戦国時代一の「人たらし」は織田信長だったんじゃないかと思う件
「コイツ、アホなんじゃないか」と思われること承知で、申し上げたいと思います。
戦国時代一の「人たらし」は織田信長だったんじゃないでしょうか!? (汗)
戦国時代のひとたらしといえば、豊臣秀吉だと言われております。
いつも笑顔を絶やさず、お茶目でひょうきんで、どんな人の懐にもスッと入り込んでいく……。そんなイメージでしょうか。
ところで、ひのは歴史オンチではありますが、自然科学はかじっております。ひのの師(ご専門は薬理学)はおっしゃいました。
「どんなにに『正しそう』に見える事柄でも、イメージだけで鵜呑みにしてはいけない」
「どんなに『みんながそう言っている』事柄でも、検証せずに信じてはいけない」
「あやふやな出来事を根拠にしてはいけない。簡単に騙されるぞ」
と。
(例・ある種のキノコが、ある病気に効く、と言われている場合
どんなに「効果がありました!」との「体験談」がたくさん載っていたとしても、一つ一つの体験談の信憑性が乏しければ、そのキノコの薬効は全くないのと同じである)
で、秀吉に戻ります。
秀吉は「人たらし」と言われております。
魅力的な「人たらし」エピソードもたくさんあります。
・木の下で信長に出会い、いたく気に入られたので「木下」の姓をもらった
・信長に「猿」と呼ばれ、かわいがられた(※)
・寒い日に、信長の草履を懐に入れて温め、褒められた
・鷹狩りで喉が渇いた信長に、温度の違う3杯の水を用意し、感心させた
・墨俣で、上流から長さをそろえた木材を流し、ハリボテの一夜城を作った
・土木工事の部下たちのやる気をアップさせるため、ボーナスを用意してチームごとに競わせた
・岐阜攻めの際、棒の先に瓢箪を吊るし「今後戦に勝つごとにこの瓢箪を一つづつ増やす!」と言って士気を高めた
・竹中半兵衛を仲間にするため、三顧の礼を取った
・比叡山焼き討ちでは、民間人をこっそり逃がしてやった
・鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス (※※)
などなど。
いかにも「人たらし」な有名エピソードが満載ですよね。
でも、これ、ぜ〜〜〜んぶ、でっちあげだったら……?
実は、上記エピソードは全て、史実ではない(歴史的な信憑性は低い)と言われています。
出典は基本的に「太閤記」や「絵本太閤記」(つまり、権力者・秀吉が、人に書かせたもの)と言われています。
じゃあ、秀吉が本当にやったことは?
・信長の命令で柴田勝家の手伝いに行ったけど、勝家と喧嘩して帰ってきた
・京から追い出された足利義昭の和平交渉を任されて、説得に行ったけど、失敗。ケンカ別れして、義昭が毛利家に行っちゃった
・「鳥取の飢え殺し」は、戦に慣れた戦国時代の人も眉をひそめるような、壮絶な兵糧攻めだった。
………本当に「人たらし」だったのか? と疑いたくなるエピソードが満載です。
さらに信長の死後は、
・織田家の重鎮同士を対立させる
・信長のつくった安土城を壊す
・キリシタン狩り
・自分に苦言を呈した千利休を切腹させる
・朝鮮出兵(しかも二回!)
等も行なっています。
秀吉が本当に「みんなに愛されるキャラ」だったというよりは、
「本当は全然愛されキャラじゃない」ので、自費出版で本を出して、必死にイメージアップした(ちなみにイメージアップは大成功です)
ように思えるのは、私だけでしょうか……(涙)
(※)
信長から、秀吉の妻・おねにむけての手紙の中で秀吉を「禿ネズミ」と書いた箇所はありますが、「猿」と呼ばれたという事実は確認されていないようです。
「――えっ。これもでっちあげ!?」って思いませんか!!?
(※※)
「鳴かぬなら」ではじまる有名なホトトギスの句
信長 殺してしまえ ホトトギス
秀吉 鳴かせてみよう ホトトギス
家康 鳴くまで待とう ホトトギス
は、それぞれの武将がよんだものではなく、
江戸時代(信長、死んでるじゃん!)に作られたものだそうです。
え~……。まさかの、創作!!?
学校の「歴史資料集」とかに載ってましたよね!?
――わたしは、いったい、何を覚えさせられていたのだろうか。




