⑪貴族の娘
「タイサ団長ですね?」
会議室を出たタイサは、騎士見習いの制服に身を包んだ女性騎士に声を掛けられた。
身長はエコー程ではないが女性としてはやや高めか。年は二十歳に至るかどうか、幼さは残るがそれを無理に隠そうとする様に、爪先から頭の先まできちりと直線状に姿勢を正している。肩にかからない短い紫の髪は光沢を放って清潔感を高め、身なりも含めて騎士としての素質の高さが伝わってくる。
「君は?」
「は。本日より騎士団『盾』に配属になったバイオレット・ウィック三等騎士であります」
やはり、とタイサの目が細くなる。
「今日付で新人が配属されてくる事は聞いている。だが………」
聞かされているのは正規の騎士であり、見習いの研修生ではない。しかし彼女自身は三等騎士だと主張している。タイサは彼女の矛盾する服装に改めて目を向けた。
「先日、正式に騎士として拝命されたばかりの為、騎士として必要な物資受領の手続きが済んでおりません。人事部からは、配属先の手続きをもって支給すると聞いております」
「………成程」
一応の説明はつく。
「実戦経験もない未熟な身ではありますが、御指導御鞭撻の程、どうか宜しくお願い致します」
「あぁ。これから宜しく頼む」
深々と隙間のない礼を尽くす彼女を、タイサは最低限の言葉で受け止めた。
バイオレット。その名前を聞いたタイサは、朝の内容が頭の中で自動的に再生される。加えて、物資の受領が未処理である事に新たな疑問が生じていた。
騎士の拝命は、その人間にとって冠婚祭に並ぶ人生最大の晴れ舞台の一つである。本来ならば、年の始めに合わせて多くの騎士見習いが一斉に若い騎士となる事を国事として祝う程である。それが、特別推薦による時期的な問題は止むを得ないとしても、騎士を証明する正装等の物資が未だに受領されていないなど、通常ではあり得ない。
表現を恐れぬならば、人事部の失態。担当職員は懲戒に処されてもおかしくはない。
だが、彼女自身は嘘を吐いているようには見えない。少なくとも、様々な人柄を見てきたタイサの目にはそう映っていた。
「立ち話もなんだ、詰所まで案内しよう」
「恐れ入ります」
ここで考えても解決はしない。タイサは彼女を連れて歩き始めた。
―――終始無言。
階段を下り始めた所で、耐えられなくなったタイサから口を開ける。
「名前からしてウィック家に所縁のある者だと思うが、何でまたこの騎士団に? 君のように名のある貴族出身ならば、然るべき推薦人さえいれば『色付き』の騎士団に編入されてもいいはずだが」
よりによって騎士団の中でも最下位の所までこなくても、とタイサは先手を打って自虐と溜息交じりに笑ってみせた。
「存じません」
「そ、そうか………君自身が知らないのならば、仕方がないな」
会話が終わる。
正直な所、貴族を仲間に加える程面倒な事はない。
金竜騎士団のように貴族のみで構成された部隊がある程にそれは明白に、確実に証明されている。勿論貴族全員が人間的に問題があるという訳ではなく、貴族には貴族の、平民には平民の考え方や文化があり、それが相いれない部分が少なからず存在しているのである。
―――貴族の隊長が戦いの美学を追求して部隊が全滅。
―――貴族の部下が命令をきかずに部隊が全滅。
平民出身の騎士からは、そんな冗談話が昔から尾ひれを変えながら日常的に使われている。
そしてめでたくタイサの騎士団も、その冗談の仲間入りの一歩を踏む事となった。




