試合のはじまり
「はっはっは! 貴様が噂の竜か、遠慮はいらんぞ! さっさとヒトのふりなんかやめて全力でかかってきたらどうだ!
それにしても残念だったな、最初の対戦相手がこの俺とは。他の4人の出る幕もない、この東の拒絶されし龍撃剣が一瞬にしてお前を葬り去ってくれよう! しかしまあ、御前試合であるからして――」
以下朗々と長たらしい口上やら名乗り、挑発を最初の対戦相手は続けていたが、ティアは全部聞き流していて、それでこいつはいつ黙るのだろうか、それだけを思っていた。
呼ばれた割になぜか妙に待たされた挙句、さっさと出ろと言われて指定の扉から出て行ったところ、会場からすさまじい歓声が上がった。
その広さとヒトの多さに彼は一瞬だけ驚いたが、すぐにそんな些細なことは気にせずにきょろきょろと周りを見回してリリアナを探し始める。父とエッカの話では、必ず見に来ているはず――。
すぐに場所は分かった。王族の貴賓席は一番試合がよく見える中央の場所。
近辺に竜翼をかたどった特徴的な模様があしらわれているので、間違いなくそうだろう。リリアナと遊んでいたころにも、それに最近上京している間にも何度か見かけ、あれが王族の居場所の大体の印だとエッカは言っていた。
――ああ、そして、何度夢に見たことか! 彼女だ。ついに、彼女の姿を見た!
王のすぐ脇のスペース、そこで頬杖をついて、くつろいでいる。
いかにも詰まらないと書いてある仏頂面だが、それすらも久々の今は愛おしい。
遠い距離だが、眼をしっかり開けて彼は彼女を見る。
竜の種族特性がありがたい。魔人ならここまで遠くからこう詳細に相手の様子を観察なんてできないだろう。
空中から地上の獲物を探す彼らには、ある程度遠距離でも一点集中することで対象を細かく観察することが可能である。
――公式行事で公に姿を見せる場にもかかわらず、相変わらず少年の格好をしていた彼女は、しかし以前よりずっと大人びた顔立ちをしていた。
そう、大人びている!
どことなく未成年の子供らしさは残っているが、最後に会った時よりずっと、言うなれば、女っぽくなっている。
ああなんと言うことか、語彙力の不足が今は悔やまれる。
いったい彼女の事をどう形容しようか、この世のすべての賞賛を送ってもまだ足りない気がする。
それに噂通り、頭に4本の角。――角! なんてすばらしい、角が生え始めている!
なぜ彼がここまで興奮しているかと言うと、魔人にとって角が生えると言うことは大人の仲間入りの目安になるからだ。
竜で言えば、脱皮するのと同じこと――と彼は思っているが、竜の脱皮程彼らの成長は劇的でないので、角が生えても成人はもう少し先なのだと言う事実は、都合よく忘れている――。
そして今、一瞬だけ目が、視線がこちらに向いて、確かに交錯した――。
この瞬間、彼の頭は煩悩で埋め尽くされた。
リリアナ可愛い。リリアナきれい。リリアナとさっさといちゃこらしたい。――そのように。
すぐに彼女は目をそらしてしまったが、その金の瞳を強く心に焼き付けた彼は、もうこれですべてやり終わった気持ちにすらなっていた。
以上がすっかりのぼせ上った彼の感想であるが、もしも横にエッカがいたら、兄上フィルターかけすぎ、思考が変態すぎ、と冷静につっこんでくれたことだろう。
そういえばリリアナのついでにその貴賓席の側、たぶん貴族たちの席の近くに、ぶんぶんと手を振っているエッカとなんだか表情の硬い父親を見つけたが、今の彼にとっては割とどうでもいいことだった。
試合開始の合図が鳴って、彼は一応相手が喋るのをおとなしく待っていた。
リリアナと一刻も早く会いたい、さっさとこの邪魔なゴミを片づけたいとはやる気持ちと同時に、最短で会いに行くには焦って本能に頼りすぎてはいけない、それも理解していた。
なぜなら、リリアナに熱く視線を送っている途中、彼は近くの魔王が娘と自分とをなんとも言えない複雑な、けれどおよそ快いとは言えない顔で見比べていたことも発見したのだから。
試合前にエッカ達に言い聞かされ、そして叩き込まれたことを思い出す。ヒトの理に従い、ヒトとして優れていることを示す。
――今の場合、たぶん相手が黙るまで待っていることが礼儀なのだろうな、口上の邪魔をしてはいけないとどこかの本にも書いてあったし。
そういうわけで、相手が得意げな顔でいろいろしゃべっている――たぶん魔術やら彼の持ってる槍の事やらを自慢したいのだろうなと言うことをなんとなく察しながら、彼はずっと相手が始めるのを待っていた。
ようやく前置きが終わって、男が長々と詠唱を始め、空が曇り始めた時も、真顔でいつも通りボーっと突っ立っていた。会場はやんややんやの喝采だったが、彼の方はあまりやる気をなさそうに口の中でいくつかの呪文を発して準備する。
――やがて広い闘技場に、雷が落ち、竜巻が起こる。ちなみに観衆たちの方には被害が行かないように魔術が施されているので、彼らは安心してキャーキャー叫んでいる。
「ふーははははは! どうだ、私のもう一つの名前は、疾風せし怒れる嵐の神! これでは自慢の空中戦もできまい! もっとも、ヒトの姿のまま戦おうなどと言う無謀な選択をしたこと自体が貴様の敗因だがな! そーしてえええ……」
まだあるのか、と彼は槍を頭上でまわし始めた相手を前にあくびをかみ殺す。
というか、なぜこれだけの嵐を発生させておいて、それで仕留めないのだろうか。
ちょっと理解できないが、これが魔人流というものなのか。高度すぎる。
「これぞわが必殺奥義! 究極旋風剣!」
ぐるぐるとまわる槍に、風と雷が合わさり、男の周囲の地面にいくつもの穴を作る――。
ああなるほど、これがやりたかったのか。
彼は納得すると同時に、そろそろ頃合いであろうかと判断する。
ここに至って、ようやくティアは動き出した。
ごく自然に、風と雷に臆することもなく男の方に向かって歩き出す。
観衆たちが悲鳴を上げたり怒号を上げたりしていたが、そんなことに気を取られたりはしない。
彼はただ、男の振り回す槍をじっと見つめながら歩を進める。
「どうした竜め、気でも狂ったか! さては絶望し、自暴自棄になっているな!? それともやはり、獣のおつむはそこまで回らないか、さあ、とどめを――えっ」
彼はごく普通に歩いていき、そしてごく普通に男の振り回していた槍の柄をつかんだ。つかんだ手はばちばちと雷にまみれ風に切られるが、無傷である。
一瞬間抜けな声を上げた持ち主から自分の方にごく普通に引き寄せ、一緒に倒れこんできた男の腹部にお前は倒れてこんでいいと、これまたごく普通に蹴りを入れる。
――べこり、と鎧とその中身に多大なダメージが加わった証である、嫌な音がした。
男がぐふう、と言いながら飛んでいくのに、彼は走って追いつき、ちょうど地面に激突してびくびくと痙攣する男のわきにとん、と槍を立て、すばやくその場から離れ、先ほど男が高らかに告げていた技の名前を静かにつぶやく。
「究極旋風剣」
直後、男は槍から発生した竜巻と雷に追い打ちをかけられ、宙に舞った――。
一瞬にして魔術が解けたせいか雲が晴れ風はやみ、穏やかな日の光が戻る。
ちらりと振り返って確認するが、黒こげになっている相手は蹴りと一緒に申し訳程度の防御魔術を施しておいたからたぶん大丈夫なはずだ。まあ、全治何か月かかるのかは知らないが。
闘技場がしんと静まり返った後、大歓声に包まれた。彼を称賛する声、ブーイングする声。しかしそれらはどうでもいい。
(俺がなめられているのか、それとも本当にこんな実力なのか)
後者なのだとしたら、たとえ近衛ではないにしろ自分よりずっと、リリアナの安全を守る者たちのはずなのに。――すうっと彼は自分の身体が冷めていくのを感じた。
一方客席ではエッカが大はしゃぎしている。
「ね、ね? 父上、全然心配ないや、っていうか、びっくりするほど雑魚だったねー! まあ見世物試合だから、ああいう風に見た目だけ派手な奴も出てくるんだろうけど」
「エッカや、気のせいか、ジークの目がさっきよりもずっと据わっておるのだが。儂は対戦相手が心配でならぬ」
「だったら棄権すればいいじゃん。自己判断だよ、そんなのー。
一応この試合、殺意をもって挑んではいけないけど、事故死になっても相手を恨みません、自分も受け入れますって誓約書書かされるし、第一あんな術兄上に――ううん、僕ら竜に対する冒涜だよ。あはは、死んじゃえばいいじゃない、あんなやつさ!」
父親に振り返ったエッカの瞳は笑っているが、怪しい色に爛々と輝いている。テュフォンはここに至って、若い竜と言うものがどれほど簡単に頭に血を上らせるか思い出したのだった。




