遠ざかる城
うるさい見送りを背にして、いよいよ雑多な待合広場から進み、受付まで行って手続きをする。事前にニコやヘイスティングズに教えられていたとおり、術式証明書を提示していくつかの質問に答えた。自分の所属と名前、滞在先、滞在の目的、滞在期間、等々……。それから同時に軽い手荷物検査と身体検査を済ませて問題なく通過許可が出ると、いよいよ門までやってくる。
「城下に降りるだけの場合は術式証明書見せるだけで済むっすしほとんどフリーっすけど、他の支部まで行くとなるとそれなりの手続きが必要になってくるんすねえ」
少しまごついたティアの後から受付に入ったわりに同時に出てきたニコは、ヘイスティングズを待ちがてらそんな風に話しかけてくる。
「おれっちほとんど城育ちっすからあんまわかんないっすけど、やっぱりお城は入ってくるときが一番厳しいっすよね? 一回お城用の術式証明書が発行されちゃえば出て行くときと同じくらい簡単に済むっすけど、最初の時とかめっちゃ時間かかったんじゃないっすか?」
言われてふむ、とティアはうなずく。
初めて城に来たときは、確かそれこそ術式証明書の発行から手続きを始めたから、入るのにはものすごく時間がかかったような気がする。とは言え、その前の盛大な歓迎にもみくちゃにされている間に、必要書類はヘイスティングズ達がほぼそろえていたし、あれこれ言われる指示に従って目を回しながら記入していったら特に文句なく通してもらえたので、忙しかった記憶はあれど、そこまで苦痛は覚えなかったはずだ。
そういえば、あの時も来たら生活用品一式が既に取りそろえられていた気がする。デジャブって奴だろうか。
「確かに、時間はかかった気がする」
ゆっくりと答えるとニコは好奇心に満ちた目を光らせる。
「何聞かれたっすか? やっぱさっきのと同じようなことっすか?」
「……すごくいろいろあったから、あまり覚えていない。でも今回よりももっと多かった気がする」
「シーグフリードさんはそれこそ来たときはほぼ着の身着のまま状態だったっって話っすよね? お部屋はまあ至急してもらえるとして、そのほかは城下に買いに行ったっすか?」
「いや、なんか用意されてた」
「さすがのVIP待遇っすー」
記憶をたぐればたぐるほど、見習いの頃なんか特に、黄薔薇の先輩達が何もかもあれこれ構い倒してきたので、わからないことがあるとすぐに教えてもらえていた気がする。あとほぼ一から十まで向こうで用意されていたのでそれが普通だと思っていたが、本来はもう少し自分であれこれ持ち込むものなのだと知ったときは、確かにこれが御前試合勝ち抜き特典なんだろうか、とかニコと同じような感想を抱いていた。
認識が修正されたのは子羊たちと知り合い、部屋に入り浸らせてもらえるようになってからである。
「あ、そういえば生活に不自由はしてますか? してるはずがありませんよね、パトロン殿下で実行が僕らなんですから。感謝してくださいよね。君の事いろいろ考えてはからってくれてるんですよ、殿下。もう愛が重すぎて爆発させたいぐらい」
ある日の午後、談話室でせっせと勉強中のティアに向かって、セオドア=ヒューズはおやつをかじりながら、ついでのように何気なくこぼした。
リリアナからまったくそのような話を聞いていなかった子竜が歓喜にうちひしがれ愛にフィーバーしそうになると、奴はさらにさっくりと付け加えた。
「だから君は死ぬ気で見習い昇級試験、首席を取るように。とれたらご褒美に殿下がキスしてくれますよ、たぶんですが」
言われるまでもなくめちゃくちゃ頑張った。その結果が現状である。
ほわほわとピンクの妄想に浸り、だらしなく顔をゆるめていたティアだったが、ようやく面倒な審査等を終わらせたらしいヘイスティングズが歩いてくるのを見ると、きりりと顔を済ませる。
「あれっ、荷物はどうしたっすか?」
「大きいのは先に送ってもらったからな。行く先で受け取ることができる」
妙にすっきりした見た目にニコが驚いたような声をかけると、ヘイスティングズは笑い、彼の動きに合わせて背中の白い翼がばさばさと揺れる。なるほど、そういうことをしていたから自分たちよりかなり時間がかかっていたのか、とティアは納得する。保護者兼責任者は色々と任されているのだろう。
敬礼する門番達に手を振ってから、大柄な師父は城下への連絡がされている船が出る場所まで先に立って歩き出した。ついていくと、軽く振り返って話しかけてくる。
「出て行くだけの割に、結構面倒で驚いたか? 城の場合、入る方はもちろん厳しく見るが、出る方もそれなりに気をつける必要があるからな」
「おれっち、お出かけするからちょっとだけ予習してきたっす。普通、出てくときは割とノータッチってところが多いって聞いたっす。実際、お城から城下に行くときなんかはすっごく楽で済むっす。支部の移動になると制限が厳しくなるのはなんでっすか?」
「一つには、昔の名残だな。昔は本当に国として分かれていたから、その時はもっと厳格な入国出国審査をしていたらしいぞ。まあ今も、東西南北の四部は、中央部とは少し異なったやり方をしているがな。あっちに移動したら、中央部の決まり事より西部独自の決まり事の方が優先されることもある。都度教えていくつもりではあるが、あまり勝手なことをするなよというのはそういう部分もあるわけだ」
ニコに応じる師父の言葉に、ティアは歴史のおさらいをする。
初代魔王が統一するまで、魔界はいくつもの国に分かれていたが、東部、西部、南部、北部、中央部の五つに大別できたらしい。東部は水の国、西部は風の国、南部は火の国、そして北部は石の国。
ティアの行き先は西部だ。その名の通りからりと乾いた風が年中吹いているらしい。乾燥するから女性のお肌の天敵、なんてニコが言っていたのだったか。
ちなみにリリアナが視察に向かうのは北部だとか。日程も、ティアが出発した直後から、ティアが帰ってくる直前程度で予定されている。せっかく城下に降りるのだからてっきり時間をかけて一通り魔界を見てくるのかと思いきや、それはまた今度、それこそ成人後にでもやるつもりだと彼女は言っていた――。
師父の話は続く。
「それともう一つ。城には最先端の技術が集まっているだろう? ここでしかないもの、使えない物もあるし、中には城下や他の支部に持ち出されると問題になる危険物を保管している場所もある。まあだから、一応そういうのが無駄にどこかに行ってしまわないようににらんでいるってところだな。部署によっては出て行くときにもさらに厳しい身体チェックをされたりするぞ。我々は一般的な近衛と短命種、さらに城内術式証明書所持者だから、大分審査が緩い方だがな」
よどみなく答えるヘイスティングズに、ほうほうとティアは半分ほど聞き流し、ニコは目を輝かせてうなずいている。
「危険物っすか? どこかにある禁書とか、危ない薬とか?」
「そういうものも該当するし、特に先代魔王時代に量産された魔道具だな。やたらに殺傷力の高い代物が多いが、下手にどこかに捨てたり破壊したりすることも困難なものは、危険骨董物扱いで長年倉庫に眠ってることもある――」
そこでヘイスティングズが言葉と一緒に足も止めたので、ぶつかりそうになったニコがわっと声を上げる。
「あ、あれ? 団長さん、どうしたっすか? 忘れ物っすか?」
ヘイスティングズは黙ったまま城を振り返り、なにやらこわばった表情をしているように見える。
「師父? 魔道具がなんちゃらとかで、何か?」
ティアも聞くと、彼はなんでもないと首を振り、再び船着き場に向かって足を進める。
「……気のせいだといいが、後で念のために連絡を取っておくか」
そんなつぶやきが聞こえてきて首をかしげるお供二人だったが、ヘイスティングズが次に口を開いたとき話題にあげたのは先ほどの説明の続き、今回の外出の件らしかった。
「今回は、ここから一度城下に降りて、城下のターミナルから西部ターミナルまで転移術を使って移動する。安心しろ、ニコ。魔法の使えないお前も大丈夫だ。……慣れないと酔うかもしれないが、まあ死にはせんよ。西部ターミナルまでたどり着いたらあちらの迎えが来るらしいから、後の移動は向こう任せになりそうだな」
「うえ、転移装置の移動っすか……おれっちあれあんま好きじゃないっすー」
師父の言葉にニコが顔をしかめてぼやくので、ティアも横でこくこく首を振って同意を示しておく。
空間転移は使いこなせれば一瞬で好きなところまで飛んでいける便利な術だが、失敗した場合のリスクが大きいので使用が制限されている。使っていけない禁術とまでは行かないが、使える当てがある場合申請を行わないといけない、と言うようなシステムだ。何せ、目的地にたどり着けず別の場所に行ってしまっただけならまだしも、転移先で壁や石の中なんかに誤って入ってしまったり、空間の狭間とやらから出られなくなったり、身体の一部だけが移動してしまったり、偉大なる先人達の痛ましい事故を聞いているだけでも身体の奥がキュッと引き締まる思いである。
現在の魔界では、空間転移を使うときは個人で使用するより、あらかじめ整えられた魔術装置や魔術道具を用いて行うことが一般的である。その方が安全だし確実なのだ。
ターミナルと呼ばれる場所は大規模な空間転移装置システムが置かれている交通の要であり、目的地まで行きたいと思ったらまずターミナル間の転移を利用して空間移動を行い、それから別の乗り物を利用して目的地まで行く、と言うのが長距離の移動をしたいと思ったときの一般的な手法である。
ただ、ターミナルでつながっている場所はどうしても限られているし、ターミナルには大体いつもヒトがごった返している。その辺の問題を解決したいヒトのために、転移術の術式が施されている魔道具を買ってきてそこに目的地の座標を記入するという手がある。ただ、ターミナルの利用料に比べて転移術魔道具の値段はかなり高いし、ピンキリなので中には怪しげな非合法の物をつかまされてしまうケースもあるそうだ。
ちなみに空間転移にはどの手段で行ったとしても、転移酔いという感覚器官の乱れから生じる身体の不調が一定確率でつきものである。酒で悪酔いした感じに近いと言えば近い。ニコは転移酔いが結構ひどい方だそうだ。吐いてしまうことも多いらしい。ティアはなんとなく気分が悪くなるぐらいで済む、普通か軽度の体質らしかった。なお参考までに聞いたヘイスティングズはほぼ酔わない方らしい。さすが師父、と言ったところか。
等々のことを、復習がてらだろうか、ヘイスティングズとニコが語っているのを、ティアはぼんやりと聞いていて、ふと思い出す。
どこにでも現れてはいつの間にか消えている夢魔達――彼らがきちんと許可を取っていたり、生体検査なども行われるターミナル等を利用している頻度は低いだろう。やはり自分で転移術を使っているのだろうか? たとえばあの時、ヒューズは――。
「シーグフリードさん、見るっす、見るっす!」
嬉しそうに呼びかけられて意識が霧散する。気がつけば、乗り込んだ船が動き出す所だった。安全の問題上転移術が制限されている城は、城下との定期便である空飛ぶ船が移動手段だ。まずは船で下に降りないことにはどこにも移動できない。
離れていく巨大な黒い固まりに向かって、ニコは手を振り、ヘイスティングズはぽんとティアの肩を叩く。
徐々に徐々に遠ざかっていく住み慣れた場所の姿を見ながら、ティアは目を細めた。
あの時は、竜達の里から離れ、だんだんと近づいていく見知らぬ場に心細さや不安を覚えた気がする。だが今は不思議と、あの城から離れていく事の方が落ち着かない気分にさせられるのだった。ここに彼女がいるからだろうか? あるいはもう、故郷よりなじんできたということなのだろうか。




