友達→旅行
週末がやってきた。本館に俺と執事長、葵さんが呼び出された。
「準備はできたかしら?」
少しニヤついた顔で俺に聞いてくる。
「ええ、まあなんとか」
とりあえず、衣服と金さえあれば大丈夫だよな?
「山田も呼んだはずなのだけれど」
「彼なら侵入者用のトラバサミにはさまれてたわよ。しばらく出られそうになかったわ」
と葵さんが答える。助けるという選択肢はなかったらしい。
「……まあいいわ。山田には行き先と宿泊する場所を伝えてあるから、いつかは合流できるでしょう」
それじゃあ現地集合じゃねえか。でも、一緒に来て不幸に巻き込まれて行けなくなるよりかはマシか。
「それでは、そろそろ出発しましょうか」
執事長が仕切る。
「ちょっと待てくれ、俺はまだ行き先が東京ということ以外何も知らされていないんだが……」
「それは行きの車で説明しますよ」
「車で行くのか? 電車に乗った方が早いんじゃないのか?」
「それはそうなんですが、お嬢様を電車に乗せるのには不安がありますので」
「なるほど、納得です」
そりゃあ、なに仕出かすかわからないからな。
「失礼ね。私だって電車くらい乗れるわよ。でも執事長が心配性だから……」
「ええ、とても心配です。智久君、意味わかりますよね?」
「はい、わかります」
2人でニヤリとした。
「……もう知らない」
お嬢様がいじけてしまった。拗ねた顔がかわいいくてドキッとしたのは内緒。
「すみません、お嬢様。パーキングエリアで好きなもの買っていいですから、機嫌を直してください」
執事長がお嬢様のご機嫌をとりにかかる。
「……本当に?」
「はい」
「じゃあ、許してあげる」
「ありがとうございます」
なんだかんだでいいコンビじゃないか、この2人。
「では行きましょうか」
執事長に言われて、俺たちは外に停車している車へ向かった。
「で、いったい東京のどこへ行くんだ?」
俺はずっと気になっていたことを口にする。
「秋葉原ですよ」
運転しながら執事長が答える。
「誰の希望ですか?」
「葵ちゃんです」
これは意外。
「理由はやっぱりアニメ系ですか?」
「ええ、そうです。実はああ見えてアニメ大好きなんですよ」
葵さんにそんな趣味があったとは。
「聞こえてますよ、執事長」
葵さんが怒ったような口調で言う。
「おやおや、これは失敬」
執事長はおどけたような口調で言った。
「そういえば、俺が誘拐された時に車を運転してたのって執事長ですよね?」
葵さんを怒らせるとナイフが飛んでくるので、慌てて話題を変える。
「ええ。あの時は嫌々でしたがね」
お嬢様の前でこんなこと言っていいのか、と思って彼女の方を見ると気持ち良さそうに眠っていた。時々、寝息が聞こえてくる。寝顔がかわいいな、と思ったのは内緒。
「なぜですか?」
再び執事長の方へ向く。
「智久君の誘拐に反対だったからですよ」
良かった、常識人が1人はいた。
「むしろ賛成していた人を聞きたいんですが……」
「それはお嬢様だけですよ」
一番肝心な人が常識人ではなかった。
「今更ですけど、なんとかならなかったんですか?」
「お嬢様が実行しないと使用人全員クビだ、と言って聞かなくなってしまったんですよ。それでやむなく……本当に申し訳ありませんでした」
「そんな、執事長は何も悪くありませんよ!」
「そう言っていただけると助かります。今思えば、僕がどんな手を使ってでも止めるべきだったのでしょう」
彼は悔しそうな顔で言った。
「その気持ちだけで十分です。もし同じ状況に立たされたら、俺も止められなかったでしょうから」
止められなかった彼を責めるのはお門違いだ。そう思ってフォローする。
「ありがとう。けど、お嬢様を責めないでください。彼女は彼女なりの苦労があるんです、それでも誘拐をしていい理由にはならないのですが……」
「ええ、わかってますよ」
そう言って微笑んだ。
パーキングエリアで休憩を取ることになった。
「さあ、お嬢様、好きなものを買っていいですよ」
「わかったわ。じゃあまずはあっちのたこ焼きが食べたいわ」
「かしこまりました」
そう言って屋台のある方へ向かって行く2人。
「智久はどうする?」
葵さんに聞かれた。
「車内に残りますよ。特に欲しいものもありませんし」
「ならちょうどいいわ。あなたに話したいことがあったから」
俺に話したいこと? いったいなんだろう?
「まず、あなたを誘拐したことについて。今更かもしれないけど、本当にごめんなさい」
謝られた。驚きで声が出ない。
「そんな意外そうな顔されると困るのだけれど……」
「すいません、いきなりすぎてびっくりしちゃいました、でもなぜ謝るんですか? 葵さんもこの誘拐には反対していたのでしょう?」
「私だって、お嬢様を止められなかったことを悪いと思ってるのよ。あなたを脅すなんてことも、本当はしたくなかった。でも、私はお嬢様に逆らうことができなかった」
葵さんが泣きそうな顔で言う。本当に後悔しているみたいだ。
「実はね、私捨て子たっだのよ」
衝撃のカミングアウト。そして、葵さんは自らの過去を語り始めた。
「その時の記憶はないのだけれど、当時私はダンボールに入れられて捨てられていたそうだったわ。でも、そんな私をお嬢様が拾ってくれた。それからは身の周りの世話もしてもらったし、学校へ行くための学費も全てだしてもらったわ。もしあの時、お嬢様に拾われていなかったら、私は今まで生きていなかったかもしれないの」
なんというか、もう言葉が出ない。
「だから私はお嬢様へ恩返しするためにメイドになったの。お嬢様のどんな命令やわがままにも付き合ってきたわ。それが私の使命だと思っていたから。でも、あなたを誘拐しろという命令を受けた時、初めて迷いが生じた。お嬢様を止めなきゃいけないという気持ちとお嬢様には逆らえないという気持ち。私は最後まで悩んだわ」
葵さんの顔からは涙がこぼれていた。
「でも、最後はお嬢様に従ってしまった。本当に……本当にごめんなさい……」
葵さんは泣き崩れた。見ていられなくなって声を掛けようとしたその時、
「ただいま〜、って、な、なにやってんのよ智久!? 葵泣かせるなんてどういうつもり!?」
車のドアが開いてお嬢様が入ってきた。手にはたこ焼きの入ったパックを持っている。
「え!? いやあのこれは色々と事情が……」
「言い訳無用! 罰としてたこ焼きもう1パック買ってきなさーい!」
「は、はいっ!」
余程たこ焼きが気に入ったようだ。俺は慌てて車から出ていく。
「タイミングが悪かったようですね、申し訳ない」
すれ違いざま、執事長に謝られた。本当だよ、まったく……
パーキングエリアを出て数時間後、宿泊先のホテル「アンダーソン」に到着。……もしかして。
「お察しの通り、ここはアンダーソン学園長が経営しているホテルです」
執事長に悟られてしまった。そんな顔してたか、俺。
「なんでこのホテルを選んだんだ?」
「サービスが良いだとか部屋が広くて快適だとか理由はありますが、最大の理由は宿泊費ですね。この系列のホテルはアンダーソン学園の生徒だと半額にしてくれるんです」
よく経営が成り立ってるな、このホテル。
「さあ、長時間車に乗っていてみなさんお疲れでしょうから、早速部屋に行きましょう」
そう言われて俺たちは部屋に向かった。
それぞれ個人の部屋に荷物を置いた後、俺たちは広間に集まった。
「さて、ここからは自由行動になります。みなさん行きたい所へ行っていただいてかまいません。ただし、あまり夜遅くまでいないようにしてくださいね」
執事長がそう言った瞬間、各人明後日の方向へ散って行った。俺も行きかけたが、
「智久君、待ってください」
執事長に止められてしまった。
「少し話したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、かまいませんが……」
特に行きたいところはないしな。
「では私の部屋で話しましょう」
そう言われて執事長の部屋へと向かった。
「話したいことというのは、お嬢様の過去についてです」
執事長そう言うとは神妙な面持ちで語り始めた。
「昔、お嬢様にはお姉さんがいました。それはそれはとても美しい方で、妹であるお嬢様を大層可愛がられていました。お嬢様もお姉さんのことが大好きで、2人はとても仲が良かったのです。しかし……ある日彼女は不幸にも交通事故でお亡くなりになられました。それ以来、お嬢様はこちらが見ていられないほど、みるみる生気を失っていきました。僕たちはなんとか彼女を励まそうとしましたが、ダメでした」
え? でも今はあんなに明るく振る舞っているじゃないか?
「しかし、ある日を境にお嬢様は明るく振る舞うようになりました。僕たちは最初空元気ではないかと思いました。でも、彼女はそれをやめることはおろか、僕たちに甘えるようになったんです。もちろん、僕たちはそれに全力で応えました。ただ、今思うと少し甘やかし過ぎたのかもしれません。そのせいであんな性格になってしまったんでしょうね」
執事長は自虐気味に笑った。
「なるほど、そんなことがあったのか……なあ、そのお嬢様が変わったきっかけは何だったんだ?」
俺は思ったことを口にする。
「わかりません。僕も一度お嬢様に聞いてみたのですが、教えてもらえませんでした」
そうなのか、それは残念。
しかし、お嬢様にそんな過去があったとはね……しかし、そんな彼女を変えた人物とはいったい誰だったのだろうか。すごく気になる。
「長話になってしまいましたね。ただ、あなたに知っておいてほしかったんです」
執事長は申し訳なさそうに言った。
その直後、葵さんが必死の形相で部屋に入ってきた。
「執事長! お嬢様が……! お嬢様が……!」
「落ち着いてください、葵。お嬢様がどうしたんですか?」
「お嬢様が……誘拐されたの!」
執事長の顔つきが険しくなった。




