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Fランクの復讐者が誕生するまでの軌跡ー⑦

 少しショッキングなシーンがございます。

 現れてくれた僕たちの希望は、たった今目の前で姿を消した。


 アイゼンの言葉を信じるのであれば、姉さんはこの洞窟のどこかに飛ばされてしまったらしい。

 戦況が振り出しに戻ってしまった。


「そういう訳ですので、この砂時計が落ち切りましたら、貴方達には一人ずつ順番に死んでもらいますね」


 アイゼンはポケットから取り出した砂時計を傍らの岩に置いた。

 本当に殺されるのか? 僕達は、ここで父さんを殺したこいつに殺される?


 いや、きっと姉さんなら十分とかからずに戻って来る……よな。

 そうだ、姉さんは戻って来る。絶対にそうだ。そうじゃないと、恐怖が憎悪を塗り替えてしまう。


「ですがここでエクストラゲームを開催いたします! このゲームの主役はあなたです。アベルくん」


 そう言ってアイゼンは僕の額を突きながら舌なめずりをした。そのまま口を閉じていた布が外されて喋れるようになる。


「お前っ……! 何が目的なんだよ!」


 今まで口に出すことが出来なかった言葉が、怒鳴り声となって発せられた。

 直前にアイゼンが不穏なことを言っていたのはわかっているが、それどころではない。


 どうしてアイゼンは僕達を捉え、姉さんまでも巻き込んだのか。それは父さんの事と何か関係があるのか。そもそもコキュートスとは何を目的とする組織なのか。


 アイゼンと姉さんとの会話の中で、奴は主役は姉さんだと言っていた。

 なら、標的は姉さんで、僕たちは姉さんを揺さぶるための餌なのか。

 わからない。


 この男の全てが理解できない。

 どうして僕達なんだ。僕らはただの底辺冒険者じゃないか。お前らに狙われる筋合いはないだろ。


「あなたもせっかちな人だ、ただ」


 アイゼンは腕を組みながら考える素振りをして口を開いた。


「そうですねぇ目的ですか……一概には言えないのですが、人を絶望させたり、怒らせたり、悲しませたり、ですかね」


 ああ、駄目だ。


 答えになっていない。なら、その先の目的は一体なんだ。それとも、総じて人を不幸にすることそのものが目的なのか?


 いや。


「やっぱり、理解できない」

「ええ。理解できなくて当然です。理解できたらなら、あなたはこちらに帰るべきですよ」

「……帰る?」


 どういうことだ、それは。


「クック、口が滑りました。忘れてください。余計なことを話してしまいましたね」

「い、いや、何を――」

「そろそろ! エクストラゲームの説明をさせていただきます」


 アイゼンは声を張って僕の言葉を遮り、膝たちの僕に視線を合わせて笑った。


 先の発言は気になるが、聞いても答える気はない。そう言っているように見えた。

 僕が続く言葉を発せないでいると、アイゼンは視線を戻して訪ねてくる。


「いいですね?」

「そんな訳のわからないゲームに参加なんかしない」


 とにかく否定をしたかった。

 こいつには何をしても適わないことはわかっている。だから、少しでも抵抗を試みようと思ったのだ。


 だが、次の奴の言葉で、僕は受け入れるしかなくなった。


「ほお、よろしいのですか? このゲームは言わば救済です。死ぬはずだった仲間を救える可能性のある特別なゲームなのですよ?」


 仲間を救える?


「…………本当だろうな?」

「えぇ、本当ですとも。どうやら乗り気になってくれたみたいですね」


 乗り気になったわけでは無い。ただ、例えそれが嘘だったとしても、僕にはそれを本当だと信じて参加するしか出抗う術がないだけだ。


 仲間たちに視線を向けると、皆僕を信じてくれているのが伝わってきた。

 ケートも飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、僕の事を見てくれている。


 だったら僕は、その信頼に答えるしかないだろう。


「わかった、参加する」

「クククッ、いい返事です。では、今度こそ説明をいたしますね?」

「……ああ」

「まず、この砂時計はもうまもなく落ち切ります。するとワタクシがこの中から一人殺しますが、その前に! クック、貴方には問題を出します。その問題に見事正解することが出来ればゲームクリア! その時に殺すはずだったお仲間は殺しません」


 アイゼンの長いルール説明を聞いた僕は、このゲームの真の意図に気づいてしまった。


 奴は姉さんに僕たちの生死を握らせ、その責任を押し付けた。

 そしてこのゲームは簡単に言ってしまえば、みんなの命が最終的に僕に委ねられたということ。つまり、こいつは姉さんだけでなく僕にまで生死の責任を負わせたのだ。


 もし僕が問題に正解を出せずに失敗した場合、姉さんのせいで、僕のせいで仲間が一人ずつ殺されると。


 こいつは、どこまでも思考が腐っていやがる。


「では、時間が経つまで今しばらく待つとしましょう。あぁ、それまで貴方も黙っていてください。煩いのは嫌いなんですよ」


 そう言って再び口を布で塞がれた。


 この状況で一番望ましい結果は姉さんが残り時間内に戻って来ることだ。しかし今は姉さんが間に合わなかった場合を考えなくてはならない。


 もう五分もしない内に僕に対して問題が出されるはず。その問題に正解できなければ仲間を殺されてしまう。


 ならその問題内容はなんだ。答えられるわけのない無理難題を出されれば、僕に出来ることはない。だが、単純な問題だとも思えない。


 つまり問題内容を考える必要はないということだ。

 考えるべきは、問題を間違え仲間が殺されるとなった時どうするか。


 戦って勝つ術がない以上、仲間を救う方法は一つだけ。僕が最初に殺されればいい。残り二回のチャンスがあったとしても、仲間の死を見るくらいなら僕が死ぬ。


 後は姉さんが戻ってくることを祈るだけだ。

 砂時計の砂が、全て下に落ち切った。


「はい、時間です」


 この場所に姉さんはまだ、来ていない。


 最初の十分間で姉さんが戻って来ることは無く、一回目のエクストラゲームが始まった。

 口を塞ぐ布が外され、回答する権利を与えられた。


「さて、第一問ですよ?」


 眉間にしわを寄せ、アイゼンを睨みつける。

 こうなってしまった以上、どんな問題であろうと構わない。


 間違えるのを前提として、その後僕を最初に殺すように頭を下げる。それだけだ。

 そう、思っていたのに。


「最初は簡単な問題です。アベルくん、貴方がこの三人のお仲間の中で一番特別に思っているのはどなたでしょうか?」


 出題された問題は、一見簡単そうで。もしかしたら正解する可能性もあるのではないかと思った。


 しかし


「この中で一番?」


 ルピナ、ミア、ケート……すぐに答えが出るものではない。


「ええ、一番です。全員はなしですよ。あなたの中に答えはあるのですから、悩むことはないでしょう。自分に正直になるだけでいいのです。クック、簡単でしょう?」


 三人の中で一番特別なのは誰か。

 そんなこと、皆等しく特別に思っているに決まっている。その中で誰が一番かなんて決められるわけがない。


 ルピナはこの中で一番度胸があって恐れ知らずだ。だからこそ、僕の弱さを補ってくれるし、彼女の明るさは僕達を常に勇気づけてくれている。


 ミアはこの中の誰よりも優しく、誰よりも仲間を大切にしている。その優しさが僕達をいつも支えてくれている。


 ケートはこの中で一番馬鹿だが、本来リーダーであるべき存在だ。彼がいなければリーダーとしてみんなの前に立つことは出来ない。最も頼りがいのある仲間だ。


 そんな仲間たちに優劣をつけることは出来ない。だが、全員という回答は禁止されている。

 考えれば考えるほどに、この問題は難題だった。


「さぁ、早く答えてください。残り三十秒としますね」

「そんな簡単に決められるわけないだろ」

「そうですかねぇ」


 みんなに視線を向けると、ミアは首を横に振り、ルピナは目を合わせて意志を伝えてきた。しかし、ケートは無理やり笑顔を作ってはいるものの、相当苦しそうな状況だ。


「死ぬなよケート! 耐えろ! お前は死んじゃダメなんだ!」


 必死に呼びかけると、ケートは笑って頷いた。


 早くこの問題に答えなくてはならない。ミアは私じゃないという意思を感じたが、ルピナからは分かっているでしょという感情が伝わってきた。


 これは僕の勝手な推測だし絶対にそう言っているという確証はない。だが、そう言うことなら答えは決まった。


 僕達がこうして冒険者を始めた理由であり、父さんが死んでからの毎日を誰の為に頑張って来たのか。


 それは――


「ミアだ」


 ミアからすれば想定外の答えかもしれないが、この答えは僕とルピナとケートの共通認識だ。僕達はミアの笑顔を取り戻すために頑張ってきた。


 ルピナやケートよりも特別というわけでは無く、三人にとって特別なのがミアなのだ。

 この答えに間違いはない。


「クク、そうですか。答えはミアさん、でよろしですね?」

「ああ」


 僕の答えに、ミアは目を見開いて驚いている様子だが、ルピナはそれでいいと頷いていた。


 答えを変える気は無い。そもそもこの問題の正解は僕の答えだ。僕がそう思っているといっているのだから不正解であるはずがない。


 その答えを聞いたアイゼンは不敵に笑うと、拍手をしながら僕を見た。


「では、結果発表です。結果は――」


 アイゼンはそこで言葉を止め、表情をあらゆる感情に変化させながら最後に真面目な表情を作って言った。


「おめでとうございます! 不正解です!」

「……は?」


 今、アイゼンは何と言った?


 不正解? ミアという答えが間違っているというのか? そもそもその答えは誰が決めている。僕がミアだというのだから、答えはミア以外にあり得ないだろ。


 ルピナもミアも動揺が隠せない様子だ。


「不正解! 不正解ですよアベル君!」

「な、何が不正解だっていうんだ……僕達はみんなミアの事を大事に思っている。それに、それにこの問題の答えは僕の答えだろ!」

「その通り。ですがあなたの告げた回答は、あなたたちの回答だ。本当はあなたも気づいているはずです」


 貴方達の回答……僕が気づいている?


「この問題は、貴方自身が誰を最も特別に思っているのかですよ?」

「僕が誰を最も特別に思っているか……」

「ええ。そうです」


 改めてそれを考えようとしたとき、一瞬誰かの姿が頭の中を過った。


「――あ」


 いつも明るくて一緒にいて退屈しないけど、僕は怒られてばかりで。だけどどこか憎めなくて可愛らしい所もあって、いつの間にか彼女の姿を探してしまうことがあった。


「――ああっ」


 僕は三人のことを考える時、必ず最初にその人のことを思い浮かべていたのだ。


「う……くっ……」


 僕はその人にどこか惹かれていて。

 仲間というだけでなく、一人の女性として好きになっていて。


 それを実感してしまった時、僕は涙を流して額を地面に叩きつけていた。自分の本心に向き合えなかった絶望と、仲間を一人殺されるという現実を受け止めきれない。


 落ち着いてよく考えてみれば、気づけたはずなのに。


「――っ、ごめん……ごめんみんな……僕が……僕がっ!」

「どうぞ? 愛の告白を邪魔したりしませんので」


 その答えを言うのに躊躇していると、アイゼンが囃し立ててきた。


 自分の気持ちに気づいたとは言え、この告白は僕達の関係を悪くしてしまう可能性がある。きっとこんな状況でなければ、この気持ちは胸の奥にしまっておいただろう。


 だが、問題に間違えてしまった以上、僕は仲間の代わりに死ぬ。

 だったら最後に、この気持ちは伝えておきたい。


「……ルピナ、だ。僕はルピナのことが好きだ。今更自分の気持ちに気づくなんて……ごめんっ…………ごめんっ!」


 思えば昔から僕はルピナに憧れていた。


 子供の頃、彼女はよく僕の手を引いて色々な場所に連れて行ってくれた。僕がいじめられている時も、女の子だというのに前に立って守ってくれたんだ。


 父さんが死んだ時だって、一番に前を向いたの彼女だった。そんな彼女の事を、僕は尊敬していたし好きだったのだ。


 どうしてもっと早く気づけなかった。

 恐る恐るルピナの目を見ると、彼女は静かに涙を流して僕を見つめていた。


「さてさて、感動の告白も終えたところで早速お一人殺させていただきます! ククク」


 ルピナの答えを聞いておきたかったが、もう時間が無いらしい。

 アイゼンは右手を前に突き出すと、何もない所から漆黒の鎌を出現させた。見覚えのある父さんを殺した時の鎌だ。


 僕は父さんを殺した相手に同じ武器で同じように殺される。


「アイゼン、殺すのは僕からにしてくれないか」

「はい?」


 僕がそう言うと、ルピナとミアが取り乱した様子で首を横に振った。ケートも微かに首だけを横に振るのが見える。


 でも、自分勝手かもしれないけど、皆の殺されるところは見たくないのだ。それに、この問題に間違えたのは明らかに僕のミスでしかない。今は、僕が殺されるべきなのだ。


「最初に殺すのは僕にしてくれって言っているんだ」

「いえいえ、駄目に決まっているじゃぁないですか。貴方はこのエクストラゲームの主役なのですから」

「お、お前は僕達の誰かを殺して姉さんを絶望させたいんだろう? だったら、僕が最初だっていいはずだ」


 僕がゲームの主役だろうが無かろうが、こいつの目的は本来姉さんであるはずだ。ゲームを降りればこの後のチャンスを逃すことになるかもしれないが、一人欠けた時点でもう僕に生きている意味はない。それに、姉さんが帰ってきてくれるはずだ。


「それはそうなのですが、どうせならあなたの絶望した顔を見てみたくなったのですよ」

「は、はあ? 僕はとうに絶望してるし、そんな顔を見たところでお前になんの得がある」


 そうしたところでアイゼンに何のメリットがある? 姉さんは確かにコキュートスの脅威になり得るかもしれないが、僕は復讐したくても出来ない程無力だ。

 何の脅威にも成りえない底辺冒険者の僕を絶望させて、その顔を見て何になるっていうんだ。


「得なんてありません。ただ単に、ワタクシが見てみたい。そう思ったから、そうするのです」


 アイゼンは急に黒い目で僕の顔を見つめると、それまでのねっとりとした口調から一変した。底知れない闇を感じさせる、狂人のそれだ。


 その言葉に、僕はあまりの恐怖で何も言い返すことが出来なかった。


「では、誰からにしましょうかね。クック」


 そう言って再び飄々としだしたアイゼンが三人の前を練り歩き始めた。

 僕はただその様子を震えて見ていることしかできないでいる。


「彼は私が手を下さずともすぐに死にますね。だとすると、貴方たち二人のどちらかがいいですか」


 アイゼンはルピナとミアの前で立ち止まり、なめまわすような目で二人を見た。


「止めてくれ……頼む、頼むよ。三人が助かるなら僕はどうなったっていい。だから、三人を殺さないでくれ」


 そうやって頭を下げながら懇願しても、アイゼンは聞く耳を持たない。

 気味の悪い鼻歌を歌いながら、誰を殺そうか咀嚼している。


「決めました、貴方にします」


 奴が立ち止まった目の前にいるのは、そう言われても僕の事を見つめているクウカだ。

 ルピナが……殺される?


「嘘だろ、止めてくれ……僕を殺せよ…………僕を殺せって言ってるだろ!」


 感情的になって怒鳴りつけても、アイゼンはこちらを向かずにルピナの前に立っている。


「安心してください。最後の少しだけお話させてあげますよ。優しでしょう? ワタクシ」


 不敵な笑みを浮かべながら、ルピナの口を塞ぐ布を取った。

 彼女は僕の目を見つめたまま離さない。


「アベル……約束、覚えてる?」


「あ……ああ、覚えてるよ。買い物、一緒に行くんだろ?」


「うん、その約束は絶対だから、忘れないでよね」


「忘れないさ。そうだ、明日、明日はどうだ? 明日なら仕事も無いし、時間も余るほどあるだろ」


「そうね、でもごめんね……それはもう少し先になりそうかも」


「は……どうしてだよ、明日でいいだろ? そうだな、たまには王都の市場に行こう。あそこならきっとルピナに似合う服が沢山あるからさ――」


「アベル」


「な、なんだ?」


「私もアベルの事がす――」















「……今、何て言ったんだ? ごめん、聞こえなかったからもう一回――」


 ルピナの言葉が途切れると同時に、直前まで合っていたはずの視線が外れた。その代わりに、僕の目の前へと何かが転がって来た。


 直後、ミアが声にならない叫び声を上げながら発狂する。

 その転がってきたものは、口を閉じて静かに涙をながす、ルピナ――


「あ……ああ…………ああああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」


 目の前にあるものをそれだと理解してしまった瞬間に、あらゆる感情がごちゃ混ぜになってただひたすらに叫んだ。


 受け入れたくない現実が残酷な事実として目の前にある。

急に腹の底から押し寄せる嘔吐感に苛まれながら、それだけは汚さないように顔を背けた。

何だこの結果は。


 ルピナが死んだ。これは僕の責任なのか? それとも姉さんの責任? いや、違うだろ。

 全ての原因はアイゼンにあるに決まっている。


「ククッ、クククッ、あぁ、貴方たちは実に素晴らしい顔をしてくださいますね。ワタクシ、ゾクゾクいたしました! ただ、やはりここまでしても、怨子は溜まらないのですね。やはり――」

「――ろす」

「なんです?」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」


 僕はアイゼンを死んでも許さない。


 ルピナが死んでアイゼンが生きている世界は存在する意味が無い。今の僕に殺す力は無くても、いつか絶対にこいつを殺す力を手に入れる。殺したら、僕も彼女の元へ行く。


「復讐に燃える表情、いいですねぇ。それは間違いなく負の感情です。これでほぼ確信に変わりました。感謝いたします」

「殺す殺す殺す殺す!」

「煩いことこの上ないですね。クク、そんな貴方に朗報です。こちらの彼、もう死にましたよ?」

「ころ――は?」


 一体誰の事を言っている? アイゼンが示しているのは一体誰だ?

 奴の目の前にいるのは……ケートなのか? ケートが……ケートも死――


「――うっ」


 二人の仲間の死を実感してしまった時、アイゼンに対する怒りよりも先に酷い喪失感が襲ってきた。それは声を上げることも泣くことも何もできない、ただの暗闇の中にいる感覚に近い。何かが、急速に体の中に溜まる感覚があった。


 すぐ隣で、ミアが狂ったかのように笑いだし、アイゼンに食らいつこうと暴れだした。鎖に繋がれた手首がきつく縛られようとも、暴れることを止めようとしない。


 ミアはきっと、僕以上にこの現実を受け入れられない。おそらく一生かかっても彼女が立ち直ることはないのかもしれない。


 僕もルピナとケートを失った今、生きている意味を全く感じない。そんな世界は、窮屈すぎる。


「あぁ……貴方の狂気に満ちた表情も最高に素晴らしですねぇ」


 この場でただ一人だけ、高揚感に包まれるアイゼン。


 こいつを殺してやりたいという思いが根底にありつつも、いくら抗ったところでこいつには勝てないということを既に飲み込んでしまっている。


 もはや殺して欲しいくらいだが、まだミアがいる。ミアを一人にして僕までそっちに行くことを、ルピナとケートが許すはずがない。


「さぁ、もうそろそろ砂が再び落ち切りますよ」


 黒い机の上に置いた砂時計を撫でながら、僕とミアを見下ろしてくる。


 次の問題に答えられなければミアを殺される。ミアまで殺されては、僕は本当に生きている意味が無くなってしまう。しかし、それは必ずしも最悪な未来だと言えるのか?


 ミアが死んだら、僕も心置きなくみんなの元へ逝けるのではないだろうか。

 だったら、次の問題に答えなくたって……いいのかもしれない。

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