14.引きこもり
受験なんかなそっちのけにしてしまいたい衝動にかられるけどどうよ?
俺が家に久しぶりに帰ってきて4日が経つ。学校も始まり、いつもよりもずっと短い3学期が始まった。
クラスの生徒は少ない。1クラスに三十数名、それが7クラスあった俺らの学年は、今やたった28名のみしか残っていない。いったいどこの孤島の学校かと言いたくなるほどだ。
中学2年生といえば部活真っ盛りの時期だ。どうしようもなかったとはいえ、どうにも俺の心は煮え切らなかった。
「あれ?彼方、遥先輩知らないか?」
「ん?いや、そういえばいないみたいだな」
久々に部室として使う3-2のクラスには部長の姿がなかった。
いつも通り後輩2人が俺の方にもたれかかり、茜がそれに呆れた目を向けていたのだが、ヒロトの膝の上には部長の姿がなかった。
「咲、幸は?」
「「知りませんです」」
「そうか。じゃ茜は?」
「え…ええと。その…あのね?」
茜は何かを言おうとしているようだが、それを口にすることは難しいようで口をモゴモゴとさせている。
しばらくそうしていた後、ヒロトがしびれを切らして茜に問うた。
「部長…今学期に入ってから学校来ていないみたいなのよ」
「へ?」
「やっぱり…あんなことがあったからかな?」
ヒロトは苦い顔をする。
普通に考えてみれば至極当然のことだった。俺が人を殺したくないと思ったように、人が死ぬのを目撃するのは何かとくるものがあるのだろう。一般的に人が死ぬのを見て、その上自分も生命の危機に瀕する目にあったのである。塞ぎ込んだりしても不思議ではない。
ここにいるみんなだって、未だにそのことを忘れられずにいるようだった。茜は暗い顔、ヒロトは苦虫を潰すような顔、後輩2人は不安に満ちた顔をそれぞれ浮かべている。そう簡単に割り切れるようなものではないものだ。目の前で知り合いが死ぬのを想像してみるといい。間違いなくトラウマになるのが予想できるはずだ。
今学校に来れているのは俺らと帰宅部と学校に来ていなかった3年と不登校のみ。そのうちあの光景を見て生き残ったのは俺ら超能力部だけ。仕方のないことだとは思う。その感情を分け合える人が少なすぎるのである。これじゃいつまで経っても良くならない。俺のような荒治療でもされない限りは。
「これから部長の家に行ってみないか?」
「…あら、彼方から言い出すなんて珍しい」
「どうせこのままじゃらちがあかないだろ。それに部長のことも気になるし。何よりヒロトが、な?」
「そうね」
「「ヒロト先輩がいつもに増してアホ面してるです」」
ヒロトの方を見ると、俺らの話が何も耳に入っていないようであっちこっちに視線がさまよっている。きっとヒロトは相当部長のことを心配しているのだろう。なんだかんだでヒロトも部長のことが嫌いなわけではないのだ。いやむしろ好きな方であるはずだ。それが気にならないはずがない。
「おーい、ヒロト。聞こえてるかー」
「…え?あ、ああ。うん。聞いてるよ。で、なんだっけ?」
「それは聞いていないっていうのよ」
「あはは。ごめん」
「で、これから部長の家に行ってみようって話だ。様子見に行かないか?」
「そう…だね。行こうかな」
「よし。そうと決まればさっさと行くか」
俺らは学校指定のバッグを持って教室を出る。
靴を履き替えて学校の門で集合した。俺らは茜の道案内に従って部長の家を目指す。
…言い出した俺が部長の家を知らなかったのは飛んだ笑い話だとは思うよ。うん。
「へぇ…これが部長の家か」
「あれ?彼方って来たことなかったんだ。俺も茜も咲と幸もあるのにさ」
「…何その疎外感。しょげるわー」
俺とヒロトがそんな会話を交わす間に茜がドアの横にあるチャイムを鳴らす。ピンポーン…とありきたりな音がなった。
『どちらさまでしょう…?』
インターホンから母親と思われる声が聞こえてきた。その声は少し疲れて…いや、不安でいっぱいといった感じがした。
その声に茜が同じ部活の者であること、心配で様子を見に来たという旨を伝えると、少ししてドアが開いた。部長には兄弟などがいないが、姉と言われても信じてしまいそうなくらい若々しく見える女性がこちらを見ている。こちらを見てきたので俺らが軽くお辞儀をすると、中に招き入れられた。
「ごめんなさいね。こんなものしかなくて」
「いえいえ。突然お邪魔した私たちが悪いですから、お気になさらないでください」
茜が似合わない敬語を使って話す中、俺らはリビングにある椅子に腰掛けてお茶を飲んでいた。テーブルの上にはクッキーが置かれている。
その部屋に部長の姿はない。
「え、ええと…ところで遥先輩、の様子は?」
ヒロトがおどおどとしながらそう尋ねた。母親の様子を見るにあまり良くないイメージしか湧いてこない。
絞り出すように母親が答える。
「あれからずっと、部屋にこもっているのよ。食事は食べているみたいなのだけど…」
「それは、やっぱり…その、この間の事件が?」
「そう…ね。あの子、きっと相当ショックを受けていたのでしょうね」
母親のあまりに重い雰囲気に誰も口を開けなくなった。
本当に良くない状況なのだろう。あの部長がそんなことになるのなんて全く想像できないが。こうやっているのは母親と一緒にいたずらをしているだけであって欲しい、と強くそう願う。
「…あの子の部屋、行ってあげてくれませんか?」
母親がそう言った。俺らはそれに頷き、椅子から立ち上がって階段を上がる。
階段を上がった先の一番奥の部屋。そこが部長の部屋であるらしい。耳をすますが、物音一つしなかった。
母親が扉を軽くノックした。
「遥…部活のお友達が来てくれたわよ」
母親の声に返す声はなかった。
そして母親は軽く首を横に振り、「私は邪魔かもしれないわね」と言って階段を降りて行った。
茜が扉の前に立った。
『…済まないな、諸君』
中からぼそりとそんな言葉が聞こえた。部長の声はひどく弱々しい。
それから誰かが口を開く前にそっと扉が開いた。俺らをこうやって迎え入れてくれる部長はやっぱりすごいと思う。こういう時、普通は扉越しで話すのが限界だろうに…
「ぶ、部長…」
中から顔を出した部長の様子は、かなり悪かった。少し痩せたように見える。目は泣き腫らしたように少し赤かった。
俺らは部長に招かれて部屋に入った。そこそこの広さのある部屋で、ベッドにぬいぐるみが並んでいたり、綺麗に片付いていたり、壁紙が薄いピンクだったり、女の子らしいイメージを抱かせる。
「部長…大丈夫、ですか?」
「はははっ…君にはこれが大丈夫に見えるかね?」
「いや、見えないから言ってます」
各々が適当なスペースに座り、部長の方を見ている。
「どうして…学校に来ないのよ」
「思い出すからだろ。見知った人が簡単に消えて無くなるのを。俺はお前らぐらいしか特に仲良く話す奴がいなかったからいいが、部長は人気者だったしな…」
俺が部長が何かを言う前に口を挟む。俺だって同じ立場だったら、きっとそうだったと思う。
「…それだけでもないぞ。この私には力があったのに、守れなかったのだ。会わせる顔が…ない」
「それを言ったら俺が一番ですよ…だって、みんなを俺は危険な目にあわせたわけですし」
「ちょっと彼方っ!それはもういいでしょ。別に彼方が…悪いわけじゃないのに」
「そうだよ。何もできなかった俺なんか…」
「あー。悪い。話がこじれた」
この話題を出すのはやめよう。どうしてもこういった方向に話がそれる。結局みんな後悔してるのだ。今更ほじくり返す意味もないだろう。
「済まないな、諸君。迷惑をかけている」
「いや、部長は悪くない。悪いのはリベラリズムなんだから…」
言ってからまた余計なことを言ったと思った。みんなの表情が硬くなる。
「そ、そうよ。部長は何も悪くないじゃないの」
「そうです。部長は咲たちを守ってくれたのです」
「…そうか。ありがとう」
いつも気丈な部長が今は弱い女の子に見えた。
いや、本当はいつもそうなのかもしれない。ただ、そう振る舞っているだけで。部長だって”身体強化”という能力を持っているだけの普通の女の子なのだ。もしかしたら俺らがプレッシャーをかけていたのかもしれない。
「そういえば、今日はヒロトの膝の上じゃないですねー」
しんみりとした雰囲気になりそうだったので、俺は突拍子もなくそんなことを言った。
きっとこのまま暗い話をしていてもいいことはないと思っての行動だ。それを理解してくれたのか茜がのってくる。
「そう言われてみればそうね。きっとヒロトが寂しがってるわ」
「へ?あ、いや、その〜」
「「そうです」」
後輩2人はニヤニヤと悪い笑みをヒロトに向けている。
部長はといえば少しキョトンとした後、「いや、あの…その、だね…?」などとしどろもどろになっている。いつもならちゃっかりヒロトの膝の上に移動するのだが、今日はどうしたのだろうか?
「あれ…?遥先輩?」
ピットリくっ付かれることを予想し身構えていたヒロトから、疑問の声が上がった。
部長は動かず、ベッドに座っていた。茜が手招きされて部長のそばに寄る。茜の耳元で何かボソボソと言ったあと、茜が「ああ〜」と納得し俺らの方を見た。
「みんな、お風呂に行くわよ」
「…は?」
「聞こえなかったの?みんなで銭湯に行くって言ったのよ」
「いやいや、どうしてそうなった?」
「うるさいわね。早く行くわよ。家に帰って準備してきなさい!ほら、早く!」
「え、えぇー…一体なんだよ」
部屋から押し出されて俺らは結局部長の家を出た。
母親が茜と少し話したあと、すごく嬉しそうだった。
* * *
カラン…と、風呂桶が転がり音が響く。
結局みんなで銭湯に来ていた。
「ずいぶん久しぶりだな…」
「そうだね。彼方とくるのは小学校低学年のとき以来じゃないか?」
「んー…そうだな」
俺らは檜風呂に浸かりながらそんなことを話す。
小学校の頃、ヒロトとヒロトの父親と一緒にここに来たことがある。うちの父さんは忙しくて滅多に帰ってこないため、仲良くしていたヒロトの父が連れて来てくれたことがあるのだ。
よく遊びに行っていたせいかヒロトの父にはよくしてもらっている。ヒロトの家は剣道の道場をやっていて、ヒロトの父と顔をあわせることが多かったのも理由の一つだと思う。
「彼方…」
「ん?どうかしたか?」
「その傷、一体どうしたのさ?」
「あ、ああ。ちょっとな」
さっきからヒロトが俺の体を見ていると思えばそういうことか。
冠が治療をさせなかったせいで俺の体には切り傷やすり傷などの傷跡が大量に残っている。治療すると、鍛えた分の筋肉が超回復で増えるのではなく、元の状態に戻る。だから訓練した意味がなくなってしまうのだ。そのためよほど酷い怪我をした時以外は治療してもらえなかったために、俺の体には大量の傷跡が残ることとなっていた。まぁ、男だし傷跡があっても困らないから俺は別に気にしていない。
「ちょっとって絶対おかしいでしょ。それは斬られた跡、そっちはやけど、そっちは銃か何かで撃たれたみたいじゃん…」
「まぁ、実際そうだしな」
「ねぇ彼方、一体何をしてたのさ?」
「特訓だ。もう二度とみんなをあんな目にあわせないために強くならないといけないから」
「…っ!そ、それは彼方だけが背負う必要なんて」
「ああ、ないな。でも俺はそうしたいからそうする。ヒロトだってそうだろ?全身が痣だらけだぞ」
ヒロトの体を見るに、おそらくヒロトの父に鍛えられていたのだろう。剣道の竹刀の形がくっきりと残っていた。
「こ、これは…その」
「俺もヒロトも前回は役に立てなかった。次は…というかこないで欲しいけど、みんなを俺らで守ればいいだろ?」
「…そう、だね。うん。一緒に頑張ろう」
「おうよ」
「でも、そんなに傷を負うのはおかしいと思うけどね〜」
「ははっ…師匠が厳しいから、な?」
俺は訓練を思い出して苦笑いを浮かべる。
ちょっと失敗すると蹴り飛ばされ、死にそうになるまで一切助けてくれないし、体の限界まできついトレーニングを課せられ、マジで死を覚悟させられたことが何度あったことか…
「それは…しょうがないね。俺もだからさ」
「だよな。ヒロトの父さん剣道のことだけは厳しいからな」
見たことしかないが、ヒロトの父さんは師範代として剣道を教える時だけは人が変わったように厳しくなる。あれはマジで鬼かと思うぐらい怖い。ちゃんと指導してくれるからいい師範代であることはわかるが、礼儀がなっていないと竹刀で思い切り叩かれたりしてやばい。
「そうだね。ところで彼方は誰に?」
「あー…秘密だ」
冠に教わったとは口が裂けても言えない。
あとで調べて初めて知ったが、今でこそ冠は英雄軍でもほとんど知られていないような人物だが昔は超有名人だった。実質父さんよりも偉かった時すらあった。それがどうしてあんな状況になったのかはよく知らないが、小耳に挟んだ話ではペアを組んでいた人が死んでからああなったらしい。そのうち調べてみようと思っている。
とにかくそんな人に教わっていたなどと話せば、あとでうるさいにきまっている。
「なにさ。気になるじゃないか」
「秘密なんだよー」
「ええ〜。いいじゃないか、教えてくれたってさ」
俺はヒロトの質問をはぐらかしつつ、のんびりと風呂に浸かった。
たまにはこういうのも悪くないかもしれない。




