「日本史」より時計エピソード
「日本史」には、フロイスが信長に面会し、ヨーロッパから持参した精巧な造りの時計を献上しようとする場面が描かれております。
ここで共有しておきたいのは、この時代の日本において「贈り物」は非常に大切な意味を持っているらしい、ということです。
別の場面で、フロイスが信長に面会する際、金の延べ棒を2本持参して面会しようとするのですが、日本人のキリシタンに「これでは足りないから」と言われてさらに3本の金を渡され、合計5本の金を持って面会に行きます。
ここから読み取れることは、献上品にはあきらかに、何らかの、レートが存在してるということです。
おそらく、口利き料であったり、裁判の調停料であったり、何らかの対価として「贈り物」が必要なのでしょう。
現代の、友人へ気まぐれで持参したりするプレゼントとは、趣が違うようです。
それを踏まえて「時計」のエピソードを読むと――。
フロイスが「精巧な造りの時計」を持参したということは、フロイスは信長に何かお願いをしたのだと思われます。しかも、贈り物の価値が極めて高いので、それなりにトラブルが予想される、難題だった可能性もあると思われます。
時計を差し出された信長の反応です。
信長は、その時計をしばらく眺めていたが、笑顔でその時計をフロイスに返し、
「自分は、非常にこれを欲しいと、心から望む。
だが、この時計を受け取ることはできない。
なぜなら自分には、この時計が壊れた時に、直すだけの技術がないため、これを動かし続けることができないと思われるからだ。
この時計は、あなたが持っておくといい」
と言ったとか。
はうっ――!
こんなに美しい断り文句を、ひのは聞いたことがありません。
「いやムリでしょ。キミ、何言ってんの」とか言わないのね。
断られてるのに、なんか、いい気分になっちゃいますよね。
これはもう、誰だって「信長……しゅき♡」ってなりますよね!!?
これが本当に依頼に対する断り文句だったとしたら。
そして、フロイス相手だけでなく、会う人みんなに、こんな対応をしていたとしたら――?
信長、すげー。
「日本史」より、余談ですが。
信長は、死ぬまで仏教徒でした。
フロイスは当然信長にも改宗を勧めたと思われますが、信長は華麗にスルーしています。
信長の断り文句は
「自分は是非ともキリスト教徒になりたいと思う。
しかし、自分にはたくさんの妻がいる。
(キリスト教は一夫多妻制を認めていないので)
キリスト教徒になると側室と別れなくてはいけないが、(自分の立場では)それはできない。
だから(非常に残念だが)キリスト教徒にはなれない」
だそうです。
他の仏教徒は容赦なくこき下ろすフロイスも、信長に対してだけは「そっかぁ。なら、しかたないなー」とか思っているっぽいです。
……やっぱり信長は、ひとたらしだと思います。




