旅行→決意
「どういう状況で誘拐されたのですか?」
執事長が葵さんに聞く。
「一緒に歩いていたらいきなり車が近づいてきて、強引にお嬢様を乗せて連れ去っていったの。一瞬のできごとでなにもできなかったわ」
悔しそうに唇を噛む葵さん
「では、まずはお嬢様の居場所を突き止めましょう」
そう言って携帯を取り出す執事長。どうやら携帯のGPSで位置を割り出すつもりらしい。
「なるほど、そういうことですか……」
「どこにいるかわかったんですか!?」
「ええ、どうやら彼らは僕たちの屋敷に向かっているようです。恐らく、そこで立てこもるつもりでしょう」
もし犯人が屋敷に立てこもられたら厄介なことになる。早く助けなければ。
「執事長、早く追いかけましょう」
「もちろん、そのつもりです」
そう言って俺たちは車に向かって走り始めた。
公園で1人の少女が泣いていた。
「どうして泣いているんだい?」
僕は彼女にそう聞いた。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんがいなくなっちゃったの……」
彼女は泣きながらそう言った。
「そのお姉ちゃんはどこにいるの?」
「もう帰ってこないの……」
彼女はもっと泣き出してしまった。
「そうか……」
僕はどう声を掛けていいのかわからなかった。
俺たちは車に急いで乗り込むと、物凄いスピードで発進した。今までに経験したことのないGがかかる。
「智久君、葵ちゃん、大丈夫ですか? ちょっとばかし飛ばしますので覚悟しておいてください」
そういうとさらにスピードを上げる執事長。全然ちょっとじゃない。
目の前の景色がとんでもない速さで過ぎていく。どんだけ飛ばすんだ、執事長。
「久しぶりに燃えてきました。このまま飛ばしていきますよ!」
普段冷静な執事長がここまで熱くなるとは……本当にお嬢様のことを大切に思っているんだなぁと感じる。
「執事長、本当に犯人の車に追いつけるんですか?」
「大丈夫です! なんとかなりますよ、いえ、なんとかします!」
僕はまた公園で泣いている少女に出会った。
「どうして泣いているの?」
前と同じく聞いてみる。
「前に言ったじゃない。お姉ちゃんがいなくなっちゃったの」
彼女は泣きながらそう言った。
「どんな人だったの?」
「とっても面白くて、とっても優しくて、大好きな人だったの。でも……今はもういない」
彼女はもっと泣き出してしまった。
「なら、お姉さんは今の君を見てどう思うかな?」
「え?」
「お姉さんはきっと、君のことをどこか遠くで見ているんだ。でも、今の君は泣いてばかりいる。それが悪いことだとは言わないけど、きっとお姉さんは心配で困っちゃうんじゃないかな?」
「お姉ちゃんが……困っちゃう?」
「そうさ。今の君はお姉さんを困らしてしまうんだ。お姉さんを困らせてしまうのは嫌だよね?」
「うん」
「じゃあ、お姉さんを困らせない方法を教えて上げようか?」」
「うん、教えて!」
「簡単なことだよ。明るく笑顔でいれば良いのさ」
「明るく……笑顔で?」
「そうさ、どんな辛いことがあっても明るく笑顔でいる。それだけで、君のお姉さんは困らなくなるんだ」
「本当に?」
「ああ、本当さ」
「わかった! 私、明るく笑顔でいる!」
彼女は初めて僕に笑顔を見せた。
「ねえ、あなたの名前は?」
名前を聞かれた。
「僕? 僕は上村智久っていうんだ。君の名前は?」
「私は一ノ瀬優華。よろしくね。」
「うん、よろしく。じゃあ僕はこれで」
「待って! ……ねえ、将来私の執事になってくれない?」
しつじ? しつじってなんだろう……?
「うん、いいよ!」
「絶対だからね!」
嬉しそうな笑顔。しつじっていうのがなんなのかはわからないけど、まあ彼女が喜んでくれればそれで良いや。
「いました! あの車です!」
猛スピードで走り続けること2時間、執事長が指したのは前方を走っている黒いスポーツカー。どうやらその車内にお嬢様がいるらしい。
「どうしますか、執事長!?」
「お嬢様には悪いですが、ぶつけてやりましょう!」
おい! いいのかそれで!?
執事長はスピードを保ったまま、一気に車体をその車の隣へ付け、そのまま体当たりを喰らわす。凄い衝撃が車内を襲う。
黒いスポーツカーは体当たりされて吹っ飛んで行ったものの、何事もなかったかのように再び走り始めた。
「なかなか頑丈なようですね、ならもう一度ぶつけるまでです!」
再びスピードを上げて迫る。しかし、相手も勘づいたのか、その車もスピードを上げて逃げる。距離がなかなか縮まらない。
「しばらくはついていくしかありませんね。相手も流石にこのスピードを維持し続けるのは不可能でしょうから」
ここからは我慢比べだ。
と思っていたら、後ろからバイクが来て、こちらの車を抜いていった。速い!
「お嬢様を返せえええええ!!!!!」
バイクに乗っていた人物が叫んだと思ったら、そのまま飛び立った! そして黒いスポーツカーにへばりつく! 衝撃でヘルメットが吹っ飛んで素顔があらわになる。あれは……山田!?
山田がへばりついた瞬間、その車のタイヤがバーストした。操縦不能になった車はそのままガードレールに突っ込んで止まった。山田パワー恐るべし。
ボロボロになった車の隣にこちらの車を停止させ、様子をうかがっていると、そこから黒いスーツを着込んだ男たちが出てきた。こちらも車から降りると、突然襲いかかってきた!
「まさか僕らに勝てると思っているんですか?」
そう言いながら怯むことなく相手に向かっていく執事長。相手の右ストレートを避わすと、目にも止まらぬ速さで拳を繰り出す。それをモロに喰らった男はその場にぐったりと倒れた。
「私も舐められたものね」
葵さんはどこからか日本刀を取り出し、襲いかかってくる男たちを容赦なく斬っていく。もはや突っ込むまい。
「俺も戦わなきゃな……」
とつぶやきながら、こちらへ向かってくる男に対して、ローリングソバットを決めてやった。豪快に吹っ飛ぶ男。我ながら綺麗に決まったものである。
「これで任務完了ですね。あとは智久君、頼みましたよ」
「そうね、ここは白馬の王子様に任せましょうか」
そう言って車に戻る2人。まったく、面倒事は俺任せかよ。
「お嬢様、ご無事ですか?」
車に乗り込むと、そこには不機嫌そうなお嬢様がいた。
「……もう少しスマートに助けられなかったのかしら?」
うわー、やっぱりめっちゃ怒ってるよ。
「申し訳ありません、執事長がこうするしかないと聞かなかったもので……」
執事長のせいにしておく。俺だって命は惜しい。
「まあいいわ。それよりも、あなたに大切な話があるの」
俺に? いったいなんだろうか?
「まずは助けてくれてありがとう。感謝するわ」
恥ずかしそうに言うお嬢様。彼女がお礼を言うなんて……正直びっくりだ。
「お礼にっていうのも変なのだけれど、あなたを誘拐した本当の理由を話すわ」
「それってお嬢様の気まぐれではなかったのですか?」
「ええ。実は昔、私とあなたは昔一度出会っているのよ。公園で私が泣いていたのを覚えていない?」
公園で泣いている少女……まさか。
「あの時の女の子!? お嬢様が!?」
マジか……
「そうよ。それで、あの時の約束を覚えているかしら?」
「確か……将来私の執事になってくれ、でしたっけ?」
「ええ。それ以来、私はあなたをずっと探していた。そしてある時、やっと見つけたの。」
「そうだったんですか……でも、どうして誘拐なんてしたんですか? もっと他に方法はあったでしょう?」
「あなたに拒否されるのが怖かったの。それであなたが拒否できないような方法をとってしまった……それは本当に申し訳ないと思っているの」
泣きそうな顔で言う。お嬢様のこんな顔を見るのは初めてだ。
「いつかあなたに本当のことを話そうってずっと思ってた、でもあなたに拒否されたらどうしようって考えると言いだせなかった。その結果、あなたにこれだけの迷惑を掛けてしまった。だから、あなたに今決めてほししいの。執事を続けるのか、それとも辞めて元いた場所に戻るかをね」
「本当に……決めても良いんですか?」
「ええ、覚悟はできているわ。だから決めて頂戴。そうしたら、私も諦めがつくだろうから」
もうお嬢様は泣き崩れそうだ。そんな彼女を、俺はグッと抱きしめた。
「えっ……?」
「そんなこと……言わないでください、お嬢様。執事を続けるに、決まってるじゃないですか……」
俺は執事をやっていて気付いた。俺は彼女を護りたいんだ。だから――
「俺は……お嬢様のことが好きなんですから!」
告白した。もちろん、人生初である。
「……ありがとう。私もあなたのことが好きよ」
彼女はそう言って笑った。そして、お互いに距離を縮めていって……
俺たちは、キスをした。
「これからもよろしくね、智久」
「かしこまりました、優華お嬢様」
そう言って、2人は笑顔で見つめあった。
「おやおや、僕たちがいないことを良いことになにやってるんですかねえ」
「そうね、抱き合った上に、まさかキスまでしちゃうなんて……」
「きゃあ!」
「うわあ!」
慌てて距離をとる俺とお嬢様。
「俺はお嬢様のことが好きなんですから!」
「ありがとう。私もあなたのことが好きよ」
俺の告白シーンを真似する執事長と葵さん。恥ずかしいからやめてほしい。お嬢様も、恥ずかしそうに顔をうつむかせている。
「いや〜、初々しかったですよ。ごちそうさまでした」
「できることなら何度でも見たいわね」
そう言ってからかう2人。完全に面白がってるよ。
「仁、葵、これ以上からかうと本気で切れるわよ」
「でも、智久君のこと好きなんでしょう?」
執事長に聞かれて、一瞬にして顔が真っ赤になるお嬢様。
「あら、好きじゃなくて大好きなのかしら?」
葵さんにも聞かれ、耳まで真っ赤になるお嬢様。俺だって恥ずかしいよ。
「も、もう許さないんだから!」
「怒っちゃいました、こうなったら逃げるしかありませんね」
「そうね」
そうして執事長&葵さんとお嬢様の追いかけっこが始まった。
「まったく、二人ともからかいすぎよ」
お嬢様が顔を赤くしながら言う。執事長と葵さんは正座。
「ま、まあ2人もそこまで悪気があってやったわけじゃないですから許してあげてください、ね」
「まあ智久が言うなら……///」
「まーたデレデレしちゃって……」
「葵!」
「すいませんでした」
せっかくお嬢様の怒りを鎮めようとしているのに、これじゃ逆効果だ。
「お嬢様、怒っている顔はよくありませんよ? 智久君の前ではあんなにいい笑顔ができるのに」
ニヤニヤしながら執事長が言う。だから火に油を注ぐような真似は……
「仁、あなた殺されたいのかしら・・・?」
「すいませんでした」
言わんこっちゃない。
「2人とも、いい加減にしてください。お嬢様も落ち着いて」
これ以上暴走されては困るので、まずは場を収める。
「まずはホテルに戻りましょう。いつまでもここにいるわけにはいきませんから」
「それもそうね。長時間車に乗せられて疲れたわ」
だが懲りない2人は……
「そうですね、まだ体力は余らせておかないと」
「ホテルで第2ラウンドがありますものね」
もう知らん。
「ア、アンタたち、ホテルに着いたら覚悟してなさいよね……!」
車で数時間かけてホテルに到着。もう外は真っ暗だ。
「仁、これはどういうつもりかしら?」
お嬢様が怒りに震えながら尋ねる。
「どういうつもり、とは?」
とぼける執事長。
「なんで私と智久が一緒の部屋になってるのよ! しかもダブルベッドってどういうこと!?」
「いや〜、ここまで準備してもらうのは大変でしたよ。でも、アンダーソン学園長に事情を話したらなんとかしてくれました」
学園長、相変わらず人が良すぎる……でも今はそれが憎い……!
「ではでは、お二方、どうぞごゆっくりお休みください」
「防音はしっかりしているから大丈夫よ」
執事長と葵さんはニヤニヤしながら自分たちの部屋へ戻っていった。
「待ちなさい! まだ話は終わってないわよ! ……まったく、なんてことをしてくれたのかしら」
「お嬢様、とりあえず部屋に戻りましょうか」
「仕方ないわね」
そう言って2人同じ部屋に入る。
「お嬢様、いくらなんでもやっぱり2人きりというのは……」
「わ、私だってマズいと思うわよ……でも、智久が一緒なら///」
「お、俺も、お嬢様と一緒なら///」
恥ずかしさのせいか、顔が熱い。
「ね、ねえ……」
「な、なんでしょうか?」
「2人きりの時は、優華、って呼んで……?」
「い、良いんですか?」
「うん……」
「じゃ、じゃあいきますよ? 優華」
「///」
恥ずかしがるお嬢様。俺だって恥ずかしいよ。
しばらく沈黙が続いた後。
「ね、ねえ……」
「な、なんでしょうか?」
「また、キス、しない……?」
真っ赤に染まった顔で言うお嬢様。はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。
「お、俺で良ければ……」
そう言って、ゆっくりと顔を近づける2人。そして、唇が重なり合う。
「あ、ありがとう///」
「そ、そんな、お礼なんて///」
ああ、今なら恥ずかしさで死ねる。そう思った。
「そ、そろそろ寝ましょ! 明日起きれなくなっちゃう」
「そ、そうですね! 早く寝ないと!」
恥ずかしさを誤魔化すために声を出す。しかし、2人が見つめる先にはダブルベッドが1つ。……どうしろと?
「お、俺は床で寝ますよ、お嬢様はベッドで寝てください」
「で、でも!」
「気にしなくて良いですよ! 慣れてますから!」
「違うの! 一緒に寝てほしいの!」
……えっ?
「い、良いんですか、俺と一緒で……?」
「一緒がいいの///」
ヤバい。可愛すぎて理性が持たん。
「か、かしこまりました……」
まずはお嬢様がベッドに入る。そして、俺も一緒のベッドに入る。
「と、智久、もっとこっちに来て……?」
「で、でもお嬢様……」
「嫌なの……?」
「と、とんでもない!」
少しだけ距離を縮める。す、凄い緊張する……
「ねえ」
「なんでしょう」
「大好き///」
お嬢様が抱きついてきた。
「俺も大好きです///」
そう言って俺も抱き返す。そして、再びキスをする。
「おやすみなさい、智久」
「はい、おやすみなさい、優華」
次の日の朝。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
執事長がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「どこまで知ってるんですか?」
「キスを3回したくらいでしょうか」
全部知ってんじゃねえか。
「で、今日はどこへ行くんだ?」
「みんなで秋葉原へ行こうかと。まあ、本当は2人きりの方が良かったのかもしれませんが」
ニヤニヤするな。そんなに俺をからかうのが楽しいのか。
「では、準備ができたら広間に来てください」
そう言って部屋に戻っていった。まったく、あの告白以降、生き生きしてやがる。
「ゆうべはおたのしみだったかしら?」
部屋に戻る途中、葵さんにも声を掛けられた。というか、執事長と言うこと同じかよ。
「葵さんも昨日のこと全部知ってるんですよね、はぁ……」
「学園長が隠しカメラを仕掛けておいてくれたのよ。それにしても、お嬢様があそこまで大胆に攻めるとは思わなかったわ」
学園長……貴様なんてことを!
「それ、お嬢様には言ったんですか?」
「ええ、言ったわよ。そしたら学園長に怒りの電話を入れてたわ」
そりゃそうだろ。俺は我慢している方である。
「そういえば、今日はみんなで秋葉原に行くんだったわね。気が利かなくてごめんなさい、でも2人きりだと危ないから勘弁してね」
とりあえず謝らなくて良い。執事長だけでなく、葵さんまで生き生きしている。
秋葉原でアホみたいに遊んだ後、ホテルへ戻り、帰り支度を済ませる。
「さて、明日はまた学園がありますので、早く帰りますよ」
執事長に言われてさっさと車に乗り込む。
「明日からの学園が楽しみだわね」
「ええ、とても楽しみです」
ニヤニヤしながらこちらを向いて話す2人。非常にウザい。
「バカなこと言ってないで早く行くわよ」
お嬢様がどうでもよさそうに言う。
「かしこまりました。では出発しましょうか」
車で数時間かけて、屋敷に到着。
「やっと帰ってきたわね。思えば色々あったわ……」
「智久君が告白したり……」
「お嬢様が大胆に攻めたり……」
「や、やめてくださいよ///」
「だ、大胆に攻めてなんか……」
「だって、ねえ〜」
「明らかにお嬢様が誘惑していたじゃないですか〜」
相変わらずこの2人は反省しない。
「い、いい加減にしなさーい!」
「わー、お嬢様が怒った、逃げろ〜」
「逃げろ逃げろ〜」
「待ちなさーい! 絶対に許さないんだから!」
また執事長&葵さんとお嬢様の追いかけっこが始まった。
これからもこんなことが続くのだろうな。でもまあ、こんな日常も悪くないかなと思った。
〈了〉




