エピローグ
誘拐事件に私の自殺未遂、ナナちゃんとフィーちゃんが私と同じ転生者だと知って、フィーちゃんと和解し、極め付けにセス様と私がまさかの両想いになる。
そんな怒涛の一日を越えた次の日。夢じゃなかったのかと狼狽えながらも、私は朝からクラビット家に居た。要するにメルヴィン君の家だ。
メルヴィン君との友人関係をひたすら否定して来た私は、実は私の方から家に来たのは初めてだったりする。
我ながらそわそわと落ち着きなく、応接室のソファーに座ってどう切り出したものかと悩んでいる私と反し、正面のソファーに座るメルヴィン君はまったくもっていつもの調子だ。
何も言わない私に痺れを切らしたのか、メルヴィン君から口を開いた。
「昨日は、シェドとエヴァンは俺が城に引き渡して来て、フィーはニコラス様とあの護衛達と一緒に城で王様に減刑の直談判。ノラン様とゼロ様は隣国に帰って、ナナは…帰るって言ってたけどあれはノラン様に付いて行ったんだろうな。で、お前は?」
簡潔にわかりやすく知りたかった全員の報告をしてくれた上に、私が相槌を打つだけじゃなくさっさと切り出せるように話を振ってくれたメルヴィン君の優しさに震える。嬉しさや感動が大半だけど、居たたまれなさや情けなさででもある。
私は一度大きく深呼吸してから、意を決して言った。
「りょ、両想い」
正直実感は薄い。なのに言葉にすると照れるものらしく、顔が熱くなって行くのを感じた。
メルヴィン君はそんな私の醜態を笑うでもなく、ただ成る程と頷く。
「念願達成か。おめでとう」
淡白に返された祝いの言葉に、私は気付けば号泣していた。メルヴィン君が目を剥く。
「ごめ、ごめん! 昨日から私泣き過ぎて涙腺緩いの! ついでに感情揺さぶられ過ぎて情緒不安定なの…っ!」
「お、おう」
ドン引かれている。私もこんな情緒不安定にいきなり泣き出されたらそんな反応をするだろう。申し訳ないとは思う。でも言わせて欲しい。
私は、ソファー同士の間のテーブルにバンと手をついて行儀悪く立ち上がった。
「でもでもでもさぁ!? 何そのどうっでもよさそうな反応!? メルヴィン君、フィーちゃんとナナちゃんともいつの間にか友達だしそれ私聞いてないし、私が面倒臭過ぎてもうどうでもよくなったんだぁああ! メルヴィン君と最初に友達になったの私なのに! 契約のだけど!」
私は小さな子どもみたいに我が儘で友情の独占欲丸出しな駄々をこねた。
「お前、昔から本当に面倒臭ぇな」
メルヴィン君の呆れ返った声に私ははっとして、本格的にまずいと思った。
慌ててソファーから降り、誠心誠意の礼を尽くす為に土下座をした。しながら、これこの世界でも存在する文化だったかと不安になったけど、いや気持ちが伝わればいいかと思い直す。
靴履いて歩いている床におでこをつけて頭下げるんだから、なんか本気なのは伝わるはず!
「私と、友達になってください!」
もう本当に、今まであれだけ突き放して来たくせに何調子いい事言ってるんだこいつとは私も思います。だけど我慢しないで全部言ってから、ダメならダメで足掻こうって決めたんです。
正直、まだ友達を作るのが怖くない訳じゃない。前世で全部失いながら冷たくなって行く自分の身体も痛みも忘れられない。
それでもそれ以上に、私は欲しくなった。
「何度無くしたって、どうしようもなく奪われたって、その瞬間まで一緒に笑っていたい! 私、本当は欲張りなので、恋も友達も両方欲しいです!」
絶望よりも希望を愛したい。と言えばなんだか聞こえがいいけど、相当我が儘な言葉だ。
溜め息の音が聞こえ、それから私に近づいて来る足音。どう反応されるのかと頭を下げたまま震える私の頭が、犬をめちゃくちゃに撫でる時のような乱雑さで撫でられた。
「八つ当たりする気も失せる素直さだな」
ぐちゃぐちゃになっているだろう髪をそのままに顔を上げると、メルヴィン君は笑っていた。
「フィーとはそもそも、苦手なタイプなのにお前の為に会いに行ってお前が出来ない分代わりに優しくしてるうちに懐かれただけだし、ナナとも先にお前と知り合ってなかったらあの教会に行って知り合ってねぇよ。俺の面倒臭い女の友人関係は全部お前のせいだ」
メルヴィン君は苦々しそうに吐き捨てる。まさか二人とも私起因で知り合っていたとは思わず、私はぽかんとした。メルヴィン君、本当に私の為に色々動いてくれ過ぎじゃないか?
「メルヴィン君、私のせいで大変だね。恋人作ってる暇ないね」
率直に思った事を言えば、メルヴィン君に頭をばしりと叩かれた。痛い。
「てか、お前が欲しいもんも、恋人と友人とあと一つ足りねぇだろ」
私は頭をさすりついでに髪の毛を整えながら考えるけど、皆目見当がつかずきょとんとした。
いや、もう無いよ。充分過ぎるでしょ。
そんな私に、メルヴィン君がまたばしばしと私の頭を二度叩く。何で!?
「お前の今のメイド、自分も怪我してんのにお前が浚われるの必死に止めようとしながら『まだリリアナ様に好きって言ってない』って叫んでたし、前のメイドはこの前会いに行ったら『リリアナ様をお願いします』って俺に頼んできたし、父親のカイン子爵はお前から一でも歩み寄れば大喜びで十返して来るだろ。母親だって、お前が会いたいって言えば会ってくれるんじゃねぇの? 一回会った事あるけど、お前の友達だって言ったら時間いっぱい話聞きたがったし」
私は絶句した。
ティファ。彼女には嫌われていると思っていた。事実、本人も言っていたし最初は間違いなく嫌われていただろう。いつの間に、そんなに私の事を想ってくれていたのか。
シャーリー。いじめを行う私を止めようとした彼女を、私はひどい言葉で突き放した。シャーリーとはむしろ別れ方が最悪だったんだから、恨まれていてもいいぐらいなのに。
カイン子爵の事を私は一度も父親と思おうとした事はなかった。母親も、居ないもののように扱って来た。それなのに今更いいのかな。
……でもメルヴィン君が私の為に費やした時間を思えば、私が尻込みしているのは失礼だ。
まずティファに会いに行こう。怪我の具合によって自宅療養か入院かはわからないけど、今日お城には居なかった。他の使用人に居場所を聞いて、会えたらたくさん話をしよう。
それから久しぶりに家に帰って、カイン子爵に抱きついてお父様と呼ぶ。心から、お父様と。
その後お母様宛てに、会って話がしたいと手紙を書くの。
最後に、お父様からシャーリーの居所も聞いてどれだけ遠くてもすぐに行く。謝って、元気だったか聞く。
そして皆に、私の家族になって欲しいと言おう。
言われて初めて気付いた。確かに私は、家族も欲しい。
「それで、婚約関係と誘拐の公表は?」
私の欲を何でもない普通の話題の一つに過ぎないみたいに流して話を戻したメルヴィン君に、私は戸惑いつつもあの後セス様とお話しした事を思い出して答えた。
「婚約関係は変わらないし、誘拐も公表する気はないよ。だって今私が幸せなの誘拐のお陰だし、両想いなのに婚約解消もおかしな話だし」
そう、表面上は実はセス様と私の関係、今までと何一つ変わっていない。
ただ、私もセス様も真っ直ぐにお互いの事を見て、言い難い事や格好悪い事でも話せるようになっただけ。
私はもう、下を向かないだろう。下を向くと不幸から目を逸らせるけど、幸せも見逃しちゃうから。
私、完璧ではないけど、今の私の事は結構好き。
そう幸せに笑って思ってから、そういえばとはっとする。
「結局、友達にはなってくれるの!? くれないの!?」
思い切り逸らされていた話題に、メルヴィン君の足首を縋るように掴んで叫び聞いた私に、メルヴィン君はおかしそうに笑う。
「元から親友だろ」
「や、やったー……! ちょっと待っててね! セス様に報告してくる! 今日もね、尻込みする私に待っててやるって言ってくれてて、今外に居るの!」
即座に立ち上がり走り出した我ながら慌ただしい私の背中に、親友の声が掛かる。
「あんな豪勢な馬車来りゃわかるわ。幸せそうで何より」
それに私は振り返って、満面の笑みで答えた。
「うん、幸せなの!」
ありがとうございます、神様。今日も私は幸せです!
ここまでありがとうございました!
聖女リリーというリリアナの中の偶像をリリアナ自身が捨てたので、完璧令嬢レディローズと同じく聖女リリーももう人の記憶や幻想の中にしか存在しません。リリアナ・イノシーとして幸せになりました。
今後ですが、しばらく間を置いてからナンシー(ナナちゃん)視点編を連載します。物語の最後の展開の都合上出せなかったセス視点も気が向いたら番外編としていくつか書くかもしれません。
それからこれももう少し経ってから活動報告にて告知する事がありますので、よろしければ今後ともよろしくお願いします。
こおりあめ




