閑話:皇女と下働き
もう少し抵抗を受けるかと覚悟していたら、三日ですっかりパシリの使いこなしに順応し、ニコに面倒なことはあらかた任せて自分はいつもぼーっとするようになったティアに、確かに実技中の成果は目を見張るものがあるが、普段はあまりにも良く言えばのんびりして、率直に言えばニブチンさんの彼、横で見ていて不安になってくるが大丈夫なのだろうか。
ニコは宿題を届けつつの報告がてら主に問うた。が、聡明なる皇太子殿下は部下の肩にぽんと手を置いてこう言い聞かせた。
「大丈夫だ、そのあたりの事は。実技はどうせあの様子だとしばらく物壊すしかしなさそうだし、座学は起きてたら奇跡くらいに思っておけ。私だって眠くなるあれをあいつが耐えられるわけがない」
え、それでいいんですかとニコは首をかしげると、彼女は微笑んだ。
「いいんだよ。抜けてるくらいでちょうどいいさ」
ついでに言うと、そんなんでどうやって晩餐会乗り切ったんすか、とつぶやくニコに、
「あの時は私が真似できるように手本をしてやったんだから、できるに決まってる。
――そんなに心配はしてなかったよ。あれはやるときはやる奴だし、すぐに私の意図を把握してちゃんと振舞った。よしんばヘマしたとしても私がその場にいるんだ、いくらでも庇ってみせる――実際、どうにかなっただろ?」
あの、あなた本当に殿下ですか。
あんなに鉄仮面と評判の。趣味は読書と勉強と引きこもりの――いやそれ以外も知られてないだけで本当はあるっすけど。
赤薔薇騎士団のエースに舞踏会でほんのちょっと抱き寄せられただけで涙目になっちゃうくらい、男嫌いの。
……何があっても私がなんとかするってその男前っぷりや無駄な自信は、殿下そのものなんですが。
聞いている方はそんな風にあんぐり口を開け唖然としているが、どことなく自慢げな顔の皇太子は話し続ける。
「ニコ、お前すっかり魔人の文化に染まってきたな。口うるさく作法や慣習、そしてそれを遵守できない異物を気にする。
けど、別に誰かを害したわけでなし、自由にさせてやっていいじゃないか。
もともと好きな時に起きて、好きな時に飛んで、好きな時に眠る、そういう種族なんだ。それにあれは不器用だから、適当に力を抜くのが下手だ。
だったら、やらなくちゃいけない最低限の事以外、全部だらけてたって構わないだろ。大事なところだけ本気を出せばいい。そしてそういうところは、私がちゃんと見抜いてやる気にさせてみせる。――普段ぼーっとしてたって、心配いらないよ」
びっくりするほど優しげなその眼差しに、ははあ予想以上に、あの方は愛されてますなあとニコは心の中で感想を抱く。
本当にびっくり。思わず黙って聞き入るほど。
というか殿下、あなた今全力で惚気てますが気が付いてますか。
……気づいてないんだろうなあ、本当に色事には疎いからこのヒト。
鉄仮面がつるぺたの色気なしが、ってほざいてやがるどこぞの坊ちゃま方にお見せしたいっすよ。
何この顔、完全に恋する乙女。
ちゃんと殿下にだって色気も可愛げもあるっす、お前らがそれを引き出せるだけの魅力がないだけっす!
この可愛さ、ぜひともご本人にもわかっていただきたいっすけど、指摘したら魔術で吹き飛ばされそうだからやめておくっす。
殿下、照れ屋なのは構わないっすけど、短命種にはちょっとのことが命取りになるっす。物理的に記憶を消去しようとするのは勘弁っす。
しかしこれだけ自信満々に語っておいて、本人を目の前にするとむしろ積極的に甘い展開を回避していくんだから、いやはや自分よりはるかに長生きしているはずなのに初心だ。
まあ、確かにもし今の言葉を全部本人に言った場合、感激しすぎて飛びかかってくる可能性大っすけど。
そうしたら、どうせどっかから見張ってる会長がストップかけて険悪なムードになるっすけど。
仕方ないっすね、殿下まだ未成年っすから。
――でも大丈夫っす、会長もおれっちも気が利く子羊っすから、ご無事に成人なさった折には、ちゃんと二人だけにしてさしあげるっす! たっぷりお楽しみするといいっす!
そんなことをぽわぽわ頭の中で思っていたら、顔が腹立つ、ていうか碌でもないこと考えてるなとぱこんと殴られた。
ちなみに殿下、長命種にしては規格外レベルで非力な上、おっそろしい魔力に関してはそのほとんどを通常時封印しているので、実質短命種の少女に軽めに殴られたのと同じ、つまり全然痛くない。
マイハニーもこのくらい非力だったら俺もっと安心して生きられるのに。というか同じ短命種なのになぜあんなに力強いのでしょうか。いや、頼りになる嫁さんっすけどね。
そんなようなことを、叩かれて笑いながらつらつらニコは思っていた。




