意地悪な男の子
ベンチに腰掛けたセナと鴻ノ森は、紙袋いっぱいに詰まった聖女が好んだと言う芋を素揚げしたモノを一緒に食べていた。というのも、鴻ノ森が本を読んでいた時間は本人が思っていた以上に長かったようで、セナに協力してから二、三時間もすれば日は高く。元の世界で言えば、おやつ時。
「でね…ジョアンは最近いっつも意地悪なの」
「それでも、セナさんは探してあげるんですね」
「だいじなお友達だか、ですから」
「言葉遣いは気にしなくていいですよ。喋りやすい喋り方で」
「あ、ありがとうございます!」
だからと言って、砕けた口調を強要しようとも思っていない鴻ノ森は、芋の素揚げを口へ運ぶ。袋を少し傾けてあげれば、セナも習うかのように芋の素揚げをパリパリと美味しそうに頬張っている。
その様子を横目に鴻ノ森はセナの話しを整理していた。
探すにしてもアテはなく。聞けば、昨日の夜から大人達が休み無しで探していると言う。その結果は、セナが今も探している事が物語っており、手掛かりの一つも無いまま。
行方不明になったジョアンという少年の事をよく知らず、探すにも心当たりなんてものが浮かんでこない。それなら探してる間に、ついでにセナの気晴らしにでもなればとも考えて、日頃のジョアンについてセナに教えてもらうことにした。
セナの話では、子供達のグループでのリーダー的存在らしい。強気な子供で、将来の夢は冒険者になり名声を高める事。勇者の様な活躍を夢に見ている。
強気と言うだけで、暴力的な面は無く、セナ達はいつも仲良く遊んでいたと言う。以前、セナが森へと神隠しもどきにあった時も一番最後まで探してくれて、戻った時には本人は否定するものの、セナ曰く泣いていた。……ただ、その時からだろうか、森の怪物を見たと話すセナにちょっとだけ意地悪をしてくるようになったらしい。
仲間外れではなく嘘つき扱い。証拠がないや、俺だったらこうしてたのにな!と、森の怪物に対しての文句などなど。森の怪物の事が話題に上がるとそんな感じの事を言って、話を切ってしまうんだとか。
そんな事をむすっと頬を膨らませて話してくれたセナ。鴻ノ森は鴻ノ森で、パリパリと芋の素揚げを食べ鳴らしながら一つの結論にたどり着く。
つまるところ、ジョアンという少年はセナの事が好きで、言動を聞く限りでは好きな子に意地悪しちゃう。的なやつなのでは?
その行動原理を自分に当てはめる事はできないが、これがそういう事なのだろう。……と鴻ノ森なりに納得した。
「昨日は、どんな話をジョアン君としたのですか?」
「お話…ですか?うーん……皆でりょーたお兄ちゃんや、のぞむお兄ちゃんと明日なにをして遊ぶかお話しててぇ…。私が、きよかお姉ちゃんと一緒にギルドに行ったことを話してね?あ、みんな羨ましがってたの!
だから、今日本当は、のぞむお兄ちゃん達にお願いしてギルドに行く予定だったんです!」
でね!でね!と話しを続けるセナの言葉に、鴻ノ森は相槌を打ちながら逸れそうになる話しを少し修正していく。
「セナさんは、ギルドに関しては一歩先輩ですからね」
「うん!きよかお姉ちゃんと一緒に行ったのを話したら、みんな羨ましがってた!」
「それを聞いたジョアン君はどうでした?」
またループしそうなタイミングで、鴻ノ森はその時のジョアンについて聞く。すると、思い出すように頭を悩ませたセナは、ちょっとだけ口を尖らせて不満げな様子で答える。
「ジョアンは、私じゃまだ早いとか…森で迷うようじゃギルドに失礼だとか……。関係ないのに意地悪な事ばっかり」
「一足越されて、ジョアン君は嫉妬してるのかも知れないですね」
「! そう、きっと嫉妬してる!居ないとか言ってるくせにね?俺なら、森の怪物を倒してからギルドへの手土産にするんだ!とか言ってるんだよ!」
果たして嫉妬という感情を知っているのかも気になった所だが、鴻ノ森は別の言葉が引っかかった。セナがいう事がそのまま本当ならば、ジョアンは森の怪物の存在に肯定的だ。
ただ、セナしか森の怪物に会ったことはなく、好きな子の前でカッコつけたいジョアンは否定しまっている……と考えた場合、鴻ノ森の中に一つジョアンの行き先に心当たりが生まれる。
「少しだけ話しが変わりますが、以前にセナさんがかくれんぼをして、いつの間にか森に移動していた時」
「うん?」
「セナさんがかくれていた場所を、ジョアン君は知ってますか?」
ある程度食べた事で満足した鴻ノ森が、芋の素揚げが入っている紙袋ごとセナに渡してあげると、ぱぁぁ!と嬉しそうな笑みを見せたセナは、鴻ノ森の言葉に頷いて答えた。その返答を見た鴻ノ森は、ジョアンの行き先として二箇所が浮かぶ。
一つは森の怪物が住まうという森で、一つはセナがかくれんぼの時に隠れていた場所。
そして、普通に考えれば夜に差し掛かろうとしているのに、子供一人で都市から出ていく事はできないはず。現に、自分達がここに来た時、ロバーソンがすぐに駆けつけ、出入り口の大門には門番をしている騎士が居た事も鴻ノ森は確認している。
となれば、消去法でジョアンが向かいそうな場所は一つ。そこからならば、何かしらの理由で森へ行ける可能性がある。
「ここに居たか」
「佐々木君」
セナが食べ終えるのを待ってから、その隠れた場所に案内をしてもらうかと考えていた鴻ノ森の前に、一人の子供を肩車した佐々木が現れた。
「なんか東郷先生が、一旦戻ってきて欲しいらしい」
「先生が?」
「あぁ、だから僚太と艮は先に帰した」
この後を決めたばかりの鴻ノ森が視線をずらすと、佐々木に降ろされた子供とセナがジョアンの話しをしている。一緒に探すと言った手前、セナを優先してあげたい所の鴻ノ森だったが、佐々木が連れてきた子供と会話をしたセナが戻ってきて言う。
「パパが帰ってきなさいって……」
「そうですか」
そうであれば、自分も戻る事ができる。と考えた鴻ノ森は、表情を歪めるセナが視界に入る。
「どうしました?」
「一緒に探してくれてたのに、ごめんなさい……。それにジョアン…」
問いに対し複数の返答が出ているのだろうが、上手く言葉にできずセナは謝罪を口にする。それは鴻ノ森への謝罪か、それともジョアンへか。恐らくは両方。更には泣きそうになっているセナの頭を、鴻ノ森は優しく撫でてあげ、一度だけ小さく頷いた。
「私の方でも、ジョアン君は探しておきます。進展があったら伝えましょう」
「ありがとぉ!」
泣きそうになりながらも笑みを浮かべるセナに別れを告げ、鴻ノ森は佐々木と共に城へと向けあるき始めた。その道中、佐々木は不思議そうな顔で鴻ノ森を見ていた。
「どうかしましたか?」
「いや、お前でもあんな……なんつうか、子供に気を使えるというか……笑ったりするんだな」
「失礼だと考えたりしませんか?」
「悪かった」
「まぁでも、子供は感情豊かだな。とは思いますよ」
「別に子供だからって訳でもないと思うけどな」
その言葉に鴻ノ森は返すこと無く、二人は会話も無いまま東郷の元へと向かった。
二人は城へと戻り、待機していた使用人の案内で東郷が待つ部屋の前へと移動したのだが……。
「何卒!!!!」
「えっとですね、とりあえず皆を呼んでいるので待ってください」
「はっ!!!」
どうも部屋の中が騒がしい。いや、これには語弊がある。
「金銭ならば、私が払えるだけの金銭を用意します!」
「あはは。お金は別に……」
若干一名が騒がしい。
当然、鴻ノ森はその声に聞き覚えがある。なにせギルドでも、騒がしい人だと思ったばかりだ。
「どうした?もう全員揃ってると思うが、入らないのか?」
「お先にどうぞ」
「?」
一度首を傾げた佐々木は、大して気にした様子を見せずに扉を開けて部屋の中へと入っていく。その後ろでは、鴻ノ森の脳裏にコルガの言葉が過っていた。
―そっちで頑張ってくれ―
つまり、コルガはロバーソンを唆し、聖女に頼み込むように仕向けたのだ。派閥があれど、聖女という存在は絶対。新派がフクガミ サチコを崇めていようとも、ここには'聖女'が存在している。
東郷が承諾して探すと言えば、それは聖女の言葉として国は聞かなければならない。
「あ、佐々木君」
「!!! 佐々木殿、どうかお聞き入れ願う!」
佐々木が扉を開けて入ると、初めに東郷が気付き、その東郷の言葉で気付いたロバーソンは、東郷に背を向けぬようササッと扉の横へと移動して佐々木に頭を下げた。
先に来ていた田中や安賀多達は苦笑いを浮かべ、話の流れが見えず、困惑気味の佐々木の隣を静かに移動して東郷の元へと移動した鴻ノ森は空いている席に座り、隣に座っていた艮に状況説明を求めた。
「ほら、鴻ノ森さんもセナちゃんと一緒に探してたジョアン君。そのご両親が、ロバーソンさんに手伝いを頼んで、人手確保の為に私達にも協力して欲しいらしいんです」
「それは聖女としての東郷先生にですか?」
「多分……」
十中八九予想通りの答え。そして鴻ノ森の考えでは、東郷はそれを断らない。更に東郷が動く事がコニュアやポルセレルに知られた場合、国を挙げての大捜索に移行するだろうとも考える。
そうなった場合の問題があるとすれば……。
「無い……かな」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
小さな呟きが隣から聞こえた艮が鴻ノ森を見るが、鴻ノ森は軽く首を横に振り答える。そうしならがも更に思考を深めるが、やはり問題があるようには思えない。
国が動くとしても、別に全員が動くわけではないだろうし。自分達の身バレの危険性もあるが、言ってしまえば最初の段階でかなり目立ってしまっている。遅かれ早かれではある。
そう考えた鴻ノ森は、口を挟まずに流れを見ることにした。
「ジョアンの事ならもう探してるが…」
「なんと!!」
どうやら艮と鴻ノ森が話している最中に、ロバーソンと佐々木も話が進んでいたようで、佐々木の言葉にロバーソンは驚きと嬉しそうな表情を見せる。
であれば!と振り返り、東郷へと視線を向けたロバーソンだったが、東郷は難しい表情を浮かべ言った。
「聖女としては協力ができません。いえ、私は協力ができません……ごめんなさい」
その言葉には、ロバーソン以外の者達も驚いた。皆が皆、東郷は率先して協力すると思っていたのだ。性格を考慮して、考慮するからこそ、東郷はロバーソンを手伝うと。
だが今、東郷は立ち上がり深々と頭を下げている。それは明確な拒否。
「何故!?」
率先して。とは考えていなかったものの、聖女である東郷であれば手を貸してくれると思っていたロバーソンは、狼狽え、いつもより大きい声で東郷に問う。それに対し、東郷は小さく深呼吸をして説明をした。
「この国において私の立場では、私の意思だけで協力ができません。ロバーソンさんもご理解していると思いますが、私が手伝うと言うのは、リュシオン国の皆さんにもお手伝いをしていただく……いえ、そういう事になってしまいます。
リュシオン国の人間ではない私が、国民の皆さんを巻き込むわけにはいきません。なので、私はお手伝いができません」
「そ、それは…いや、リュシオン国民であれば、聖女様のお力になれるのは本望!!」
「でしたら、私は国民を気遣いお手伝いはしません。これも聖女としての意思ではないでしょうか」
「うぐっ…」
聖女の気遣い。それはロバーソンの言葉を殺すのには十分な効果を見せる。それを無碍にするのは、聖女の意思を無碍にするのと同意義。
一人を思うのも大事な事ではあるが、国民をいう枠で多勢を思うのもまた聖女の優しき御心。
まるで板挟みにあったかの様な感覚に、ロバーソンは言葉を失う。そんな時、また扉が開かれる。
「外まで声が聞こえているぞ。ロバーソン」
開けられた扉から入ってきたのは、ロバーソンよりも少し豪華に見える甲冑に身を包んだ騎士だ。ロバーソンはその人物を見て、改めて頭を下げた。
「ガレオ団長!お戻りになられたのですか!」
「ついさっきな。聖女様がいらっしゃっていると聞いて参じたが……騒ぎの理由はなんだ」
ガレオと呼ばれた男がロバーソンに説明を求め、頭を下げたままロバーソンは事の詳細を話した。それを聞き、なるほどと納得したガレオは改めて部屋を見渡し、東郷に視線が合うと片膝を付き頭を下げる。
「部下がご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません。
遠方に出向いていた為、ご挨拶が遅れました。私はリュシオン国聖騎士団の団長を務めさせて頂いております'ガレオ・ルルリア'と申します。
以後、お見知りおきのほどを」
「ご丁寧にありがとうございます。私は東郷 百菜です」
「では、早速で申し訳ありませんが、お立場を考慮してのご判断に、我々が応えない訳にはいきません。この件は私にお任せください」
「いえ。私はお手伝いができませんけど、皆が個人でお手伝いする分には大丈夫なので、遠回しで陰ながらですが、私も探す事はしようと思います。
ロバーソンさんもすみませんでした。しっかりとご説明をするのが遅れてしまって」
再度東郷に頭を下げられ慌ててしまったロバーソンは、感謝の言葉と共に、東郷より深く頭を下げる事で誠意を示す。
そういう事であれば……と、佐々木達が手伝う事も視野に入れたガレオは、そのまま探索に向けた軽い打ち合わせが始め、今日の晩から佐々木達も本格的に動く事になった。
----
--
話し合いと打ち合わせが終わり、自室に移動した私は、もう一度念話を繋げた。
《常峰君、東郷です。今、お時間ありますか?》
《という事は、探索に関しての話し合いが終わったと》
《はい。今日の夜から、鴻ノ森さんと艮さん、田中君と佐々木君が本格的に探しに行くそうです》
《安賀多達は?》
《五日後にポルセレルさん主催の演奏会があるので、その準備の方に力を入れると。人手が足りなさそうなら、また声を掛けてくれとの事でした》
《そういう事なら、人手が欲しい場合は言ってください。俺の方でも、探索に長けてそうな者を向かわせるので》
《ありがとうございます》
《いや、こっちこそすみません。東郷先生には我儘を言ってしまって》
《そんな、これは私の我儘ですから》
そう。これは私の我儘です。常峰君は色々と気を使って考えてくれています。
探しに行きたい気持ちと、ここに来てコニュアちゃんやロバーソンさんの反応を見た時に自覚した自分の立場。葛藤の末に、私は常峰君に相談する事を選びました。
鴻ノ森さん達に頼む事は最初から考えていたのですが、常峰君の考えがある以上、派手にお願いができない。この場合、どうしたらいいか。そんな質問をすると、常峰君は異界の者である事を隠したいのは事実だが、できればの話であって、バレた場合は仕方がない。とすぐに答えてくれました。
常峰君の考えも分かるんです。
他国の問題に、異界の者である私達が過度に関与すべきでない。帰還を目的としている子達は特に。
それに加えて私達の立場は、常峰君の国の人間であり、無国籍ではないのです。だからこそ顔役として、私や新道君、市羽さんが居る。
それは一種の守りであって、逆に問題を起こした場合は事の大きさでは国同士の問題にも発展する事も……分かっています。
自由である為の不自由。決して私達は無法であってはならない。きっとそういう事なのでしょう。
《さっき相談された時にも言いましたが、別にジーズィに頼んでもいいですからね?》
《はい。でも、少しだけ自分達でやらせてください》
それでも常峰君達に頼りっきりなのは嫌なんです。
自分ではどうしようもないなら、私も我儘なんて言いません。それでも、私に向けて伸ばされた手は、一緒に私も掴んであげたい。
そんな我儘を常峰君は聞いてくれました。
優しい先生――その言葉で全てを納得して、私が表立って行動しない事を条件に鴻ノ森さん達に頼んでみればいいと。
《にしても、子供の行方不明はよくあるんですか?》
《リュシオン国では、年に二度あるか無いかぐらいだと…》
《それは……多いんですかね?》
《私達の国では、年間で数千人。人口が増え、治安の問題もありますが、年間で数十万人に至る国もあります。そう考えると、かなり少ないと思います。でも……》
《行方不明扱いになる前に、奴隷での確認、死亡確認が先だったりすると》
言いづらそうにした私に変わって、常峰君は私の言いたい事を察してくれました。そうなんです……ガレオさんとロバーソンさんにも確認しましたが、実際行方不明だからと言って騎士団が捜索する事は貴族のお子さんでなない限りは、ほぼ無いそうです。
そうなった時点で、この国では死亡が先に連想されます。圧倒的に見つからない事の方が多く、魔物という存在が、そうさせているのかもしれません。
《まぁ分かりました。捜索の方は、東郷先生に任せます。
何か俺に手伝える事があれば、教えてください。》
《ありがとうございます。その時はお願いします!》
常峰君との念話を切り、私は小さくため息を漏らした。
実はもう一つ、私にはジョアン君の捜索に踏み出せない理由がありました。これは、常峰君にも話してはいません。それは……。
「も、百菜ちゃん。失礼します」
「どうぞー」
少し恥ずかしそうに私の名前を呼んで入ってきたのはコニュアちゃん。
「これが、聖女様が考案した魔法をまとめたものです」
「ありがとうございます」
そう。今、もう少しはコニュアちゃんの側に居てあげたいのです。この問題を解決するには、きっと常峰君達の手伝いが不可欠でしょうが、その前にもう少し情報を集めないといけない。
かつての聖女、福神さんが守ってきたコニュアちゃんを守るために。
次は、もしかしたら戦闘シーンが入るかもしれません。
ブクマ、評価、ありがとうございます!
もっと頑張るので、よろしくおねがいします。




