⑩一抹の不安
「………遠征は、規模を少なくすべきだと自分は愚考します」
「なっ、貴様!」「………クライル」
再び声を上げそうになった宰相を王女が止める。
彼女は円卓を周り、タイサへとさらに近付く。
「タイサ、理由も述べよ。その言い方からするに、遠征そのものは反対でないのですね?」
「はい」短く答えた。
その上でタイサは言葉を続ける。
「蛮族達の活性化により、国内の被害が増加しています。故に蛮族達に大きな一撃を与える、その事には大きな意味があると私も考えます。ですがあまりに規模が大きすぎると、王国全体の守備が手薄になる事への懸念を拭いきれません」
その程度は、誰でも思いつく。
だが、王女は呆れる事も、怒る事なく頷くだけだった。
「それは私達でも宰相や騎士総長らと検討しました。ですが蛮族達は東に多くの拠点を持ち、逆に西の被害はそれほど大きくはありません。人が相手ならば我らを遠くにおびき寄せる陽動という可能性も考慮すべきですが、文化も技術水準も低い蛮族がそのような連携した戦術を果たして使うでしょうか?」
王女の説明はもっともだった。
クライルも眉をひそめ、タイサを見下しながら分かりやすい表情で頷いている。
しかし、とタイサが続けた。
「私は先日、王都近くの西街道でオーク率いるゴブリンの小集団を討伐しました。彼らの装備はオークによって作られた形跡があり、指示役のオーク、それに従うゴブリンという組織的な行動も見られました」
タイサは指揮官であるオークが現場から離れた場所で潜み、奇襲を仕掛けてた事から、蛮族が組織的に動いてきている傾向があるのではないかと訴えた。
「………何を馬鹿なことを」
クライルが我慢できずに口を開く。
「蛮族共はずる賢い。貴様の説明はさもそれらしく聞こえるが、所詮は蛮族だ。ゴブリン共を手駒に使って、オーク自身は安全な場所で様子を見ていたと言い換えても同じ事が言えるのではないか?」
確かにそうとも言える。故に会議ではタイサは敢えて発言しなかった。
―――だが何かが起ころうとしている。
冒険者、そして騎士として経験してきた勘がタイサの頭の中で何度も行き来し、まるで並列している様な複数の不安材料を完全に拭いきれない。だが現状では二人を説得できるだけの情報も証拠はなく、ただただタイサはクライルの言葉に黙るしかなかった。
「明確な根拠もない。クライルを納得させる事もできない。ですが、それでもあなたは、私に気を付けるべきだと進言するのですね?」「殿下!?」
クライルの言葉を遮り、王女は黙っていたタイサの意を汲み取るように尋ねる。
それに答えるように、タイサはゆっくりと深く頷いた。
「………はい。せめて相手は蛮族だからと、引き所を見誤る事のないようにお願い致します」
「言うに事欠いて貴様………引き際だと? 無礼にも程がある。王国騎士団が蛮族に負けると、貴様はそう言うのか」
言葉を選んだつもりだったが、案の定クライルを怒らせる。だが一歩前に出ようとした彼を、王女は再びその足を止めさせる。
「止めよクライル」
「ですが殿下!?」
まだ言い足りないと憤慨するクライルだったが、王女がもう一度同じ言葉を呟くと、彼は拳を握りながら口を閉じて一歩下がり、タイサへの感情を視線でぶつけるに留めた。
王女が大きく一息をつける。
「分かりました。あなたの言う通りに引き際だけは見極められるようにしておきましょう」
「ありがとうございます」
タイサが頭を下げると、王女はクライルと共にタイサの横を通り過ぎ、退室していった。
「………ただの杞憂に過ぎない。大抵の事は、それで終わる」
そう自分に言い聞かせ、タイサはゆっくりと立ち上がると扉へと向かう。




