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初代魔王という男 後編

 初代魔王の名をサタン。二代魔王の名をバアル=ゼブル。先代魔王と当代魔王、と言い換えてもいい。


 その昔、魔王とは単一の存在を意味する言葉ではなく、各地に何人もいた有力者を示す称号「キング」として使われる事が多かったとされる。

 初代魔王がその概念を変えた。現状、魔王という言葉は同時に大魔王や大帝の意味を含み、「エンペラー」としての意味で用いられる。今の王家の始祖である初代魔王が魔界全土を平定し――要するに有力者は皆殺しにし、残ったものを従えて――今の魔界を作り上げた。それ以来魔界に魔王はただ一人。ヒト種の絶対的な頂点なのである。


 さらに言うなら、初代魔王はリリアナの実の祖父、二代魔王とはリリアナの実の父親にあたる。結婚したら縁続きになる間柄、確かにティアにとって他人とは言い切れないようなヒトビトである。特にこう、なんかことあるごとにこちらを敵視している感のある父親とは、リリアナとの幸せにゃんにゃん計画に至る過程で大きな障壁として立ちふさがってきそうな気配が濃厚だというか、確定的未来でしかあり得ないというか。


 そんなところが、ティアが二人の話題を出されてぱっと思いつく基礎データのあたりだろうか。


 ティアはこのところ暇な時間ができると、ヒューズに与えられたこの二つのヒントの意味を解明すべく、主として図書館をさまよっていた。


 最初は聞き込みで調べようかとも思ったのだが、デフォルトのコミュニケーション能力もそこまで誇れるものではない上に、近頃の状況がさらなるマイナス補正をかけてしまっている。何せ思いついたときに直球に「初代魔王(二代魔王)について何か知っているか」と聞いてしまう残念男のティアなのである。そして王城にいるヒトビトは当たり前だが全員が全員当代魔王の臣下や部下にあたる。


 すると今の魔王のことは、


「いい王様だよ」

「殿下がらみとか、多少問題はあるかもしれないが、まあ先代に比べればね」

「お優しい方だ」

「最近お身体の調子が思わしくないようで、心配だ」


 等々、無難な答えしか返ってこない。

 当たり前と言えば当たり前である。おおっぴらに悪口をたたいていたらそれこそ驚きだ。


 初代魔王のことになるとさらにひどい。


「やばいヒトだったらしい」

「ひどいヒトだったらしい」

「なんかすごかったらしい」


 と深く考えない脳味噌筋肉野郎にすらわかる頭の悪い回答が散々返ってきたあげく、それを横で見かねたらしい横合いからのフォローによれば、


「ほら、昔のヒトだから直接知っているヒトが……ね。噂話だったら事欠かないけど、どこまで本当かはわからないよ? 面白半分にかなり脚色されているだろうし」


 とのこと。


 そんな出来事があった後でようやく、ティアは自分にとってヒトの口から情報を得ることは大層相性が悪いと認識した。というか、普通に調べ物をしていても全く頭に情報として入ってこない事を知った。



 仕方がないので図書館でそれっぽい本を探しては読みあさる日々。最初の方こそちょっと調べ方を変えたぐらいではやはりそう簡単にうまくいかず(いつの間にか寝落ちすること複数回)、やはり自分には無理なのだろうかと落胆しかけた。しかしピンチになると変なひらめきが走る事もある。変態は過去似たような事があったときの自分を思い出してはっとした。


 ティア=テュフォンの行動原理とはずばり伴侶(勝手な断定)に対する情欲だ。

 リリアナ可愛い。リリアナと一緒にいたい。リリアナに褒めてほしい。リリアナと××××(都合により全面規制)したい。

 アホの世界とは至って単純である。


 つまりどういうことなのか。リリアナに関するキーワードという観点から先代魔王と当代魔王について調べていったのである。集中力は段違いだった。何せ元祖リリアナ廃。関連する事項のことなら血眼になって探すし必死に覚える。彼はまず、情報が少ない初代の方にターゲットを絞ってみることにした。




 すると、接したことがないせいで今まで影も形も得られなかった先代魔王――サタン、という男について一つのイメージができあがっていく。


 金の髪。金の瞳。金の肌。頭に金の四本角。背中に一対の金の竜翼。

 そしてリリアナと同じ顔。


 ……それがどうやら、先代魔王という男の姿らしかった。

 ちょうど今リリアナは男装しているから、あれをもう少し男らしくした感じなのだろうか? などとティアは首をひねる。記録や手記によると背は高いが中性的な方だったらしいし、たぶんこの想像で外れていないだろう。真面目に調べを始めてすぐ、ティアはうんざりした気になった。


 何せ、リリアナと初代魔王のつながりという点で調べを進めていくと、本当に何度も何度も何度も、飽き果てるほどそのフレーズが出てくるのだ。


「陛下に念願の御子がお生まれになった。が……これほど一致していて、あの方を思い出さずにいられるわけがない」

「王女殿下はお母君ともお父君ともあまり似たところがおありでない。だが間違いなく先代の血を、つまり当代の血も引いてらっしゃることは明らかだ」

「間接的に、当代が先代の子であると証明されたとすら言えてしまうだろうか。……あまりに似すぎている。不気味なほどに。王子だったら本当に先代がよみがえったとすら思ったかもしれない」


 異口同音に唱えられる言葉はすべて、祖父と孫の奇妙な容姿の一致のことを示している。わからないとは言わないが。


 何せほかでは見られない珍しい見た目である。

 金目ならいる。金髪も黒髪ほどではないにしろ、いる。金の肌――ようは黄色の肌の事だが、これもまた皆無ではない。東部等では主流なぐらいだったはず。

 だがそれらがすべて兼ね合わさった容姿など、ほかに聞いたことがない。それこそ初代が登場した時、多くのヒトがその一目でわかる異様な容姿について触れている。全く同じ見た目をしていたら、それは確かに……騒ぎたくなるものなのだろうか?


 ヒトの世界も、竜の世界も、一目で「こいつは違う」と思わせる見た目をしていたら同族から放っておいてもらえないのは一緒なのだろうか。ティアは白い鱗で散々いじめられた昔と、手のひらを返すようにすり寄られた脱皮後の事をほんのり思い出す。


 頭の片隅に、今この瞬間すとんと落ちたような感覚があった。

 ああ、だからリリアナは、俺をあのとき見捨てられなかったのだろうか。



 霧が晴れたような、ぬくもりが広がるような不思議な感覚を味わいながら、ティアは調査を進める。

 リリアナと同じ顔の男。映像のできた男を示す文字を追っていくと、ヒトビトはもう一つ彼についての特徴を語っている。


「王はいつも、薄笑いを浮かべている」

「あのヒトは、笑いながらヒトを殺す」

「笑顔の仮面を貼り付けていて、何を考えているのかさっぱりわからない」


 これはリリアナとは異なるな、とティアは思う。リリアナは表情を消す場合は真顔になるし――ついでにトラウマ記憶がよみがえって微妙に泣きそうになるがめげない――笑うときはもっと普通に笑ってくれる。意地悪に口角をつり上げることがないとは言わないが、初代のそれはまた違う種類のように思えた。


 笑顔で本音を隠す。

 たとえば、セオドア=ヒューズのようなナイトメア達のように。


 ぞくり、と身体の奥がざわついた。

 ティアがさらに初代魔王のことについて読んでいくと、今度は数々の凶行についての項目が目立つようになる。

 たとえば城下に勝手にふらっと出かけていっては適当な人材を気まぐれに連れ帰ってくるなどは、比較的安全な方だしリリアナと似たところを感じる。

 しかし、特に理由もなく忠臣を処罰したり、ほんの些細な出来事を理由に民を虐げたり、夜ごと女をとっかえひっかえしてもてあそんだ挙げ句こっぴどく捨てたり、と――よくもまあこれだけ多く積み重ねてこられたものだといっそ関心するほどの悪行の数々である。

 政治的な偉業や現状使われているシステムのほとんどを作り上げた鬼才っぷりも定期的に話題として出てきてはいるが、やはりインパクトとしてはスキャンダラスな話題の方がヒトの目に付くし印象に残るもののようだった。


 とにかく、子孫達のお行儀の良さとはほど遠い「とんでもないやつだった」のはどうやら嘘ではないらしい、ということを把握する――。


 はあ、とティアは大きく息を吐いてこめかみのあたりに指を添える。


 それにしてもすさまじい量の情報だ。初代魔王、というキーワードだけでは後から後から情報が出てきてきりがない。しかも割とどれもろくでもない。いや、ろくでもない奴もあるにはあるが、小難しくて頭に入ってこない。かといってリリアナとの関連は今のところ容姿の一致ぐらいしか思い当たらないが、このまま初代のことを調べようか、それともなんとなくイメージができてきたところで今度は二代を調べ始めているか――。


 読書コーナーで積み上げた本の中の一冊をぱらぱらめくりながら計画を考えていたティアは、ふと動きを止めた。本を数ページめくり返して探し――そして自分の目にとまったものが錯覚ではなかったことを知る。


 最初の頃に借りてきて読んだリリアナに関する記事の一つ。その中の、彼女に四本の角が生えてきた、という内容のページの隅に、なにやら書き込みのようなものが見えるのだ。ティアはじっと目をこらして、小さく唇を動かす。


「強欲な王よ。あなたはいつまで我が子を苦しめるつもりだ。あれだけのものを奪って、まだ足りないというのか」


 ようやく読み取ることができた何者かのメッセージは、元々なかなかの達筆だろうに激しく乱れており、深い苦悩が感じられた。薄いのはおそらく、別の紙に書いたのが裏写りして、気がつかなかったのだろう。ティアは何度も瞬きし、固まってしまう。


 これは偶然なのだろうか? 何か全く無関係の事に対して書いたものがたまたまここに写ってしまった、その可能性もないわけではない。

 だが直観がそれは違うと告げている。しかしそうだとするとますます意味がわからない。


 王――あの親馬鹿の見本のような魔王が、リリアナから何かを奪った挙げ句苦しめていると? しかも文章の主は強欲な、と呼びかけている。ティアの知っている魔王とは、身を削ってでも他者のために尽くす、そんな人物だ。とても結びつかない。




 ぐるぐると困った顔で目を回しているティアは、近づく影があったのに少し遅れた。ふと覗き込んでいるような気配に気がついて振り返り――そして、思わずあんぐり口を開けてしまった。


「……ここで一体何をしている」


 シルバーグレーの髪は明らかな年を示しているが、眼光は思わず背筋をただすか回れ右して逃げ出したくなるほどに鋭い。たっぷり数拍誰であるか認識できなかったのは、普段身にまとっているトレードマークの赤いマントやら制服やらがなかったからだろう。年相応の落ち着いた暗色系のローブに身を包んでいるが、衰えてなお威圧感のある体つきがところどころ見て取れる。要するに普通ならティアはまず話をしない種類の人間であるし、向こうから声をかけてくるということも考えられない。




 若い黒龍をにらみつけていたのは、赤薔薇騎士団長、グレン=ウェスリーその人であったのだ。

短期連載の方に集中しますので少しの間だけ更新停止します。

続きは一週間程度後に更新予定。

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