①黒の剣
一体何が起きたのか、剣の持ち主以外は誰にも分からなかった。
蛮族達は黒くなった空を見上げ、バイオレット達は白くなった地面を見下ろし、自分達の体でさえ黒と白で作られている事に不安と恐怖を無制限に生み出していた。
「どうして………寒い」
バイオレットが震え始める。真冬でもないのに、薄着で雪の中を進むような寒さが全身を襲う。白い息が出ないにも関わらず唇が変色し、口を閉じようとしても奥歯が小刻みに衝突し合う。
この場にいる人間もゴブリンもオークも関係なく、皆等しく同じ感覚を共有していた。
―――そして世界が元の色に戻る。
時間にして一秒足らずの出来事だったが、まるで十数分が経ったかの様な感覚が、全員の肌に残っている。
「何ダ………ソノ剣ハ?」
アロクスが初めてタイサの持つ獲物に驚愕していた。
今までタイサが持っていた騎槍の外側は地面に落ちている。そして代わりに石畳に突き刺さっていたの物は、大人の身長と変わらない長さをもつ、片刃の黒い長剣だった。
「さぁな………俺も名前を知らないんだ」
この国にはない形状の剣。長さもさることながら、それ以上に驚かせるのは刀身。まるで全ての光を飲み込むような黒。あらゆる色の反射を許さず、太陽の光も無視し、どの角度に向けても金属特有の光沢を許さない黒。
闇、漆黒、深淵、それは黒以外の表現を持たない純粋な黒だった。
「さぁ………2回戦目を始めようか」
タイサの持つ手が僅かに震えている。黒い長剣は、まるで意志をもつ生物のようにタイサの手から抜け出そうと小刻みに振動し暴れていた。タイサは歯を食いしばりながら両手で必死に長剣を握り直すと、いい加減にしろと剣に怒鳴り、無理矢理押さえつける。
「隊長の………籠手が」
バイオレットは目の前の光景が理解できないまま、起きた事を口にするしかなかった。
気が付けば、タイサの両手の籠手が、剣と同じ黒に染まっていたのである。彼女が見続けると、黒は籠手から腕の装甲へと、薄い布が水を吸う様に侵食していき、ついには籠手の留め具である革が朽ち、両手から防具が崩れ落ちた。
だが地面に落ちる前に、黒く染まった籠手は音もなく炭のように砕け散ると、風と共に消えていった。
「………まさか呪われている!?」
「正解だ」
バイオレットの言葉を、タイサは大量の冷や汗を落としながら肯定する。
「ドンナニ武器ガ代ワロウトモ、結果ハ変ワラヌ!」
「さぁて、それはどうかな!」
タイサの黒い剣とアロクスの巨大な斧が激突する。
だが、二本の武器が衝突した際に発生するはずの音や衝撃は生まれなかった。
その場に居る全員が見えなかった。気が付けばアロクスの巨大な斧は、まるで割れたガラスの様に不規則に、しかし綺麗に切断されている。さらに斧を握っていた右腕も、指から手首へと順次落ちていくように断面がずれ落ちていく。
遅れて、斧の残骸が石畳みの地面に次々と落下し、石畳を砕きながら地面に突き刺さっていった。




