⑨優先順位
「明日の朝一番に住民達を連れて、この街を放棄する」
「ほ、放棄ですか!?」
突然の大きな決断にエコーは声を上げた。だがすぐに我に返り、慌ててタイサに進言する。
「た、隊長。しかしそれでは我々王国騎士団が、ゴブリン達に背を向けて逃亡………いえ撤退したということに………なりませんか」
エコーはなるべく言葉を選んだつもりだったが、あまりに極端な決断だった為に、良い表現を見付ける事が叶わなかった。
だが、彼女の言いたい事は伝わったと、タイサが真剣な表情で彼女を見据えて口を開ける。
その時、鎧の擦れる音を大きく立てて歩いてくるバイオレットが、タイサ達に堂々と近付いてくる。
「隊長、お話があります」
彼女は、あからさまに不満な表情を浮かべていた。故に彼女の話が、その表情と同じ意味を持つ内容である事は、タイサ達もすぐに理解できた。
バイオレットの言葉に、いつもは温和なタイサの表情が硬くなる。
「バイオレット、その前に報告を」
彼女の言葉を流し、タイサが周囲の状況を確認しに行かせた報告を先に求めた。
「隊長、私の話を―――」「バイオレット!」
「―――っ!?」
タイサの声がまるで突風となって廊下を突き抜けたかの様に、バイオレットの髪を後ろへと揺らす。
「報告が………先だ」
丁寧な口調に戻る。
彼女は僅かに震える唇の内側を噛みながら、しかし目を左右に泳がせ、どうにか平静を保とうとしていた。
それを見たタイサは、眉間にしわを寄せながら目を瞑ると小さく息を吐き、落ち着いた声でゆっくりと話し始める。
「済まない。だがな、バイオレット。優先順位を間違えるな………今は王国騎士団として、現状を報告する事が優先だ。勿論、その後にお前の話を聞いてやる………いいな?」
「………はい」
バイオレットは頷く事しかできなかった。そして彼女も天井を仰ぎながら息を小さく吐くと、表情を作り直してタイサに現状を報告する。
「学校に避難できた住民達はおよそ四百名程。さらに、先の奇襲による死者は、確認できているだけで住民が百二十名、冒険者が十五名です」
生存者の凡そ七割が何かしらの重軽傷を負っていた。
残った戦力は、訓練経験のない百名程度の住民と冒険者が数十名程度。籠城だけなら耐えられるが、一度でも敵が侵入してくれば、動けない重傷者を守りつつ戦闘を行う事は不可能に近い。
―――動く事ができない者を、そのまま見捨てて街を出るか。
だがそれはできないと、タイサは口を閉じながら静かに首を左右に振った。




