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塔での決闘 4

今回そこそこグロいです。

苦手な人は注意。

 打ち上げられたリリエンタールは弧を描いてから背後の結晶の一つに沈む。

 硬い結晶は衝突に際しても砕けることもひび割れることすらもなく、しこたま身体を打ち付けられる事になった男の口から苦しい音が漏れていった。全身に痙攣けいれんが生じているのか小刻みに身体を震わせながら、時折エメラルドに発光する床に無様にうつぶせ状態で倒れこむ。喉に片方の手をやっている辺り、硬い物にかなりの力でたたきつけられた衝撃で呼吸がうまくいかないのかもしれない。顔は苦悶くもんにゆがみ、焦点の合っていない銀色の瞳が揺れ、大粒の汗を垂らしながらはくはくと口を開け閉めさせる。


 チャンスだ。良い不意打ちができた。ティアはこの機を逃さない。

 反応し切れていない相手が逃げるようにのたうち回ろうとするのを放っておかず、動きを封じるべく追いついてのしかかる。


 するとその瞬間、リリエンタールの瞳がさっと虹色になり、緩慢かんまんだった動きが激変する。

 追いつかれかけた赤薔薇近衛騎士は機械的にも見える無表情になると、くるりとひっくり返り、その勢いのまま足を蹴り上げる。狙ったのは歩行動物共通の急所。しかもリリエンタールに襲いかからんとしている子竜は今人型で全裸、遮る物は皆無である。


 ちなみにいかに頑丈な竜とは言え、一応生物の端くれなので中身はほどほどに柔らかい。殺意まみれの蹴りが股間に直撃したら、それなりにダメージは通る。はずだ。たぶん。

 なぜこの辺がいまいち断定しきれないのかと言えば、大人になってからその部分をピンポイント強打するような経験をしていないからである。子ども時代でも十分悶絶(もんぜつ)するほど痛かったはずだが、雄化したことでさらに感度が上がるのか、たくましい身体になったことでこの部分の強化されているのか、完全に未知だ。

 だってこれ伝家の宝刀だから本当に必要な時しか使っちゃいけないものだし、俺の貞操はリリアナのものだからつまり(諸事情により中略)、何にせよとりあえず当たったらものすごく痛いので行動に支障が出ることは避けられないだろう。当てさせてはいけない。


 という理性的な思考判断が素早く光ったのは、実際に脊髄せきずい反射した後の事後言い訳的処理の段階である。


 子竜の身体は本人の心と同じようにたいそうな正直者だった。本能的に従い、目前の危機回避のためとっさに全力で防御した。ついうっかり、自分に向かって蹴り上げられそうになった赤薔薇騎士の足を、ちょうどその瞬間前に出した手で思いっきり握りしめてしまった。



 ティアはリリエンタールのことを未だに気にくわない相手だと思っているが、一方で初対面の時ほどの悪印象ではなくなっている。ウザい。けどまあ、こいつはそういう奴だ。ぐらいに認識が修正されるようになっている。仮にも危機を二人で乗り越えた経験すらある者同士、「こいつは敵!」から「こいつは敵……?」ぐらいの認識修正はなされている。

 たとえば練習試合で組になったとき、相手が怪我をしないように手加減する程度の配慮はする仲になった。まあそんなところだ。ヒートアップすると理性の仕事率が減るのでお互い生傷が増えるが、それでもさらに「魔人社会で殺人は絶対禁忌(きんき)である」とリリアナにすり込まれた事実がある。


 要するに、ティアは王城で暮らしている時、大体いつだって無意識レベルで手加減してるのである。

 それが今、完全に吹っ飛んでいた。するとどうなるのか?



 簡単な話だ。

 ヒト種とは、興奮した竜の雄の前ではあまりにもろく脆弱ぜいじゃくな生き物なのである。



 触れることになったのはちょうどすねの真ん中の辺りだろうか。ティアの感覚では不運な右足を止め、それ以上の接近を阻止するだけのつもりであった。

 ところがリリエンタールの身体の勢いが、たまたまリミッターの外れている彼の最大限の努力を引き出してしまうことになったのだろう。


 あれ、おかしい。掌の中で手応えがなくなった。ティアの主観では最初にそう感じた。


 と同時に、何かすさまじい勢いで飛んでいったものの気配と、何かが勢いよく身体に噴きかかる感覚、それから掌の中の奇妙で気持ち悪い感触――。


 一拍遅れて、至近距離の絶叫。

 これもまた、ティアの反応を呼び起こす。


 彼はとても素直に、つかんでひっかいてこようとする相手の凶暴な腕を邪魔だと思った。

 なので自分の手を横にいだ。払った小指側の手の側面、ちょうど薙いだ時に刃の部分にあたるような場所に手応えが二つ。

 そしてうるさい絶叫に、もう片方の手をつきだして。


 しまった。


 自分のしでかした一連の動きを把握した時、一番始めに思ったのはそんな言葉だ。彼は防御と目的だった相手の無力化自体には今、完全に成功したと言っていい。


 蹴り上げてこようとした足は握られた部分が粉砕され、残りの足の先はどこかに飛んでいったまま。

 暴れようとした両手は二の腕辺りから一払いで鋭利な刃物で切り取ったかのように断たれ、やはり切り取られた両手がぼてりぼてりと少しずれた所に二つ落ちていく。


 極めつけは、顔だ。つんざくばかりの絶叫の声と、その瞬間ぎらりと剣呑けんのんに光った瞳。

 音は詠唱、つまり具体的な攻撃準備の可能性として、瞳は明確に失われていない敵意の証拠として認められる。

 ティアの身体は瞬時に反撃のリスクを覚え、素早くその排除に走った



 床にたたきつけた掌の下で、リリエンタールの顔は完全につぶれ、床には対ショック用の防御システムが発動したにも関わらず、目に見えてわかる大きなひびが走っていた。


 呆然と、自分のしたことを、ゆっくり何度も瞬きをしてもう一度見つめてから、おそるおそるリリエンタールの身体からどく。

 ……我ながらなんてひどい。肉と骨と血と、とにかく赤くて何がなんだかわからない塊がティアの尽きだした拳を中心に散乱している。強くしすぎたのだろう、リリエンタールの頭の中身は一部が床と同化していた。美貌の色男も顔なしになってしまえば形無しだ。文字通りの意味で。


 こ、ここまでやるつもりなかったのに。短命種だったら間違いなく即死してる。リリエンタールは長命種だし魔力の、つまり生命力の高い男だ。大丈夫か、大丈夫なのか!? おそるおそるリリエンタールの塊の上からどき、途方に暮れて両手を見下ろす。そこにあるのは一部残骸ざんがいまじりの血糊ちのり、ついでになんとなく視線を下ろしたら両手だけじゃなくて体中に色々浴びていた。なんかこう、客観的にはどう見てもティアが悪いように見える気がする。


 すっかり困った顔でもう一度リリエンタールの動かぬ身体に目を戻したティアは、ほっと自分の口から息が思わず漏れたのを聞いた。


 沈黙していたリリエンタールの身体の破片が震えだし、ぺしゃんこになっていた肉片達がやがてうぞうぞ動いて盛り上がり始める。身体の内側から外側へ。あちらこちらに散らばっている残骸がまるで強力な磁石に引き寄せられるかのように、破壊され損傷の激しい身体にむかって引き寄せられていき、ざざざざと妙な音を立てながら再生をする。血の気が引く音に似ているな、とティアは聞いていて思った。


 まもなく、ティアがどきどきしながら見守っている前で、エドウィン=リリエンタールの頭部は立体を取り戻し、飛んでいった部品達は収まる場所に戻り、全身はひとまずの再生を終える。しかしまだ回復し切れていない場所があるのか、銀色の瞳は半開きだが生気がなく、意識が戻った様子はない。

 ちなみにどういう原理なのかよくわかっていないが肉片や骨はどうも戻ったらしいが、広がっている血は床に伸びたままだ。なのでリリエンタールは今だけ見ると無傷で血の海の中に寝そべっているように見える。中途半端でかえって不気味だ。


 と、力なくぐったり倒れたままのリリエンタールの周囲から何か薄いものが割れるような音が聞こえ始め、程なく彼の身体を透明の塊が覆っていく。

 それは、周囲の眠れるヒトビトを覆う結晶と同じもののようだった。リリエンタールの身体から生えだしたそれらはまもなく完全に彼の姿を取り込み、頑丈な自分の中に隠してしまう。


「お前、ずいぶんとひどい奴だなあ、味方相手に」


 ティアは今度こそ深く息を吐き出した。気が緩みそうになるが、そのときを見計らったように上から声が降ってくるのですぐに気を取り直した。


「あーでもー? 心臓とか角とかは行かなかった辺り、変化じゃなくて憑依ひょういでしたーってトリックには気がついてたって事? あはは、すごいすごい!」


 場違いに広がる天井の青い空からこれまた場違いに明るい声が降ってくる。

 ティアは声の聞こえる方をにらみ、喉の奥で低いうなり声を上げた。


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