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老女との邂逅

 しばしの硬直から立ち直り、そういえば荷物は、ときょろきょろ辺りを見回し始めたニコにシーラはほほえみかけた。また赤くなるニコに、荷物は既に滞在先に届くよう手配されていると告げる。彼女はヘイスティングズと今回の予定についてなにやら確認し合っているが、ニコが転移酔いしやすい方であると知ると、ふるふると三角形の耳を震わせ首をかしげる。


「では転移より時間はかかりますが、列車で移動しましょうか?」

「列車……ってあの、線路の上を無人の車が定期的に走る奴っすか? さすがに城にはないっすけど、城下の循環列車なら見たことあるっす。城下を一周するように走ってる奴っすよね」

「そうだ。西部は地場嵐が起こりやすい土地柄だからな。転移装置もあるにはあるが、安全上止まることが他の土地に比べて多い。より確実な移動手段として、列車もよく併用されている」

「列車って線路の上無人で走る奴っすよね? あの、城下を一周する。地場嵐が来ても大丈夫なんすか? 脱輪とかすると大変って聞いてるっすけど、西部は風も強いって話っすし」

「お、よく予習しているな。地場嵐は停車して空間が落ち着くまで待つことで対処できるが、風があまりにひどい場合は馬車を利用するぞ。乗れるなら私は列車がいいと思うな。西部のは城下と比べて車両数も多いし、何より速い。十分な土産話になる」


 ニコの質問にはヘイスティングズがすらすら答える。短命種は一通り気になることを聞き終わると、しょんぼりした顔つきになった。


「う……だったら、お言葉とご配慮は嬉しいっすけど、そのう。おれっち、速い乗り物全般、酔いやすい方みたいなんす。なんで、お構いなく転移で移動してくださいっす。同じように酔うならさっさと終わる方がいいと思うっす」


 ヘイスティングズはわかった、シーラはかしこまりましたと短命種に応じる。二人とも(特にヘイスティングズの場合ティアには思いもよらない)柔らかな言葉遣いでニコを励まし、より一層短命種は恐縮している。


「何も言わないシーグフリードさんはおれっちの心の支えっす……」


 そんなことを言いながらティアの後ろに隠れようとするので、ティアはしばし考えるポーズを取ってから、わしゃわしゃとニコの頭をなでつけておいた。髪型を乱されてやめるっすー! と言いながらもニコはどこか嬉しそうだ。これで正解なのだろうと解釈する。


 たくさんいるヒトビトの邪魔にならないような場所まで全員で移動してから、シーラがごそごそと荷物の中から布を取り出した。より複雑な転移術の魔方陣が印字されているそれを彼女が丁寧に広げ、起動の呪文を唱えるとふわりとティア達をどこからか巻き起こった風が包み、ぐっと身体の内側が引っ張られるような転移特有の感覚が訪れる。まばゆい光に景色がとろりとゆがむように溶け、数拍間を置いてから別の物に変わる。


 再びの転移が終わって見回すと、そこはどうやらこじんまりした誰かの家の庭のようだった。ふわりと漂ってきた覚えのある花の香りに、ティアはぴんとくる。


 ――薔薇だ。


 彼はそのまま庭の中をふらふらさまよっていこうとするが、不穏な気配の前触れを察知したヘイスティングズに首根っこを押さえられて確保されたので停止する。仕方ないのでそのまま残りのメンバーも無事に転移成功しているか確認してみると、うずくまるニコに向かってシーラがかがみこみ、なにやら呪文を唱えているらしい。ニコの身体が淡くオレンジ色を帯びた光に包まれると、彼の目に見えて悪くなっていた顔色が大分改善されたように見えた。ニコはきょとんとしてから、座ったまま歓声を上げる。


「すごいっす! 一気に楽になったっす。もう全然つらくないっす!」

「少しぐらいでしたら、わたくしにも回復術の心得がございますので」


 控えめに答える彼女に、のっそりと歩み寄る大柄な影があるかと思ったらヘイスティングズだった。


「さすがおばばが見込んだ方だ」

「褒めていただけるのは嬉しいですけど、おだてられても何も出せませんよ」

「城にはいらっしゃらないのですか?」


 問いかけられた言葉に、シーラは一瞬考え込むような仕草をしてから目尻をゆるめた。


「……ありがたいことに、ヘレン様からご推薦いただき、陛下と殿下にもお許しはいただいております。ただ、ヘレン様にはとてもお世話になりました。できれば後もう少しおそばにと、わがままを言わせていただいております」

「いや……そうだと思った。それに殿下もその方がよろしいだろう」


 殿下、とリリアナの話題が出ているのでティアは耳をすませるが、会話の内容がいまいちつかみきれずにぽかんとしている。するとヘイスティングズが小声で耳打ちしてきた。


「ジーク、彼女とは今のうちから仲良くしておけよ。正式に公示されたわけではないからまだあまり大声では言えないが、おそらくシーラ殿は今後城で殿下付きの侍女になる方だぞ」


 ということは、ひょっとすると新たな子羊候補か。しげしげと改めて獣人女性を眺めていると、こちらへと彼女が促すのでついていく。




 ティア達がやってきた家は、貴人のすまいらしくこぎれいな庭にそれなりの広さの屋敷があったが、内装は大分質素な方で、この手の家にしては物がないとティアは感じる。人の気配もあまりない。だが、それでも所々に花が飾ってあるせいだろうか、わびしかったりするような印象は受けない。ちょうどシーラのように、清潔で慎ましく上品にしているといったイメージだった。


 シーラはティア達を先に今回泊まる客室とやらに案内し、荷物を下ろすように言う。言われたとおりにしてぼーっとしていたティアだが、ヘイスティングズやニコに急かされるので適当に頭をなでつけてから彼らについていく。


 シーラに導かれた一向が主の部屋を開けた瞬間、室内から老女の声が飛んでくる。


「シーラ! お客人がいらっしゃるというのは、今日だったのですかえ? わたくしはきちんと出迎えると言ったはず、だまし討ちのような真似をして、まったくこざかしい子じゃな!」


 ひゃっとニコがびっくりした声を上げてティアの後ろに隠れ、ティアも目を丸くしている一方、声の主をよく知っているらしい二人はどちらも顔をゆるめる。


「おばば、久しぶりだ」

「あなた様とはそれほどでもありますまい」

「カーティス殿を攻めないでやってくれ。言いだしたのは私の方だ」

「そうでしょうとも、あなた様は性格が悪いですからな!」


 ののしり言葉のわりに、本気で怒っている感じはない。親しい者同士特有の気安さのようなものがどこか感じられる。ヘイスティングズは遠慮なく歩いて行って抱擁など交わしているが、勝手のわからない二人は静かに部屋の扉を閉めて立っているシーラの横で成り行きを見守る。


 どうやらベッドで本を読んでいたらしいしわくちゃの老女は見るからに衰えていた。さっと目を向けたティアは彼女の角がすっかり黒ずみしぼんでいる様子を見て、聞いていたとおりの末期であることを悟った。皺だらけの顔は屋敷の主人らしく、老いてなお往事の容貌をうかがわせるほど整ってはいたが、ところどころ黒ずんでいることや染みついた顔色の悪さをぬぐいきることはできていない。


「まったく、早速みすぼらしい様をさらすことになりますとは……」


 ぶつくさ言っていた老女はヘイスティングズの方からティアの方にふと視線をさまよわせると、そこで動きが止まる。じっと見られたティアがなんだろうと見つめ返していると、師父はたしなめるように言葉をかけてきた。


「ジーク、そんなところに突っ立っていないで、ほら、挨拶しなさい」


 手招きされるので歩いて行って、作法通り初対面のご婦人に対する挨拶をしておく。そっと取った相手の手が驚くほどやせていたことに内心驚くが、あまり顔に出さないまま自分の名乗りまで済ませると、相手の反応を待つ。彼のことをじっと見つめ続けているままの老婆に、ヘイスティングズがやけに優しい声で語りかけた。


「おばば。……どうだろう。ぼんやり抜けているところはあるが、なかなかいい男だろう」


 どういう紹介の仕方だ、と師父に呆れた目を向けそうになったティアだが、いよいよ老女が口を開くので再び彼女に目を戻す。


「では、あなた様がひい様の夫となるお方でいらっしゃるのか」

「はい」


 ティアが間髪入れず即答すると、一瞬周囲がぎょっとする気配がした。老女はなおも強い眼力を若い竜に向けている。ティアは微動だにせずに彼女を見つめ返し続ける。


 やがてほ、と誰かが息を吐く音とともに婆はさらに顔をしわくちゃにし、緊張がゆるむ。

 彼女は小さくつぶやいた。


「そうでしたか……ひい様は、このような方をお選びになったか」


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