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彼女の視点:猜疑心

 おじい様、すなわち先代魔王かつ最初に大魔王、帝王と名乗ったそのヒトは、とんでもない男だった。



 まずはその、あまりに異様な外見。

 彼は見た目からしておかしい男だった。


 高貴な、もしくは力を持つ者の血を引いているとされる金の目を持ちながら、透き通るような肌の色と金の髪は、当時魔人によって絶滅したとされていた「森の住人」の特徴を兼ねていた。

 「森の住人」は短命種によく似た外見をしており、大変長寿で魔法に優れていたが、彼らの領域に進出を欲し、また彼らを恐れる魔人たちの手によって、姿を消したと言う。

 髪の色に関しては、公には黒と伝わっている。その方が『魔王らしい』からと、彼は人前では髪を染めていたのだから。


 背中から生える金の竜の翼も大層同類の魔人から嫌われた。

 かといって、有翼魔人や獣人たちとて彼に親しみは覚えなかった。

 彼らの羽は羽毛を持つ羽だった。

 さりとて竜も彼を同族とは思えなかった。なぜなら竜の姿への変化は、王は生得的にはできなかったのだから。

 どの種族とも、相容れない容姿。


 そして頭に生えていた黄金の角もまた、普通の魔人とは異なるものだった。

 左右に二本ずつ、四本の角。――普通の魔人の角は、どんなに形の種類が豊富でも、二本一対と相場が決まっている。変わり種で、一本。四本なんて、聞いたことがない。

 出来の悪い合成品のようなそれは、見るものになんとも言えない嫌悪感を生じさせたとか言う。――後にそれは、畏怖へと変わる。



 次に、現在の魔界の発展への圧倒的な貢献。


 王は瞬く間に魔界全土を制圧した侵略者だが、その後の統治もこなし、現在のヒトビトの生活の基礎を作り上げた。

 彼によって家族を奪われたものは数知れなかったが、それと同じかそれより多くの家族の命を王は救った。


 ――実際には、王が言い出したもしくは丸投げしただけで、臣下たちが地道な努力の末になしとげたような業績も多々ある。

 むしろそちらの方が多いのだが、それらを成し遂げられるような人材をどこからともなく拾ってきては最後までやり遂げさせたのは、間違いなくかの王でなければできないことだったろう。



 しかして、極め付けなのが、その功績を上回って後に悪名の方が強く多く残るほどの、到底理解できない性格。

 彼は日替わりで名君と暗君、暴君に成り代わったと言う。


 王のそばの臣下たちもよく入れ替わった。

 王が気まぐれなせいもあったが、大体が彼に途中でついていけなくなることが原因だったらしい。


 昨日まで聡く民の事を第一に考える発言をしていたかと思えば、今日には内政に無関心に無気力に、そして明日には民を踏みにじる遊びを思いつく。


 おそらく、大層飽きっぽくて気まぐれだったのだろう。それと、倫理性が欠如していた。

 その本心を理解できた、と言う者はいない。ただ何人かが、いつも退屈していた、退屈だが口癖だったと口をそろえて言う。きっとそれだけは事実だったのだろう。



 以上が、非常に残念なことに、血のつながった私の祖父そのヒトの話だ。

 話そうと思えばこれ以上、いくらでも、それこそ見てきたように詳しく話すこともできる。彼の逸話にはきりがない。


 私自身は、はっきり言うが、このイカレ頭の話をすることだって不愉快だし、スキャンダラスなその過去にだって大して興味はない。

 けれど、周りがうるさい。放っておいてくれない。


 そして私の耳も目も無駄によくて、なおかつ頭も無駄に覚えがいいからこんな風にすらすら思い浮かぶ。



 ――あんたのせいだ。



 似たくなんかなかった。そっくりな顔立ち、そっくりな髪、そっくりな翼。

 まだ生えてきていない角も、やはり四本なのだろうか。



 誰かが私を呪われていると言った。私は先代の怨念が形を成したものなのだ、と。



 ――そうかもしれない。呪いでなければどう説明する?


 ただでさえ嫌なものを受け継いでおきながら、さらに苦行を与えるかのように、この身が女だなんて。



 私はリリアナ。リリアナ=デビ=サタン。今の魔王の一人娘にして、一心にその愛を受けている果報者。じきに父の後を継いで王になる、何の不自由もない娘。



 だけどそれは虚構だらけの話。



 最初に、私は女だ。


 不文律だが、王家だとか爵位だとか、魔人の世界ではそういうものを継ぐのは大体長男と相場が決まっている。

 お父様は昔よりは改善したし、彼本人は男にも女にも公正であろう。

 けれど、女子は男子に劣るもの、そんな認識が根深く我々の中には残っている。

 現に、目立つところに出てくるのは男だ。

 ……その辺はまあ、昔からの信仰みたいのもかかわっては来るのだけど。


 だから、私自らが王位を継ぐことには、根強い反対の声がある。

 有体に言ってしまえば、さっさと男を知って王子を産むか、でなければしかるべき男性を夫に迎え、その方に王になっていただく。


 私に周囲が最も望むことはそれ。老齢の王が何の事故か知らないが授かってしまった一人娘、その居場所の落としどころは難しい。


 いっそのこともう面倒だから尼にでもなろうかと思った時期もあったけど、やったら間違いなく陛下がご政務を投げ出すことを想像して生ぬるい気分になった。

 それに、あの叔父と同じことをすると言うのも胸糞悪い話だ、とも思った。



 次に、生活は不自由ばかりだ。


 これまた授かりたくもないのに勝手にもらった、この無駄に有り余る魔力。

 垂れ流しにしていたらそれだけで王城が死体であふれかえる。


 だから私はうまいことをしてこの力が暴発しないように抑えていなければいけないし、移動範囲も行動も限られる。


 誰かに接することは怖い。私の身体は私に対する脅威を取り去るのが実に得意だ。

 ――気を付けていないと、ほんの些細な相手のしぐさや感情、思考で相手の事を破滅させてしまう。


 それに、油断すると私の目はおかしなものを映す。相手の過去、未来、そして今何を考えているのか。

 しかも大体が相手が他人に知られたくないと思っているようなことだから、それはそれは嫌がられた。こっちだって見たいわけじゃないのに強制的に見えるんだから、制御できない頃は本当に困った。

 私がおかしなものを見ずに済んだ相手はお父様そのヒトくらいしかいなかった。



 最近はいろいろ試行錯誤した結果、それらのことに関してはそこまで心配することはないが、かといって自由にふるまえるわけではない。


 王女であり皇太子たる私は、いつだってヒトの目にさらされている。

 貴きものであれ……何度言われた言葉だろう。


 まあ、勉強に関しては教師が白目になる程度、陛下が感激して何度か会議をすっぽかす程度にはできたから、別に王族としてのたしなみとやらが覚えられなくて泣きそう、なんてことはない。

 自分でも言うのもあれだけど、私は早熟だったし頭は人並み以上に回った。



 最後の虚構は――私が一心に愛されている、そのこと。


 なぜならお父様は私の祖父、つまり彼にとっては実の父親であったサタン王を……心から、憎悪している。


 だからお父様は私の顔を見るときに、実はほんの一瞬目が曇る。おそらく当人も気が付いていない、本当に無意識の事なのだろう。


 幼い私も、最初は違和感を少し感じる程度で、お父様によく懐いてパパ大好き、なんて言葉をかけていた時代もあった。彼の心は読めなかったから、その本心だって知らずにすんでいた。


 ――いつからだろうか。彼の瞳に一瞬だけ光るそれが、純然たる殺意だとわかってしまうようになったのは。

 それからしばらくは、怖くて怖くて父に近づけなかった。

 けれどすぐに私は悟った。


 ――私は幼い魔人。誰かの庇護なしでは――父なしでは生きられない生き物なのだ、と。

 産みの母は産後の肥立ちが悪くてとうになく、親族は――まあ実は、を言い出だせばきりがないが――父王のみ、そして私が癇癪を起しても恐れずに世話をしに来てくれ、なおかつそれができる相手もただ一人なのだから。


 なんといえばいいのだろう、その時のことは。

 世界が急速に色を失った。


 それまで、父だけは信じられる御方だと思っていた。

 私が何者であろうとも、私の目が何を映そうとも、お父様だけは私の味方、私の理解者、そして私の憧れだった。


 ――なのに、いつからあなたの笑顔が、こんなにも恐ろしいと思えるようになったのか。

 あなたに近づくことが、恐ろしくなったのか。



 思えば男装を始めたのもそのころだ。

 初めて鏡で見た男の子の自分、それが父が憎んでやまない姿なのかと思うと、しばらく涙があふれ出てきて止まらなかった。


 やがておさまってから、私は真実を確かめるつもりで、そのまま父のところに向かった。

 きっとお父様は、この姿を見たら激昂するに違いない。

 だってこの姿をしているから、きっとあんな目をするんだから。



 ――けれど彼は相変わらず私にやさしく、甘かった。ただ、男の格好が似合っている、とは言われなかった。

 そのときはそれ一度きりのつもりで、すぐに服は着替えた。なのに、もう一度女の服を着て鏡を覗き込んだとき、自分に対して違和感しか感じられなかった。鏡の中の自分がこう言っている気がした。


 ――めかしこんで、それで逃げるつもり?

 女になって、媚びるつもり?


 お前の父親はお前を確かに憎んでいる。

 だってこの姿こそお前の真実。


 先代と同じ。

 お前は歪んでいる。

 そう、リリアナ、お前は――他人を不幸にしかできない男の生まれ変わりなのさ!


 それから私は、女の姿を毛嫌いするようになった。

 自分が嫌いになったのもそのころ。ここまで性格がひねたのもそのあたりから。


 信じられるものなんて何もない。長い間ずっとそう思って閉じこもっていた。


 父に反抗的な態度を取り始めたのもそのころから。

 その優しい態度が信じられなくなり、私はよくつっぱねるようになった。


 それ以上に、私の中にある怯えを悟られたくなかった。

 虚勢で覆い隠して、絶対に見られないようにした。


 だって、私が彼も知らない彼の本心を知っているのだと気が付かれたら。

 今度こそ、お父様に、見捨てられるかもしれない。


 ――それは、耐えられない。

 そんなことをされたらきっと――何かが、壊れてしまうと思ったから。

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