─シュレーゲル青蛙─
『 私はとある大学で、生態学の研究をしている。
今日もお気に入りの場所…そう、緑に囲まれた美しい池の畔へ足を伸ばすつもりだ。
どうやら今日の天気は、雨のようだ。ここのところの春靄で黄ばんだ空気をすっきりと洗い流してくれると思うと、雨もまた良いものだ。
いつものように池の畔にやって来た私に、突如天から舞い降りたような美しい響きの歌声が聞こえてきたのだ。
まさに目の醒める思いがした。これは天の思し召しであろうか…
強い感銘を受けた私は、慌てて美声の持ち主を探した。だが、見渡すだけでは見つかる筈もない。
私は傘を差すのも忘れ、夢中で歌姫―美声の彼女を探し回った。
神はそんな私の情熱に御心を砕いてくださったのか、不意に翡翠色の輝きを放つ彼女の姿が、私の瞳に飛び込んできたのだ。
まさしくこれは、運命の出会いだ。
私の姿に驚いて、彼女は息を飲んで、そのまま押し黙ってしまった。
私はそっと彼女に近づき、優しく肩に触れようとした。
だが、彼女は嫌がって、身を翻してしまう。
諦め切れない私は、少々強引に手を伸ばし、彼女の足を掴んだ。
ああ…なんと瑞々しく、張りのある足なのだろうか。このひんやりとした手に吸い付くような肌も良い。
大きな金色の虹彩に縁取られた瞳が、私を見つめる。物憂げに潤む眼差しに、私の心は激しくかき乱され、言い様のない興奮に胸が高鳴った。
私はすぐ様とって引き返し、…
』
杉原女史はノートを静かに閉じた。傍らには…恐らく教授に捕獲されたのでもあろう…逆さにしたグラスを被せられた、緑色のカエルが机の上にへばりついている。
そのじと目で睨むような、気味の悪い横長の黒目。
触ると恐らくベチャ、としてふやけた肉の感触がするであろう。
そして何より菌糸を拡大したような、吸盤状の指が、机に貼り付いているかと思うと…
想像するだけでも身の毛がよだつ。
彼女はすぐ様、後ろの窓ガラスを開けた。そして、被せられたグラスを取り除く。
ふてぶてしく居座ったままの、びくともしないカエルを掴み取り―
思い切り、外へと放り投げた。
カエルは放物線を描いて地面に落ち、間もなく草むらに消え失せた。
すぐさま、手を洗い流す。あのぶょぶょとした感触と手に残ったぬめりを取り除く為だ。
そして、教授の大いなる勘違いに、彼女は心の内でありったけの声を上げて叫んだ―
鳴くのはメスではありません、
オスの方ですっ!!
―シュレーゲルアオガエルの章 完 ―




