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試合の前に

 いよいよ試合の日がやってきた。


 相変わらずごった返す人々の群れの中を、立派な鎧を着せられて連れ歩かれ、待合室にたどり着いたころにはティアはすっかり不機嫌になっていた。付き添いのエッカがなだめるように言う。


「兄上、我慢我慢。あれだよ2番目の訓練と一緒」


 そのエッカの服装は、肩のないシャツにへそだし、太ももをあらわにした短パン、そして裸足である。魔人にとっては下着とあまり大差ない露出ぶりだ。

 他人事だと思いやがって、と兄は妹を睨みつけるが、おお怖い、と言う向こうの眼は笑っている。



 そういえば王城に上がるときも、結局エッカはドレスを拒否し、本来なら男の子供服であるところのシャツとベスト、ハーフパンツと言うスタイルだった。


 しかも、理解ある王がとがめなかったのをいいことに、最終的にはタイツを脱ぎ捨て短パンをまくり上げシャツのボタンをいくつか外し、何人もの衛兵が咳払いしたり目をそらすような事態に陥った。


 彼が不満を訴えると、妹はけろりとした顔で答える。


「だって陛下はいいって言ったもん。大体さ、そんなに気になるなら直接言えばいいんだ。僕見苦しい身体なんかしてないもーん」


 実際エッカのヒト型は、肌の色が時々鱗の色である青色にきらりと光るが、引き締まった肉体は健康的な色気を振りまいていた。


 だがしかし、基本裸族である竜と、服を着ることで獣らしさを否定する魔人の感覚には越えられない壁があった。貴族にとっての婦人は、へそだとか足を露出なんてしない生き物なのである。


 しかもエッカは売られた喧嘩はがっちり返す性格だった。最初に娼婦呼ばわりしてきた兵士には口げんかで勝利し、次に直接クレームを言いに来た愚かで正直な貴族にはにっこりとこう答えた。


「じゃあ、僕と空で追っかけっこしよ? あなたが勝ったら、ちゃんと言うこと聞くよ」


 王の立会いの下行われた決闘は、魔人が魔術を使って空に飛びだした瞬間、飛び上がったエッカに上から踵落としを食らい、あっという間に終わった。

 きっちり地面にめり込むまで叩きつけられ、肋骨周辺を文字通りぺしゃんこにされた相手は、全治半年の大けがだったらしい。

 それでも治るのだから、さすがは貴族と言ったところなのだろうか。


「だって向こうが先に落とそうとしたもん。それに開始前にフライングもしてたよ? ジャッジぐるみで陰湿ー。でもさあ、僕、兄上と一緒にお勉強してたから、知ってる魔術だったんだよねー。

っていうか、僕の事外道っていうヒトたち、わかってないよねえ。いいじゃん、胸で済んで。僕、顔か局部に止めをさそうか、迷ったんだよ?」


 エッカは彼に肩をすくめてそう言った。

 事実、エッカがおとがめなしで済んだのは、飛行では当然劣ると踏んだ貴族が、彼女に危険な術を施して落とそうとしたこともあるからだ。

 それに彼女がもし本気だったら、真っ先に竜型になって相手の首を噛みちぎっている。本人も言っているが、エッカはだいぶ温厚な方の竜だし、手加減だってちゃんと心得ているのだ。……たぶん、おそらく、きっと。


 まあそんなこんなで、エッカは王城で一気に名前を広めることになり、彼はより一層しっかりした格好をさせられることになった。納得いかない、と言う顔の彼に、


「エッカの態度は典型的な竜としては正しいが、お前はそれではいけない、魔人に従い続けなければならないぞ」


 と父は言った。

 要するに彼は、妹のフリーダムな行いの煽りを食らったのだった。




 そんな思い出を振り返りつつ、彼はふーっと思い切り息を吐いた。


「今までで一番鬱陶しい服だ……。こんなに服に対して嫌な気持ちになるのは、リリアナにこるてっこを付けられた時以来だ」


「それひょっとしてコルセットの事? まああれは、正直頭悪いファッションだよね。


でもさあ、しょうがないじゃん、浮浪者みたいな恰好で御前試合するわけにはいかないもの。

大体ねえ、試合の趣旨はあくまでお披露目、つまり見世物なの。マジモンの殺し合いじゃないんだから。おーけー、兄上?」


「そうとも、ジーク」


 外の様子を見に行って、戻ってきたテュフォンがエッカに捕捉する。


「いいか、これも訓練の1つ。今回は決闘でも戦闘でもない――見せ物試合なのだ。対戦相手や客の様子を見てきたが、まあ予想通りだ。今日はお前が出るからな、いつもよりヒトが多い。みな珍獣が騎士に倒されるところを楽しみにしておるが――。


そうだな、お前はそういう男だった。気にせんよな、そんな些細なことは」


 ボーっとした顔を向けている彼に、父はふっと苦笑いした。


「兄上、だからね?」


 エッカは彼の顔を見てすぐに捕捉する。


「わかってると思うけど、これは交際権をかけた戦いなんだけど、ちょっとルールが特殊で」


「エッカ、やめなさい、そんなたとえは。別に勝ったからと言ってすぐに――」


「黙っててよー、父上。兄上にはわかりやすく言わなきゃいけないんだから」


 交際権すなわち竜の雄にとっては雌と致せる権利の事であるからして、露骨な表現にテュフォンが顔をしかめたが、エッカは気に留めない。

 このほわほわとした兄貴に目的と自分のすべきことを理解させることが先決なのだ。


「相手を殺したら負け、殺すのと同等のけがを負わせても負け、これはもうわかってるよね。

だけどね、勝ち方にも、華やかに、スマートに、会場が盛り上がるようにやることが求められるんだ。もちろん竜に化けるなんてもってのほかだよ? だから兄上は、ヒト型のままかっこよく相手を倒さなくちゃ――うん、わかんないか、だよねー。


そうだなー、じゃあ、普通に勝ったらつまんないから、攻撃には魔法とか魔術とか使わないで戦ってごらんよ? あと自分で服を脱いだり壊したりすることと、飛ぶことも禁止」


 なるほど理解した、と言う顔の彼に、テュフォンが慌てたような顔になる。


「エッカ、そんなにいろいろ言ったら本当に負けかねない――いや、けがをしかねないぞ」


「甘いなー、父上。兄上、この程度の縛りを入れないと、ホントに相手の事殺しちゃうよ?

だって自分の身体ならなんとかコントロールできるけど、魔法や魔術は本当に加減できないんだから。脱皮した後から試合が始まる前、ずっと訓練の相手してた僕が言うんだから間違いないって。


――ま、僕は丈夫だし竜だから魔法耐性あるし、頭いいしでそんな大事にはならなかったけどさ。気が付かなかった? 領地のいくつかが黒焦げになったあれ、兄上のせいだからね」


 今聞いたぞそんな話、と父親の顔色がどんどん悪くなるが、エッカはティアの順番を告げに来た魔人の声を聴いて立ち上がる。


「じゃー、出番だから、頑張ってね。僕たち客席で見てるから。いい? 兄上。一番大事なのは、お姫様にかっこいいとこ見せることだからね! かっこよくね!」


「エッカ、儂はなぜだろう、急に胸騒ぎがしてきたのだが……」


「遅いよ父上。あ、万が一兄上が切れたら僕と父上で抑えにかからないといけないだろうから、ちゃんと協力してね」

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