⑧最後の夜
ようやく日が西の森へと沈む。時間にして、三、四時間程度だったが、学校に立て籠もる者達にとっては、その数倍の忍耐を消費したかの様な疲労感に襲われていた。
森の輪郭には、まだ赤みが残っているが、既に無数の星空が我先にと自分の場所を確保し始めている。
結局ゴブリン達は、あの襲撃以降、南と東門付近にあった家屋を荒らすだけ荒らしただけで去っていった。
タイサ達は住民と共に、窓や扉に簡易的な封鎖を施して敵の奇襲に備えていたが、窓から見えた光景は、蛮族達が両手に食料を掴み持って、次々と南の森へ消えていく姿ばかりだった。
今から数十分前、ようやくタイサ達は大きく息を吐く事が出来た。
「隊長、夕食を持って来ました」
子ども達が毎日登校に使う玄関前、そこで胡坐をかいているタイサの下へ、エコーが食事が乗ったトレーを持って来た。
街に残った住民達が学校の調理室で用意した食事。温めた干し肉をパンに挟んだ主食に、歪な大きさに切られたジャガイモが入ったスープ。数も量も十分とは言えないが、湯気を放ちながら主を待つ健気な様子は、タイサの視線を動かす事に成功する。
「わざわざ………済まないな。悪いが、そこに置いておいてくれ」「………はい」
玄関前で鎧を修復しているタイサの横にあった小さな木箱の上に、エコーがトレーを静かに置く。
「ありがとう」
タイサが背中で呟いた。
複数の鎧や盾がタイサを中心にして並べられている。自分自身が使っている鎧だけでなく、冒険者達に貸与している騎士用の装備を丁寧に、しかし無駄なく効率的に点検し、留め具の緩みに気が付いては、専用の工具で正確に叩き、それらを締め直す。
「隊長………やはり、次は避難所を攻めてくると思いますか?」
沈黙に耐えられず、エコーが先に口を開いた。
誰もが蛮族と罵ってきたゴブリン達が徐々に学習し、確実に成長している。タイサの仮定が正しかった事をその目で実感した彼女が、干し肉が入ったパンを一切れ摘まむタイサに答えを求めた。
タイサは口に含んだ干し肉を何度も噛みながら彼女に送る言葉を考え、それらを飲み込むと振り返る。そして、エコーの顔をようやく見上げた。
「………必ず来る。恐らく今度は、この中にまで入ってくる」
「それで………隊長は、どうするおつもりですか?」
ここまで蛮族と不利な戦闘が続いた経験が、彼女にはない。エコーの頭の中は、既に考える力が摩耗しかけていた。
「うむ………」
タイサが唸りながら再び視線を前に戻すと、そのまま玄関の外を眺める。
玄関の前後は、木の杭を交互に結んだ障害物が並ぶようにして建てられているが、残された木材では十分な厚みと高さが確保できず、仮に一カ所でも破られれば、バウンドドックの脚力で容易に飛び越えてくることは想像に難くない。
一階の入口全てを障害物で固めた結果、反って退路を断たれて孤立すれば、数百人の住民達を逃がす方法は永久になくなるだろう。タイサは工具を持ったまま腕を組み、次に汚れた髪を激しく搔きだした。




