第2章 気になる
青月に入ってすぐの実力テストで、一般教養学年最低点をたたき出した俺はマナーの先生ケイト先生から、補習を受けていた。
「料理が作れても、カトラリーの並べ方も解らないようじゃ、いけませんのことよ!」
「はい、ケイト先生」
その日は肉用のナイフと魚用のナイフの違いを絵で描かされた。幼児かよ!ハッ、幼児だった!
補習後は急いでカフェ【青月の星】に乗り合い馬車で急行。
俺が店に着くと、ランチメニュー解禁になり、どんどん注文が舞い込んでくる。
時々俺がコックと知った悪いヤツらに攫われそうになったけど、どこからともなくカレッドさんたちエルフさん達が現れて逆に悪いヤツらを攫って行くのだ!怖っ!
ティム達は、冒険者達がお客様なので2重に守られてるらしい。
毎日、そんな日々が続いていたけど、俺はまだリチルに残っていた「貧富の差」を目撃してしまった。
下市場から1本通りを外れるとスラムだったが、今はトビアス様のおかげでスラムの住民達に新しい住居が与えられている。
炊き出しもやってると聞いたがふと、気になって【地獄の番犬】に護衛依頼をして、チアーズクラブで炊き出しを独自にやって見ることにした。
すると、骨に皮が引っ付いてるような子供達がたくさん集まって来た。
「ミルク粥だよ、おいで。たくさんあるからいっぱい食べな。あ、炊き出しだから、タダだよ」
ひしゃげた鍋や欠けたお椀を手にした子供達の目元は涙に濡れていた。
ルベル先輩達はそんな子供達に粥を配り、約束をしていた。
「またくる」と。
カレッドさんにナナ様のちびっ子弟子をビンガ王国から連れて来てほしいとお願いすると、【ナナのハンバーグ屋さん】の主戦力になっているから無理だと断られたが、カフェ【青月の星】のコックになってほしいのだと言うと「それを早く言え!」と怒られた。
「てっきり炊き出しに使って給金ナシで働かせるのかと思ってたから、断ってしまいました。すぐ連れて来ます」
翌日また、夕方の炊き出しにスラムに行くと、大人達に取り囲まれた。
「鍋ごとよこせ!」
「言うことを聞かないとひどい目に合わせてやるぞ!」
チェンバーが言い返す。
「そうなれば明日からは炊き出しが無いだけだ」
大人達は立派な鍋を持って、これにいっぱい入れろと差し出す。
仕方なく満足いくまで何十人かの鍋を満たしたが、不思議な事にシチューは全く減らなかった。
子供達に全部配り俺たちも食べたら綺麗に無くなった。
その日はやたらと疲れて片づけを2人に頼んで監督室に帰って寝た。
翌日また同じことがあった。
また、俺は立てない程の眠気に襲われて片づけをサボった。
その翌日また鍋の中身が減らなかった。今日もひどく疲れたと笑う。
チェンバーとティムが明日は自分たちだけで行くと、言ったのでサンドイッチ屋チアーズに初めて行った。
バケットは普通なのに挟んでる具の量が、普通じゃない。
卵を2個使ったスクランブルエッグにカリカリに焼いた厚さ2センチ×長さ40センチのベーコン、ゴーダチーズに似たハードタイプのチーズを5ミリに切り、所々に入れてレタスをたっぷりとキュウリのピクルスを少々挟んで出来上がりだ!
「アゴが外れそう」
そういうとご婦人エルフ達3人が笑う。
「良いんだよ!昼と夜の分なんだから!豪快に行こう!」
「売れ行きも好調だし!」
「「いいんじゃないか」」
「これって原価割れしないんですか?」
「しないな。里の物は安いからな。レタスも使ってくれて助かってるし、ピクルスもロギくんが、1番最初に里に来た時教えてくれて流行ったから在庫が山のようにあるんだ。ベーコンもダンジョンに行けばスラッシュボアなんか、取り放題だっただろう?子供達に討伐料と加工は敬老会が燻すお小遣いさえ出ればいいし、チーズと卵の代金さえ、半額もらえれば良い。だから、原価大銅貨1枚くらいかな」
つまり、エルフの里の協力あっての事なのだ。
思わずエルフさん達を真剣に拝むと怪訝な顔をされた。
「里に遊びに来た時より、魔力の気配が薄い。もう一度手を合わせて魔力を練ってみろ」
「えっ!」
魔力無くなったのかな?!まあ、もともとある物じゃなかったから、無くなっても仕方ない。
さっきと同じようにすると、やっぱり魔力が薄いらしい。
「何か、大きな魔法を使わなかったか?」
「使ってません!魔法のまの字もないくらい料理漬けでしたもん。ただ、やたらと疲れましたけど」
「料理で魔法は使わなかったか?やたらと疲れたって言う症状は魔力枯渇に似てる。いつもと違うことはなかったか?」
あったと言えば、あった。
「えっと、炊き出しで、絶対足りない量なのに、何故か最後まで足りてしまいました」
「ナーシア、店閉めろ!」
「はいよ!」
「えっと、まだ、商品ある、よ?」
「疲れた時に特に痛かった所はなかったか?」
まだ、尋問続くのかよ!
そういえば頭頂部からこめかみにかけてが痛かったかも。
そういうと尋問官と化したアジルさんが、猿がノミを獲るように俺の髪をほどいて、丹念に地肌を探り出す。5トーン、10トーン、15トーン、時がイタズラに過ぎて行く。
「あったぞ!でも、見たことのない聖痕だ。髪とペンをくれ」
聖痕?!……ちょっと待って!何で俺にそんな物が付いてる訳?!
動揺してると説明してくれた。
「エルフの里の事は全ての神々に見守られてるから、エルフの里を訪れた者たちの中には神罰を喰らったり、逆にその善行が認められてこんな風に聖痕とそれに付随する神様から特殊な能力をもらえたりする。人間はそれを祝福とか、奇跡と呼ぶ」
あ、何かすごくやな予感がする。
アジルさんが聖痕を紙に移し終えた。
「ちょっと調べてくる。他の人間には絶対言うなよ!ロギくんが起こしてるのは多分奇跡の方だからな!」
ナーシアさんが店を開く。俺は聞かなきゃよかったと思いながら、サンドイッチ屋チアーズを手伝って乗り合い馬車で【青月の星】に行く。
店内は家族連れが爆盛りメニューを食べに来ていていっぱいだ。店内を横切って厨房に入るといた!
トニーとスコット、マグが忙しそうに働いている。
「遠くまで来てくださってありがとうございます。トニーさん、スコットさん、マクリーンさん」
3人が俺を見て口をパカッと開く。んー。俺って解るか。
マグ(マクリーン)が俺を抱きしめる。
「会いたかった!ナ「ロギと申します!」ロギ様!くんくん、はぁー、相変わらずいい匂いがするね!」
嗅がれた。
「「ロギ様!呼んでくださってありがとうございます!」」
「来てくれて、ありがとう。皆、あれ?爆盛りサラダなんてメニューにあったっけ?」
「メガ盛りハンバーグの付け合わせです!」
君らハンバーグ屋いたからこだわりがあるんだろうけど、お店潰さないでね?
ここの野菜も肉もエルフ達に頼っている。
エルフの里が困った時には俺が何とかしてあげなくては!
ズキッと聖痕が痛む。
思わず頭を押さえた。
この、便利で親切な聖痕とも長い付き合いになりそうだ。