異変
「シーグフリードさーん! はやく来るっすよー!」
「ジーク、置いていくぞー」
連れの二人に呼びかけられ、ティアはぼうっと飛ばしていた意識を現実世界に戻してきた。
ニコはぶんぶんとちぎれんばかりに手を振り、ヘイスティングズはいつもの余裕の態度で笑っている。
三人が今日来ているのは西部の主要都市の一つ、地下都市ラーヴィリングスだった。
シーラの好意で宿泊を続けている婆の家からは、鉄道を一つ、ターミナルを一つほど経由してたどり着くことが出来る。ニコの酔いはシーラが出してくれた薬で大分抑えられるようになったらしく、短命種は多少顔色を悪くしながらも転移装置使用直後から元気そうに歩き回っている。
風の大地と呼ばれる西部は、その名の通り独特の強風が吹くことを土地の特徴としている。その中でも特に竜巻が多いこの地方は、地上に出ている部分は自然災害の影響を受けやすく、ヒトビトは安住の地を求めて自然と地下に集まるようになっていった。その結果がこの地下都市である。年々外壁の外側にヒトビトが新たな居住区や外壁を作っていく帝都と似たように、西部ではヒトが増えると地下都市が広がっていく。
今いる場所は大広間のようになっている比較的開けた空間で、ドーム状の天井にはいくつもオレンジ色の屋内照明がぶら下がっているが、広さのせいだろうか、少々薄暗いような印象を受けた。大広間はいくつかの道の交差点なのだろう。見回してみると、上下に移動する階段や四方の別の場につながっているらしい大きな道と、その上にわらわらと歩いているヒトビトの姿が見える。
ティアが人混みを若干苦労しながら押しのけて二人まで追いつくと、ヘイスティングズは顔をゆるめてから手元の紙に目を落とした。
観光センターから有料で貸し出されている折りたたみ可能なこの紙には、広大な地下都市の最新マップに加え、お得な情報とやらが表示されているらしい。満場一致で機械音痴判定を出されたティアは触らないことを厳命されているため、大人しくニコとヘイスティングズが操作するのを二人の後ろから覗き込むのみである。
「魔術地図の情報によると……今日の地上は一日荒れているらしいな。出られそうにない。まあ、この地下都市を巡るだけでも十分だろう」
「おれっちそれだけでもすっごく楽しいっす! すごいっす、すごいっす! 地面の下にこんなおっきな町があるなんて!」
はしゃいでいるニコの横で、確かに広いには広いのか、とティアはぼんやり思う。
帝都は人口は多いが、単純な規模自体なら他の都市にゆずる。地下都市は横だけでなく地中への階層構造が可能だ。何気なく見た壁の向こうに一体どれほどの数の部屋が広がっているのか、考えるだけでくらりとする。
「ただ、場所によっては迷路のようになってしまってなかなか出てこられない所や、治安の悪い部分もあるらしいからな。二人とも、私から離れるなよ」
「はいっすー!」
ニコがピンと腕を上げて元気よく答えた横でティアもうなずく。
西部の観光に行くようになってから何度も言われてきたことではあるが、ティアが大体ぬぼっとした顔をしているせいだろうか、先ほどのように気が抜けているあまりいつの間にか置いていかれることもあるからだろうか、ヘイスティングズは行動にあたって自分の同行と許可が必要であることを繰り返すことをやめない。保護者の責任という奴なのだろうか? さすがに鈍いティアも少ししつこいのではないかとほんのり感じるが、比較的珍しい竜種の自分が慣れない土地でこの二人から離れたら面倒ごとが起きそうな予感もするし、ニコと一緒に従順にうなずいておく。
しかし元気よく歩き出そうとした二人を先導しようとしていたヘイスティングズが、急にぴたりと足を止めたかと思うと、何やら荷物を漁り始めた。ぶつかりそうになったニコが慌てて避けながら声をかける。
「わわっ――団長さん? どうしたっすか?」
「わかった、少し待ってくれ。ここは環境が悪い、かけ直す――と、すまない。少し連絡が来てしまった。確認してくるから、二人ともこの辺りで待っていてくれないか?」
ヘイスティングズは通信用の小型端末を片手に、ティアには自分の荷物を、ニコには――暇つぶし用に使えという事だろうか――魔術地図を渡してきた。どうやら彼は通話をしたいらしいが、ヒトが多くがやがやしているのと、外部との通信があまりうまくいかない環境だから移動の必要があるのだろう。
「またお仕事のっすか? 大変っす」
「いや――まあ、そんなところか。すまないな、せっかくの外出で何度もこうなってしまって」
「いーえー。おれっちたちは全然大丈夫っすよー。ね、シーグフリードさん」
ニコに話題を振られたのでティアは瞬きしてからとりあえずうなずいておいた。ヘイスティングズは苦笑するが、まもなく離れていく。残された二人は至って行儀良くその広い後ろ姿を見送った。
「いってらっしゃいっすー! ……さーて、シーグフリードさん。またお留守番っすよ。あの風の精霊の像? のところがいいっすかね。わかりやすい目印っすし、像の周りならそこまで皆さんの邪魔にならないっす。一緒に魔術地図見るっすよー」
ニコはきょろきょろ辺りを見回し、大広間の中にいくつか設置されているモニュメントの側までティアを引っ張っていく。その場所なら比較的通行の邪魔にならないと判断したのだろう。ちょこんとニコが座り込んで地図を広げたので、ティアもその側にヘイスティングズの荷物と腰を下ろす。
黄薔薇団長ともなれば、オフの間も忙しさからは逃げられないと言う事なのだろうか。
ヘイスティングズは観光の途中でも、定期的に誰かと連絡を取っているようで、たまに先ほどのように二人から離れて通信をしに行く事があった。
模範的態度のニコと、リリアナがいないときはほぼ置物化することに定評のある二人は、残されて留守番状態になっても特に問題を起こすことはない。ヘイスティングズがいるときはヘイスティングズの、ニコと二人の時はニコの話を聞いていればいいのだと、アホの子認定を受けやすい竜は認識していた。
二人でモニュメントの脇に座り込み、ニコが魔術地図を広げながら楽しそうにおしゃべりを始めようとした時だった。
その感覚を何と表現すればいいだろう。
びりっと身体の奥に光が、痛みが走ったとでも言おうか。
子竜がばっと天井を見上げて瞬きもせずに凝視していると、ニコが会話を止めて不安そうな顔になる。
「シーグフリードさん? どうしたっす――」
彼は途中で言葉を飲み込んだ。
それもそのはず、バチンと言う音と共に一瞬にして大広間がブラックアウトしたからである。
「えっ――魔力供給停止!? な、なんで」
ニコが叫んでいるのをよそに、ティアは素早く回りを見回す。細めた視界に映るヒトビトの影は皆突然の照明消灯にざわつき、不安げな気配が充満している。
しかし、まもなくカチリと何かが切り替わるような音と共に、再び大広間がオレンジ色の淡い光の中に浮かび上がる。
「皆様、こちらはラーヴィリングス局、システム管理部でございます。現在魔力停止が発生しましたが、非常供給源への切り替えが成功しました。皆様の活動には影響なくお過ごしいただけます。ご迷惑をおかけし誠に申し訳ございません。なお、原因につきましてはこちらで竜巻との関連などについて、調査中でございます。避難情報についても確認中です。皆様の安全のため、どうか落ち着いて行動をお願いいたします。繰り返します。魔力停止が発生しましたが、非常供給源への切り替えにより――」
女性の声のアナウンスが流れると、ニコはほっとしたように息を吐いた。
「ああびっくりした。竜巻がひどかったんすかね? もー、こんなときに団長さんがいないのは心細いっす。ってか団長さんも大丈夫っすかね? 早く戻ってこないかなあ――シーグフリードさん?」
しかし、連れが話しかけていることにも関わらず、ティアはどこか上の空である。むしろ天井を先ほどよりさらに険しい目でにらみつけている。明らかな異常事態に、ニコが怯えながらも、おそるおそる彼の注意を引こうと肩の辺りを叩こうとした瞬間――。
すっくとティアは立ち上がった。
「えっ」
ニコがあっけにとられて途方に暮れた声を上げるのと同時に、ティアは魔力停止から未だ混乱の抜けきっていない人混みの中をいきなりヒトをかき分けながら走り出したのだった。




