彼女の視点:望まれた日常
時間が来たのでティアを促してお父様のところに向かう。たぶんご政務をまたすっぽかしてるはずだから、ついでに追っ払って来よう。
近衛兵が私たちの様子を見て恐怖の表情を浮かべているので、これ見よがしにお手手つなぎなんてやってみる。
――うん、悪くない。むしろ結構気に入った。
ティアの手は小さい。歩くのが下手みたいだから、転ばないようにゆっくりと進む。
……ほんとに下手だなこいつ。一歩ごとに体がぐらぐらと揺れる。危なっかしくて仕方ない。
しっかり支えてやるように手を握ると、少しは安定する。
――あ、なんだろうこれ。エスコートしてるみたいで楽しい。
いっそのこと男なら、絵になったのにな、これ。
でもまあなんだ、王子気分って奴か? お姫様よりは私の性に合っている気がする。
……女姿が似合わない顔なんだから、本当に男だったらよかったのにな。
二人で歩いていくと、すれ違う誰もが驚いていた。
自分でも自覚していたけど、私は浮かれていた。
ちらりと見ると、周りを不思議な目で見ていたティアと目が合う。くすりと笑いかけると、むこうも笑って手に力を込めてきた。
――もう、それだけで、他のことはどうでもよかった。
ティアを連れてお父様に報告に上がった時、案の定あの似非親馬鹿はテュフォンと談笑と洒落込んでいた。
ところで駄目魔王もといお父様。
いくら気になってはいるんだろうとはいえ、私の秘密の庭に密偵を侍らせて逐次状況報告させるのはやめてくれないだろうか。
まあ、場所とかやってることはわかってたから適当に術かけて錯乱させておいたけど。
たかが100歳の子どもだと思うなよ。もう大人と十分に渡り合えるくらいの無駄知識と無駄魔力は兼ね備えているんだから。
――なんでだろう、言っててちょっとむなしくなった。
あと今気が付いたけど、大丈夫かあの密偵。職務怠慢とかで罰とかあるんだろうか。
……減給とかされてたら、流石にかわいそうだから、私のお小遣いから仕送りしておこう……。
ティアには悪いけど、お父様に素直に抱きしめられるつもりは全くないから代わりになってもらった。
目を白黒させて私に助けを求めているみたいだけど、許せ。
そのポジションに私がおさまるわけにはいかないんだ。色々危ないから。
それにお前なら大丈夫だ、無駄に頑丈だから多少はお父様の怪力に絞められても。
そういえばなぜだろう、王家の男は代々無駄魔力と無駄怪力を受け継いでいるのに、私は非力だ。
女だったせいなのか、魔力しか継いでいない。
見た目通りまったく力がないから、腕立て伏せなんて一回目で息が上がる。
おかげでまったく自主訓練させてもらえない。
女の子はそんなことしなくていいんだ! って号泣したのがお父様だけじゃなくて婆やもだったから、しぶしぶ特訓は断念したけど。
でも、大人になったらちょっとは筋肉付く、よな……?
嫌だぞ、非力すぎて魔術で補填するような事態は。お、重たいもの運ばなきゃいけないような公務ってあったけ……。
……にしても、流石にご機嫌だな、お父様。
この分だとあの密偵もセーフかもしれない。よかったよかった。
あ、すまんティア。そのまましばらく、私の代わりに頑張ってくれ。
大丈夫、ぼーっとしてればすぐ終わるから。な? いざとなったら助けてやるから。
ティアはしばらくお父様に撫でまわされてから、ようやく解放された。見送りに立ってやると、また何時まで経っても手を離そうとしないから促す。
心底残念そうに、未練たっぷりに何度も振り返るさまを見てやっぱり変な奴だ、と確信する。――だけど、それが嬉しくもあった、本当は。
それから、テュフォンが城に上がるたびにティアも私のところに来るようになった。ティアと一緒に居るときは、心が休まる。
二人でお昼寝をしたこともある。抱き枕にしたらちょっとだけ嫌がったけど、最終的には気持ちよさそうに目を閉じていたから私もそうした。
お父様は私のためにティアだけ滞在させようかとも思いついたようだけど、私は断固反対した。
私と一緒に居るために、大分竜の本能を抑え込んでいるはずだ。
それに魔窟みたいな王城の中に、この純朴な子竜一人置いていくなんてとんでもない。
竜は空を飛ぶものなんだから。鳥かごにずっと閉じ込めていたら、羽が腐り堕ちてしまう。
そんなティアは見たくない。――絶対に、見たくない。この笑顔が曇るようなことは、させない。
ティアは私のことを星だと言ったけど、私にとってはティアが星だったんだから。
帝国語を教えようかと思いついたのはちょっとしてからだった。
ティアはテュフォンと同じく、私たち魔人の文化に結構興味を持っているみたいだし、話せて損はないと思う。
――私が竜の言葉で喋っていることやその理由を少し教える羽目になったけど。
そういえば、私はせっかくこうして竜と話しているのにティアの本当の姿は見たことがない。
本人はなんだか自分の姿はあまり好いていないみたいだけど。
ヒト型でこんなにかわいい顔なんだから、竜の姿もさぞかしいい感じなんじゃないかと思うけど。
――でもまあそうだな。私にとっては翼を出せって言ってるのと同じことなんだろうから、無理にとは言えない。
それに本人も言ってるけど、竜って子どもでも私たちよりでかいからな。
この年だともう馬より大きい。
その姿でじゃれつかれても、ちょっとあれかもしれない。
怪力を継いでないから、受け止められないかも。
――へえ、それじゃ、大人になったら見せてくれるのか? それはとても楽しみだ。
……お前は自分の姿を嫌ってるみたいだけど、きっと綺麗な竜になるんだろうと思うよ。
教え始めると、思った以上にティアが熱心で、また結構覚えてくるもんだから、こっちも次第に熱が入った。
言葉の次は文字、文字ができるようになったら一般教養、とどんどん私がティアに教えることは増えていく。
――にしてもなぜだろう。
こいつ、自分で勉強するよりも、私の言ったことは覚えてるんだよなあ。
この間、それはリリアナがこう言った! と、声色や息継ぎのタイミングまで完璧にまねて再生されたときには、さすがに若干鳥肌たったけど。
リリアナの声は魔法みたいだ、と奴は言っているが、私からするとお前のその覚え方の方が魔法みたいだぞ。なんで普段から発揮されないんだろうな、その集中力。
そうそう、魔術を教えるようになった辺りから、私はまた新しい遊びを見つけた。
罰ゲームに、ティアをおめかしさせるのだ。
思いついたのはお父様が私にまた女服を贈ってきたとき。どうせ着ないのに、と思っていたら、そういえばティアはやせっぽちだし、私とあまり身長変わらないからいけるんじゃないか、と思いついた。
結果は大成功。本人は散々抵抗したが、本気を出した私に勝てるもんか。次期魔王を舐めるなよ。
……無駄魔術と言うな。どうしても着せたかったんだから。
髪型があれだったので(ヒト型の子竜はぼさぼさの短髪だった)、鬘や帽子を持って来たらまたこれが似合うもんだから、私はすっかり面白くなった。
以来、ティアが問題を間違えるたびに着せ替え人形にしていた。
そうしたら全然間違えなくなったから、課題の難易度を吊り上げたけど、私は悪くない。
女顔を認めないティアが悪い。
私自身は相変わらず自分の女姿は好きになれなかったし、男服の方が動き回りやすかったからそうしていたけれど、一つだけティアに懇願されて変えてみた。
正直自分の金髪は大嫌いだったので、今までは短く切りそろえていたけど、あんまりにも奴が伸ばせ伸ばせと言うからそうしてみた。
まあ、なんだろう。
私だけ向こうを着せ替え人形にしておいて、こっちがまったく向こうの要望に応えないのも、流石にちょっと意地悪かなと思ったし。
少しだけ伸ばした髪を後ろでリボンでくくっていくと、ティアは大層喜んだ。
……が、なんかその笑顔が癪にさわったので叩いておいた。
頑丈なせいで私の腕力だとまるでダメージが通らないから、不思議な顔をしていたけど。
そんな風に、私は幸せな日々を過ごしていた。
だけど、その頃まったくわかっていなかったことがある。
私はティアのことを、女友達くらいに思っていた。
だって、そういう顔だったし。
だから可愛いというのは私にしては一番の褒め言葉だったし、奴がそれでむくれるのはきっと、私と同じように自分の容姿が気に入らないから素直に受け取れないんだろう、そのくらいに思っていた。
――それがわかったのは、私たちが出会って100年くらいが過ぎた時のことだった。
ちなみに出会ったときは人間換算で皇女約6歳、子竜約10歳。
例のあれが起きたのは、皇女約11歳、子竜約14歳ぐらい。




