、ヤベェ薬だ。あんまり使いすぎるなよ?来年からは年越しには呼ばないように掛け合ってやる。……友達同士仲良くな?」
「ありがとうございます。リロイズさん」
「ああ?何のことだ?忘れちまった!」
そういうことにしてくれたリロイズさんに一礼した。
後は魔力を込めないように調理して終業する。
チェンバーとティムを連れて王城の俺の部屋に行き3人でお風呂に入って、風呂から出たらフルーツジュースを飲みつつ今日の出来事を一人づつ報告した。
「僕ね、ここでこのままお仕事しないかって言われてびっくりした!」
「私もだが、仕事は決めてあるし断った」
「僕も!」
「2人は何を仕事にするんだ?」
「「何言ってんの!!ロギも一緒だよ!」」
「チョコレート工場を建てるとかか?」
チェンバーがバシッと俺の背中をぶつ。
「チアーズクラブを続けようよ!世界中回って」
「……そうできたら良いな」
無邪気な2人にほっこりする。
俺は学園を卒業したら、領地に帰らなければならない。
2人と居られるのもあと7年。淋しくなるな……
「出来るよ!しようよ!」
俺は笑ってごまかした。
2人は怒ってタウンハウスのエルフの屋敷に帰ってしまった。ごまかせないか。もう、子供じゃないもんな。
でも、ホントにチアーズクラブを続けられるとしたら、俺は何を整理しなければいけないだろう?
まず、クロワッサン領の返還。それは簡単にできる。というか、むしろ喜ばれるだろう。国王派に。
次が難しいのだが、親父にお嫁さんを探せして、跡取りを作ってもらう。
そうしたらウェルバー男爵領を継がなくて済む。実は都合の良い話があるのだが、ほぼ無理なのだ。アールディル王国で子爵以上に叙爵されれば、他国の高位貴族に叙爵されたら例え跡取りであっても後継者になるのは叶わないという法律がビンガ王国にはあるのだが、もう、2回も叙爵されている。
それに何の誉れも無い。
つまり、無理。そういうことなのだ。
「ティムとチェンバーと3人で世界を回って見たかったな……」
それは心躍る未来。キャラバンになって、馬車の揺れにお尻が痛いのを我慢しながら、魔獣を倒し、貧しい村に寄って手料理を振る舞う。
「うわぁあああああん」
俺の未来には自由が無い。だからこの学園生活を楽しむのだ。ごめんなさい。ティム、チェンバー。ウソはつけません。
泣き疲れて眠った翌日、ティム達も泣き腫らした顔をしていた。俺を見つけると泣き出したティムをチェンバーがなだめて、近づいてくる。
「「「ごめんなさい」」」
揃った3人の声に皆が緊張を解く。
「僕たちナナ様の立場になって無かった。ごめんなさい」
「いや、俺もつっけんどんにしてごめんな?」
「一緒に居られたらどうなってもいい!僕たちはナナ様に付いて行く!」
「ありがとう。俺もいろいろ考える。一緒に学園生活頑張ろうな?」
野菜の下処理から始まりコンソメスープの処理で昼までの調理が終わる。調理台をテーブルにして食べる賄いはポットパイのクラムチャウダー仕立て。と、田舎パン。カンパーニュの酸っぱいのだ。何回食べても腐ってるみたいで好きに慣れない。
ティムが豪快に口の周りをクラムチャウダーで汚しながら俺を見てひと言。
「ナナ様は本当に美味しい物しかたべられないんだね~。ここに谷が出来てるよ」
眉間をゴシゴシされて、恥ずかしくなって俯いて食べた。
ソレを見た料理人達が、パン職人を嫌がらせる。パン職人がキレる。カオスになって来たので俺が持ってるパン酵母をパン職人にあげたら夜までに焼き上げて夜の賄いに出してくれた。リンゴで作ったのだが、ほのかにリンゴの香りがして、ほんのり甘くて美味しかった。メインの野菜炒めは3人で作った。
今日はベーコンもコショウも無かったので昆布の粉を出汁替わりに振り掛けたのだが、皆がお替わりを要求するのでオニオングラタンスープでごまかした。
ただし侍従長がやって来て節約して無いと大目玉を食らった。
昼は豪華な賄いだったのだから、夜は質素にしなさいと30トーン程説教された。
そう、チーズがいけなかったのだ。エルフの里では当たり前に作られて安く卸してもらってるけど、チーズはお金持ちの贅沢品。
シェフのリロイズさんも俺と頭を揃えて怒られててとっても悪い気がした。