導かれる縁
おかしい。この状況はどう考えてもおかしい。
ティアは表情をなくしたまま、やけに良い姿勢で硬直している――ように見えて、もくもくと口だけは一生懸命動いていた。
赤いテーブルクロスがしかれたおしゃれな目の前の食卓には、シンプルで丈夫な白い皿が並べられ、色とりどりの菓子や小さなサンドイッチが鎮座している。ラインナップを眺めているに、気のせいだろうか、前にティアの反応が良かったものが特に強調され配置されている気がしないこともない。もちろん新たな種類のものも置いてはあるのだが。
広い机の向かい側――向かい側というか、あちら側という方が正しいぐらいの距離感ではある――には、今日も眉間のしわが深い赤薔薇の騎士団長が座り、神妙に両手を組んでじっとティアに熱いまなざしをおくっている。
「どうだ」
「美味しいです。端っこはぱりぱりしていて、白い部分は柔らかくて。全体的にさくさくしてます」
「ふむ……さくさく、か。白い方はどうだ」
「もちもちします」
「もちもちは嫌か」
「さくさくの方が好きです」
「わかった」
ウェスリーが追求をやめたのでティアはまた別の塊に手を出す。すると右から手が伸びてきて、ティアの取ろうとした赤いゼリーをかすめ取っていってしまう。
「ヘイスティングズ」
たしなめるような赤薔薇の声に、黄薔薇は大きく開けた口にゼリーを放り込んでしまってから答える。
「別にいいじゃないですか。まだあるんだし」
「行儀が悪いぞ。お前今わざとやっただろう」
「たまたまですよ。あ、もちもちは少しくどいと私も思う」
「……む」
ティアとウェスリー、両方から物言いたげな目でにらまれても、ヘイスティングズは涼しい顔で自由気ままに好きな物に手を伸ばしては実に美味しそうな顔でほおばっている。
「まあ、こういうとき優雅に確保も奪い返すこともできず、さりとて水に流す度量の大きさもない。新人殿の不足の方が目立つところですね。これもまた修行です、ティア=テュフォン」
菓子や軽食をつまんでご満悦のヘイスティングズの向かい側、つまり左側から聞こえてきた声に、ティアは師父に向けていたのよりもさらに険しい顔つきになる。黒龍からの非常に強い視線攻撃を受けても、黄薔薇団長以上にどこ吹く風でしらっとしている知人は、妙に手慣れた動作でプディングを口に運んでいる。
言葉がうるさいし、お前は別に食べる必要ないだろう、それ。というか食べてることになるのか。
(ナイトメアだってこういう食事もしますよ? 君たちヒト種が葉巻ふかせんのとかと似たようなもんです。生きていくために必ずしも必要なわけではないが、暇つぶしにはなる。一種の趣味ですよ、趣味。あ、代謝や吸収・排出のメカニズムについてはお食事中ですしノーコメントで)
頭の中でうなっていると、このように瞬時に脳内に直接答えが返ってくる。
「ジーク。ジャムはどうだ、ジャムは」
「……ジャムのわりに、あんまり甘くないです」
「砂糖が少なすぎたか」
「そんなものまで手作りし始めたんですか……」
余計に顔を厳しくして鬼のような形相になりかけるティアだったが、赤薔薇団長が次に食べてほしいものとその感想について打診してきたので諸々リセットされる。単純な黒龍は、あまり同時にいろいろこなせるタイプではない。ウェスリーの注意が師父の方にそれたところで、さっきまでの口論を思い出す。
(そもそも、師父はまだともかくとして、なんでお前がここにいるんだ!)
(なんででしょうね? 当ててみたらどうです? いいことあるかもしれませんよ)
(わからないから聞いている)
(僕、君と違って頭回りますし、顔も広いですからぁ)
「ん。ウェスリー様、これ新作ですね」
「そうだ。ベリーが余っているらしくてな。もらってきたからムースにしてみようかと」
「相変わらず凝り性ですねえ。どれ、お味はっと……」
「私にもとってくれ」
「自分でやってください。あなた図体でかいんだから届くでしょ」
ティアをテレパシーであおりながら、同時に団長達と当然のように会話を交わしている器用なセオドア=ヒューズ、もといフレイヤ=バタフライである。今日この格好を見て久しぶりに思い出した。ナイトメアは男女どちらにも化けることができるんだったのだ。どちらかというと男姿で活動している所ばかり見るので、女姿のこいつを見つめていると非常に激しい違和感にさいなまれる。
ちなみに今日のフレイヤはこれまた珍しく、露出度の低いごくごく普通の侍女服を着ている。団長二人の前だから自重しているのか、媚びを売るべき相手でないから安売りしてないのか、解釈には迷うところだ。別にどっちだろうと関係ないと言ってしまえばそれまでだが。
(君と違って僕は空気が読めますから。ナイトメアだけに)
イラッとした。腹いせに似非侍女がさっき手を伸ばしていた新作ムースとやらに手を伸ばす。
ふんわり甘く口溶けするが、弾力のある泡のような食感だった。癒やされた。ティアの怒りは緩和され、緩んだ思考は状況整理と言う名の過去回想に飛んでいく。
見回りの仕事を終え、今日も特に何事も異常なく平和に終えて部屋に帰ろうという頃合い、ティアは師父に捕まり、まあちょっと一緒に来いと首根っこをつかまれてひきずられていかれた。最初は抵抗も考えたが、「ウェスリーが茶会に呼んでいるので一緒に行こう」と言われると大人しくなる。ちょうど昼の鍋料理がいまいち希望分を食べることができずに消化不良だったこともあり、ティアは師父や団長の権力と食欲にわかりやすく屈した。普段いかめしく貫禄のある姿の割に、せっせと物を食べさせてくれるウェスリーに、密かに自分の義理の父親の姿を重ねて急速に親近感を高めている部分も無意識ながら影響している。
が、さてメニューはなんだろうかとほくほくしながら連れて行かれたその先で、まさか先着として知人がおすまし顔で既に甘味と茶を楽しんでいる光景が待っていようとは、考えつくはずがないではないか。しかもよりによって、よりによって、この男――違う今は女――なのである。
魚とレモンのさわやかなディップとさっくさくパンのハーモニーを楽しみつつも、ついつい思い出すとその横顔を凝視してしまう。
両団長の反応を見るに、単なる社交辞令のおつきあい以上に交流があるような気配がうかがえる。はたしてこのナイトメアは、どうやってこの師父二人と知り合い、距離を縮めたのか? 少なくともヘイスティングズとは、なんとなくのイメージだが互いに同族嫌悪していそうな予感もあったし……。
丸い女姿のシルエットを目でなんとなくなぞりながら、思う。
そうなのか。その姿ってことは、やっぱりこう、そうなのか。
思わず次の菓子に伸ばす手が止まり、視線を男二人と彼女(仮)の間で行ったり来たりさせてしまう。気がついたらしい侍女がちら、と緑の瞳の流し目を送ってくる。
(一応彼らの名誉のために言っておきますけど、赤薔薇団長も黄薔薇団長も無罪ですよ? 君、もうちょっと自分の師父も上官も信じなさい。色仕掛けで落ちる奴らじゃないです、このヒト達)
まあウェスリーは見るからにそうだろうが、師父なんかいかにも不良だし、見えないところで結構派手に遊んでいるんじゃないかという気がする。落ちなくても適当に楽しんでそう、というか。
(僕とはない、とだけお伝えしておきましょう。赤薔薇とは大分前から茶会仲間、黄薔薇とはまあ……牽制関係ってところでしょうかねえ。君の師父かなり悪い男ですよ。もう知ってるでしょうけど)
一瞬だけ、ティアは左右の男女(仮)が目の火花を散らしあった幻覚を見た気がした。瞬きしているとお互いににっこりとほほえみ合っているので、空気を読まずに間にあるスコーンに手を伸ばす。
「ええ、ちょうどいいんじゃないですかね? 僕は全くかまいませんよ」
「では、そういうことで。ジーク、お前もそれでいいな?」
ぱさつくスコーンにたっぷりクリームを塗っていたティアは危うく聞き逃しかけたが、ヘイスティングズが自分に向けて話しかけていたことに数秒後気がつき、えっと顔を上げる。
「なんだ、今の話を聞いていなかったのか」
ヘイスティングズは呆れた顔をした。
「それだけ夢中になって食べてくれていたということだな。喜ばしいことだ」
(違うんだよなあ)
向かい側、少し距離が離れた場所からウェスリーがフォローをしてくれるが、瞬時に念話で茶々が入る。ティアは侍女をにらむが、ウェスリーに見えない角度でんべっと舌を出されただけだった。
(事実でしょう。僕の言葉にいちいちかっかしてるから現実の会話を聞き逃すんです)
ぐぬぬと顔をゆがめているティアに満足したのか、さすがに自分が発端だったので少しは同情したのか、呆れた目のヘイスティングズにどう返そうともごもごしているティアに向かって、侍女は握ったスプーンをくるくる回しつつ口を開いた。
「黄薔薇団長殿はですね。今度休暇を取って下界に降りるんで、君も一緒に連れて行くってことになりました」
そういえば昼間もそんな話をしていた記憶がある。ティアは思い出したが、ますます困惑する。それをなぜ、わざわざこの場で? しかも先ほどの会話から推測するに、師父はこの侍女に相談なのか何なのか、とにかくティアと休暇を取ることに関して話題を振ったらしい。
文脈や背景を読み切れずにしょんぼりした顔をしているティアに、今度はヘイスティングズがやや苦笑気味に口を開いた。
「まあ、本物の休暇とは少し違うが……ちょっと私の縁あるヒトに会いに行こうと思っていて、お前にも無縁というわけではないからついでに来た方がいいだろう、と」
「殿下の侍女の一人として、わたくしも同意いたします。我々の代表という意味でもちょうどいいでしょうからね」
フレイヤは回していたスプーンをぴたりと止めて、少々物憂げに目を伏せる。
「本当は殿下本人が行けるといいんでしょうが……まあ、いろいろありますからねえ」
つまりリリアナとヘイスティングズ、両方に縁ある人物なので間接的に自分とも関係しているということなのだろうか? ティアが首をかしげていると、足りなくなったミルクティーをいつの間にか移動してきてつぎ足しながら、ぽそりと赤薔薇団長が答えを出してくれた。
「彼らが話題にしている方とは、私も少々縁があった。王妃エバ=ダリア様の乳母であり、付き人であり、お世話係だった方だ――」
聞いているうちに、点と点が結ばれて線となり、電流が走ったような感覚がする。
思わずティアは顔を上げ、師父の顔をまじまじと見つめてしまう。次に侍女の方に向ければ、こちらはようやく気がついたかと言った顔だった。
もともとはお母様の乳母――というか、世話係だったヒトでね。
私の祖母でもあり、母親代わりみたいな――。
ばあや。……私のばあやが、もうすぐ死ぬ。
ティアの頭の中では、恋人の言葉が再生されている。
他人事だと思っていた話題に、ぐっと重みと興味が増した瞬間だった。
なお、はっとなった若い騎士が思わず勢いのままにカップを倒しかけた際、ウェスリーが華麗にそれをかばった事については、あまりに自然な動作すぎて最後までやらかしかけた本人が気がつくことはなかった。




