西部の迎え
「よし。ここから先は私についてくるように。いいか、施設は広い上にヒトが多い。こっちも定期的に人数確認はするが、ぼやっとしていてうっかりはぐれてくれるなよ。ジーク、お前だって一応れっきとした成人なんだからな。その年となりで迷子は、割と恥ずかしいぞ」
城下の船着き場までたどりつくと、ヘイスティングズは転移装置システムのあるターミナルの方に二人を先導する。特に危険そうなティアの方にしっかり釘を刺した。弟子はむくれた顔をしているが、一応ヘイスティングズ相手であるし、大人しく言うことを聞いている。大柄で有翼魔人の師父が歩くと大分威圧感があり、周囲の忙しそうなヒトが心なしか顔をしかめながら避けていくが、その分くっついていく方は楽である。
「あれ、団長さん。そっちに行くっすか? ターミナルってあっちじゃなかったっすか?」
きょろきょろ辺りを見回しながらニコが呼びかけると、ヘイスティングズは悠々と歩きながら答える。
「普段使っているのは城下に転移するための装置があるターミナルだろう? 今回はもう少し遠いところまで行くからな。少し管轄違いなのさ」
「あ、そうだったっすか」
ニコは納得した顔になり、素直に付き従う。小柄な短命種は人混みの中でよくもまれては、少し苦しげな声を上げている。見かねたティアははぐれていかないようにと気を利かせ、首根っこをつかまえてやった。
「……ジーク。いくら短命種相手とは言え、お前もう少し丁寧なやり方があるだろう」
そのままずるずる引きずっていこうとすると、さすがにヘイスティングズに止められる。ならば手をつないでいこうかとするが、実際にやってみると激しい違和感に苛まれ、なぜか反射的に振り払ってしまう。ニコは振り払われるとぐえっと声を上げ、肩をさすっている。
「おれっち今なんか悪いことしたっすか!?」
「……お前がせめて女だったら、もう少しこう、絵的になんとかなったんだろうがな」
「つまりけなしてるっすよね、おれっちのことけなしてるっすよね!? つ、つまりおれっちが見た目かっこうわるくならないように、それでいてはぐれなきゃいいっす。わかったっす、おれっちシーグフリードさんの荷物につかまっていくっす、それでいいっすよね!?」
半泣きのニコの提案が受け入れられ、それ以降はなんとか無事に目的の場所の入口部分にまで来ることができた。
するとヘイスティングズはあらかじめ用意していたらしい転移装置利用チケットを取り出して、ティアとニコに渡しながら説明する。
「ほら二人とも、これがチケットだ。持っているだけで改札が通れるようになる」
「ほえー。さすが最新式の魔術は色々違うっすー。便利っすねー」
「城下中央ターミナルと、西部中央ターミナル、それから間に両矢印が書いてあるのがわかるな。このチケットは、城下から西部間の移動が有効ってことだ。往復券だからなくすなよ。改札を通ったらまた回収する。……やめろジーク、いじり回すんじゃない。破れたら面倒だろうが」
「だからどうしてあなたはそうすぐ、初めて持った物を条件反射的に壊そうとするっすか、めっすよ!」
二人にたしなめられてティアは不穏な動きをしていた手を止め、ぱちぱちと瞬きをして二人を見る。一瞬さっと緊張を高めた二人だが、とりあえず危機が去ったことを確認するとほっと息を吐いて説明を続ける。
「その下の所に、今日の日付と時間があるな? これは予約券ってことだ。ヒトが押し寄せてあまりに混雑が激しいと入場制限がかかることがあるから、そのときは当日券購入者より、優先して移動させてもらえるということだな。あとは改札の番号が書いてあるが、少し注意しなければならないのは、転移装置は通行の混乱を避けるため一方通行という部分になる。入口と出口の表示に気をつけろよ。出口の方の転移装置に行っても、向こうから来る連中とぶつかるだけだからな」
はあい、とニコは手を上げて愛想よく返事をし、ティアはこくこく頷いている。
何しろ賑やかな人混みの中なので、注意していないとすぐに言葉が聞き取れなくなってしまいそうだ。
改札には一応係員のような者が横の待機所で通過するヒトビトを見張っているが、ヘイスティングズが挨拶をするとはにかんだような笑顔を返してくる。腐っても近衛団長、外面は非常によろしいようだ。思わず半眼になるお供二人である。
余裕のヘイスティングズはお手本代わりに改札を通って見せて、向こう側から呼んでいる。二人はしっかりとチケットを握りしめ、緊張した面持ちで足を踏み出した。一人ずつ回るレバーのような器具を押して特に問題なく抜けると、少し先行していた師父が手招きしている。
「問題なかったみたいだな。チケットに何か不備があった場合なんか、今の回転具が回らないから入場できないんだ」
ほえー、とニコは呆けた顔で、ティアに耳打ちしてくる。
「いつも使ってる城下の奴は、そもそもターミナルに入る前にチケット確認されるっすけど、そっから先は乗り換えも何も割とこっち任せっすよね。地方に行くターミナルは、改札は奥に引っ込んでいるけどその分各所対応って感じなんすかね」
そんなものなのかもしれないなとティアは軽く流している。師父は二人からチケットを回収すると、そのままさっさと大型の転移陣が書いてある場所まで向かってしまう。
「あっ、あっ、ジークさん! ほら、カウントダウンが始まっちゃうっす。早く陣の中に入るっす」
なんとなくぼーっと突っ立ったままのティアの荷物をくいくい引っ張って、ニコはヘイスティングズの近くにまで寄っていった。陣の上には種族も見た目も全く異なる様々なヒトが数十名乗り合わせており、転移陣が作動するのを大人しく待っている。近くの魔術音声出力装置から女性の声が流れてきた。
「皆様、大変お待たせいたしました。まもなく当陣は、西部中央ターミナル7番改札出口とのアクセスを開始いたします。チケットの行く先を確認し、お乗り間違いのないようにお気をつけください。当便をご利用のお客様は、赤い線の内側にしっかりお立ちになり、お荷物等がはみ出ないようにご注意ください。駆け込み、無理な乗陣は事故やトラブルの元となりますので、ご遠慮願います……」
「ううう……おれっちこの瞬間毎回嫌なんすよお……緊張する……」
出発の前のテンプレート的な注意事項のアナウンスに、ニコはそわそわと身体をふるわせ、不安げにティアの荷物をつかんでいる。ティアはとりあえず、ぽんぽんと短命種の頭を叩いておいた。ふわあ、と間抜けた声が聞こえる。ついでにぐしゃぐしゃ髪を適当にかき乱してみる。やめるっすー! と抗議の声が上がる。
「それでは、本日も安全で快適な輸送を。転移装置、まもなく作動します。安全装置、よし。信号、よし。アクセスコード、オン。ご、よん、さん、に、いち――」
係員の声とともに床に書いてあった魔方陣にまばゆい光が灯り、そしてすべてが白の中に包まれた。
「大丈夫か?」
「吐き止めがなかったら即死だったかもしれないっす……」
なんとか無事に転移はできたが、案の定酔ったらしく非常に顔色の悪いニコをさすりながら、ティアとヘイスティングズは出口に向かって歩く。降り立った瞬間、意識が次元の狭間に放り出され、それからぱっと現実世界にはき出される瞬間、からりとした空気が鼻孔に流れ込み、ティアは思わず身体を震わせた。前評判通り、降り立った瞬間から西部のからりと乾燥した空気が身を包む。慣れない空気の香りに落ち着かなくてぴくぴく耳を動かしているティアだが、ヘイスティングズがニコを連れて改札から出ていこうとしているのを見つけると、慌てて後を追いかける。
ニコはうえーと口に出してはいるものの、一応歩くことはできるらしい。外の空気を吸えば少しはよくなるさ、と励ましているヘイスティングズから、ふとティアは目をそらして顔を上げた。
「ヘイスティングズ様――でしょうか」
改札を出たところは軽い待合室のような広場になっていた。その中を、まっすぐこちらを見て歩いてくる者がある。行き交うヒトビトが、彼女を見ると少しぎょっとした顔になり、ぶつからないように離れて移動しようとする。すると人混みの波を割って歩いてくるように見えるのだ。
師父が微笑みを深め、一歩進み出て彼女の手を取り、迎える。
「ああ、あなたがカーティス殿ですか。いやはや、このようにお若くてお美しい方とは思っていなかった」
「わたくしはとてもお口のうまい殿方ですから気をつけるようにとうかがっておりました。どうやら本当のことだったようですね」
「これは手厳しい。思った通りのことを言ったまでなんだが」
「ありがとうございます」
上品に髪を結い、いかにも侍女ですといった出で立ちの獣人女性はぴょこりと三角形の耳を震わせて優雅にお辞儀した。ヘイスティングズの早速の言葉も軽く流して笑っている。
「黄薔薇騎士団長バートランド=ヘイスティングズ様、黄薔薇騎士シーグフリード=テュフォン様、それとニコ=ソーケル様。本日はよくお越しいただきました。お初にお目にかかります。わたくし、シーラ=カーティスと申します」
ティアは師父にうながされて、同じように騎士流の挨拶をする。
……一通り終わって、妙に静かだと振り返ったところ、ニコの顔色はすっかり青から赤に変わっている。
西部のからりと乾いた爽やかな風が、彼らの頬をかすめていき、ふわりとほのかに花の香水のかおりがくゆった。




