③情報
朝の陽ざしが建物の隙間から埃と共に僅かに入ってくる。
大通りに出れば朝らしい眩しさに包まれるのだろうが、周囲をレンガの建物で覆われているこの場所は、まだ空気が冷えたまま夜明けに近い姿を保っていた。
「もう少し良い所に住めって。今時、駆け出しの冒険者でもマシな拠点を作るぞ」
「金がないんだよ。お前も知ってるだろう?」
狭い路地を歩く二人は何気ない話から始め、大通りを目指す。
妹のカエデは十に満たない頃に、発病すれば九割が死ぬと言われていた流行病にかかってしまった。今となっては記憶が曖昧になってきたが、当時、城仕えだったタイサとカエデの両親は無理を言って最高位の神官を招き、一週間に及ぶ治癒魔法で妹の命を取り留めることに成功したとタイサは聞かされている。
だが、その代償として王都金貨三千枚という、一生働いても返せない借金を背負う事になった。
タイサ達の両親は借金返済の為に、複数の仕事を掛け持ちした結果、たった一年で数百枚の金貨を返済したものの、その数か月後に父親が職場で血を吐いて倒れ、その知らせを聞いた母もその場で倒れ、二人共そのまま目を覚ます事はなく、この世を去る。
その余りにも衝撃的な内容を、タイサはほとんど思い出せていない。はっきりと記憶があるのは、無一文になった状態で、幼い妹の手を握って先日の教会の前で立っていた時からである。
「でも、あれから大分返せたんだろう? あとどんくらいよ、借金」
「千三百枚」
「………十五年近くでそれだけ減らしたと言えば凄ぇが………まだまだ先は長いな」
タイサの代わりにギュードが首を前に垂らす。
それよりも、とタイサは本題に入った。
「お前がここに来たということは、何か分かったんだろう?」
下町の不良の様な素振りと格好をしているが、ギュードは冒険者ギルドの中でも最上位の盗賊である。こと相手の背後に回り込む術に関しては一級品で、同業者からは『影撃』の二つ名で知られていた。
盗賊とはいっても、彼の主な仕事は情報屋。依頼された事について調べ、その対価を得る。時には相手から情報を買い、それを必要とする者により高く売りつける。
お互いに冒険者時代からの腐れ縁だが、今でも彼とは良好な関係が続いている。
「ああ。今日新しく入ってくるお前の所の新人な。その素性が分かったぜ」
「早いな。依頼したのは一昨日だぞ」
特別推薦でありながら落ち目の騎士団に配属される人物。タイサはその件を騎士団の人事部から聞かされたその日の内に、ギルドを通してギュードに調査を依頼していた。
その彼は、だらしなく伸びた髪をたくし上げながら、口を尖らせた。
「まぁ、調べるという程の労力じゃぁなかったからな」
すぐに分かったとギュードが報告を始める。
「名前はバイオレット・ウィック。十八の女。ウィック家は王国の歴史の中ではかなり古い名家の一つだが、最近父親の事業が失敗して多額の負債を背負い、お家は火の車らしい………良かったな、借金同士仲良くなれそうだ」
「五月蠅い。馬鹿たれ」
ウィック家。名前は聞いた事があるとタイサは頷いた。
昔から文武両道を家訓とし、代々騎士団に貢献し続けていた名貴族である。王国騎士団に保管されている名簿を開けば、歴代の騎士団の中に必ずと言っていいほどその名が刻まれている。騎士団長に選ばれた事もあったはずだと、タイサは自分の記憶を振り返る。
「名家の没落、他の貴族からの嘲笑と弱者への追い打ち。まぁ、ウチに来る理由にはなりそうだが………」
それでもまだ底辺入りする原因としては弱いと、タイサは顎に手を当てて首を捻った。
「取り急ぎ分かった情報は以上だ。また何か分かったら伝えるぜ」
「ああ、いつも悪いな」
タイサが大通りに出た頃には、隣で歩いていたはずの男の姿は既になかった。大通りはこれから仕事に向かう者が左右に流れ、露店を始める準備をする商人達が大通りの隅に敷物を引いている。
毎日見慣れている光景の中、タイサは何事もなかったかのように大通りの人波に紛れていった。




