⑬北地区 -スラム-
王都を名乗るこの街には、レンガと石畳の大通りの華やかさとは裏腹に、不規則な石やレンガの欠片を敷き詰めたいびつな道で区切られた場所がある。湿気の多い道隅には大小の影が落ちており、それらは等しく鼻を僅かに刺激するすえた臭いが、換気の悪い周辺の空気を生み出していた。
夜道を歩くこと二十分。タイサが足を踏み入れた場所は、そんな環境に染まった北地区のスラム街だった。
大小二つの月が放つ明かりから、昼よりも目立つ巨大で清白な王城と異なり、この地区は王城の影に覆われる為に、一日の多くの時間で日当たりが悪く、犯罪率も抜きんでて高い。
不用意に素人が入れば自業自得の裏世界。
そんな殺伐とした場所ではあるが、道を外れた人間や体が悪く思う様に働く事が出来ない人間、孤児達が生きるにはある意味必要な場所でもあった。
「相変わらずだな。ここは何も変わらない」
タイサは魔力が籠った街灯も殆ど設置されていない路地を、月の明かりを頼りに歩き続ける。
途中、目つきの悪い男達や妖美な姿をした女性に言葉を掛けられたが、彼の顔を見るなり、相手の方から何気ない会話や挨拶を振られただけで済んでいった。
普通は顔を背けたくなる姿形になって、翌朝の犬の餌、良くてゴミ袋行きとなっている。
さらに五分。ようやくタイサが足を止めた。
彼が目の前の建物の壁を見上げると、そこには枯れた老人の様な古びた教会がそびえていた。
どこまで本当かは分からないが、この王都ができた当時から残っているものらしい。今は亡国となった隣国と、この国が戦争をしていた二百年前、王城はこの付近にあり、当時は一部の騎士団詰所として使われていた。随分と昔、よくこの辺りで座っていた盲目の老婆が、この教会を見上げながら懐かしむ様に独り言を呟いていた事をタイサは思い出す。




